第107話「アーミム」
スターイージスと鉄竜部隊は、アーミム制圧のための爆撃機編隊を護衛しながら進軍していた。
先行して制空権の確保を担ったのは、天竜部隊とレコアイトスの精鋭。
だが、その無線に割って入る緊急の報せが、隊の空気を凍らせる。
―ガンブ大尉、戦死。
―ノノレ少佐、被弾により墜落、生死不明。
―敵影は一機。操縦者はローチェのバルクーイ将軍が有力。
―機銃命中するも、損害なし。
―天竜・レコアイトス部隊、共に壊滅状態。
―撤退不能。
「……たった、一機で……?」
ホニーは思わず呟いた。
報告内容のあまりの異常さに、頭が追いつかない。
単機でこの被害、紅い死神・ウーランとの交戦で被害が大きかった時もこれほどまでの被害は出ていない。
直後、無線が切り替わり、カンラの重い声が響く。
「全機、警戒。対象は“紅い死神”より格上の脅威と認識せよ」
その言葉が突き刺さる。
かつての死闘が、瞬時に脳裏をよぎった。
「スターイージスも同様。死神遭遇時と同じ対応を。
単機戦闘は避け、常に三機以上で動くこと。単独交戦を禁ずる」
ホニーは指示を飛ばしつつ、唇をかみしめた。
(……ガンブさんが、一撃で……)
覇王ガンブ、戦闘機が主流になる前は向うところ敵なしと言われた存在。
戦闘機の時代になっても天竜を諦めず、新兵装を手に再びその名を知らしめていた。
その戦い続けてきたベテランたちが、まともな抵抗もできずに落とされた。
その現実が重くのしかかる。
そんな中、空気が変わる。
ズンッ。
まるで空ごと圧し潰されるような重圧。
精霊との共鳴が、一斉に途絶した。
(……レシャスの時とは、違う)
共鳴阻害対策は施してある。
けれど、今回は“途絶”ではなかった。
声は、ある。だが──
『……逃げて。……来ないで、来ちゃだめだよ。』
『怖い。……怖いよ。許して。』
その声は、か細く、震えていた。
まるで、何かに“気づかれないように”と怯えながら囁くように。
(……精霊たちが、霊たちが、恐れてる……)
ホニーの指先がかすかに震えた。
「爆撃機部隊は即時後退を。防衛不能と判断します」
無線に冷静な声を乗せ、ホニーは続ける。
「敵の標的は、おそらく私です。スターイージス、鉄竜部隊、各自で間合いを取りつつ隙を見て攻撃を。
私が囮になる」
バルクーイがこちらに気づいたのは──わかった。
神圧の流れが、“こちらを見た”のを感じた。
あの圧倒的な敵意は、神威はインスペリ空襲の比ではない。
(やっぱり来る。……来るよ)
ホニーは視線をアーミムの街へ向ける。
街並み自体は、かつてと変わらぬ美しさを保っていた。
だが──
(教会、教会、また教会……)
占領されて一年半。
そこかしこに、見覚えのないリクリス教の礼拝堂が建っていた。
人の気配はない。
精霊の気配も、街そのものからすっかり消えていた。
かつて、精霊と人が共に暮らしていた都市、精都・アーミム。
交易と信仰、そして祈りが穏やかに共存していた都。
それが──リクリス教に塗り替えられていた。
(……私たちの、みんなの……ルルザさんのアーミムを)
ホニーの中で、怒りと哀しみが噴き上がる。
「マート、絶対取り戻すよ。アーミムは……」
「うん。アーミムは精霊の都だ!」
マートの叫びと共に、ふたりは加速した。
そしてその瞬間、空が応えたかのように振動する。
***
──来た。
空を支配する圧が、方向を変える。
バルクーイは、空中で“それ”を確かに感じ取っていた。
(星渡り……)
神威に抗い、神を打ち倒そうとする者。
リクリス神に牙を剥いた神敵。
哀れな異教徒を唆し、堕落させた元凶。
「……救済よりも、まずは“処刑”だな」
ミョルニルの増槽タンクが、静かに切り離され、金色の神機が星渡りの方角へと旋回する。
「神殺しなど、させぬ。
神敵よ──リクリス神の神威の前に、正しく裁かれよ」
バルクーイの声が、空へと消えていく。




