第108話「兆候」
金色の戦闘機──《ミョルニル》がホニーの正面から迫る。
空気が圧縮されるような唸りと共に、閃光が弾けた。
ドドドッ──ドドドドドッ!
機銃の火線が、一直線にホニーを貫かんと迫る。
「……っ!」
マートは身体を傾け、寸前で回避。
視界の端に金色の残光が過ぎ、耳を裂く風切り音が残る。
すれ違いざま、彼女はミョルニルの正面に精霊の盾を展開する。
パリン──!
しかし、砕け散ったのは盾の方だった。
(……あの銃弾、危険。機体も……硬い)
一度の交錯だけで、ホニーは理解する。
正面からぶつかれば、普通なら盾に弾き返されるはず。
だが、ミョルニルは何事もなかったかのように飛び続けている。
(空戦技量ならおそらくフェンの方が上……でも、これは回避しない。
硬すぎて、避ける必要すらないんだ)
再び、光の雨が降る。
ホニーは冷静に軌道を読み、ギリギリで回避を行う。
その間に、精霊の盾を叩きつける。
だが、結果は同じ。砕けるのは盾だけだ。
旋回するミョルニルに、鉄竜部隊が一斉射撃を浴びせる。
ドドドドッ──!
何発もの命中を確認。
だが、銃弾は弾かれ、金色の機体は傷一つつかない。
(……オペレーション・ファイアーフラワーのときと同じ……!)
ホニーの脳裏に、魚雷を何発受けても沈まなかったあの空母が蘇る。
目の前の存在は、空を飛ぶ“要塞”だ。
攻略法はおそらく同じ、魔力が尽きたら攻撃は有効になるはず。
(魔力が尽きるまで撃ち続けるしか……)
そう思いかけて、背筋が冷たくなる。
(……このアーミムに満ちる魔力が、尽きるまで……?)
果てのない戦い。
胸の奥に不安が滲む。
(……弾切れを狙って、空戦能力を削る……?)
思考を巡らせつつも、機体は止まらない。
バルクーイとの空戦は、避けるだけなら可能だ。
だが、こちらの攻撃は一切効かない。一発でも被弾すれば、終わり。
額に汗が滲み、手袋の中で指が滑る。
息は浅く、耳鳴りがする。
リクリス神の神圧の中で飛ぶということは、戦闘そのものが体力も魔力も削られる行為だ。
(焦るな……焦ったら、向こうの思う壺)
ホニーは必死に呼吸を整え、最善手だけを選び続ける。
その時、頭に浮かんだのは、アーミムの上空に満ちる鐘の音だった。
儀式の始まりから途切れない、荘厳な旋律。
(……まさか、これが魔力供給の核……?)
微かな可能性に賭けるしかない。
「スターイージス以外、攻撃目標を教会に。
鐘を中心に機銃掃射、全力で!」
ホニーの指示で、鉄竜部隊と天竜・レコアイトスの生き残りが散開する。
街を埋め尽くす教会に火線が走った。
だが──
ガガガガッ──!
石壁に火花が散るだけ。
鐘楼は崩れず、鐘は逆に甲高く鳴り響く。
教会も金色の機体と同じ術式が込められていた。
その音が空気を震わせ、神圧がさらに濃くなる。
(……悪手だった……爆撃機を戻すべきでなかった……)
教会を破壊するためには機銃ではあまりにも非力だ。
(爆弾だったら、壊せたかも……)
ホニーの胸の奥に、後悔が満ちてきて焦燥がじわりと広がる。
***
「鈍くなってきているな」
バルクーイの瞳が、星渡りを射抜く。
神圧、焦燥、疲労、後悔。
バルクーイの前に歴戦のエースたちが追い詰められ、最後はあっけなくミスを犯し撃墜される。
その兆候が、星渡りにも現れ始めている。
「無駄なことを……」
バルクーイは静かに告げる。
教会を必死で撃つ異教徒たち。
それは、神の怒りを自ら招く行為であることすら分からない。
鐘が更に甲高く鳴り響き、光が空気を歪ませる。
神圧がさらに重く、冷たく、鋭くなる。
バルクーイは懐中時計を一瞥する。
(……時間が来る前に、星渡りを処刑せねば)
金色の機体が旋回し、獲物を逃さぬ軌道で迫る。
神圧の海に、ホニーは一人、溺れぬよう浮かび上がっていた。




