第106話「救済」
ドドドドドッ──!
神の裁きが、空を切り裂く。
金色の機体 《ミョルニル》が放つ銃弾は、まるで天から落ちる神罰の雨。
その矛先は、旋回中の一騎──ノノレだった。
「くっ!」
ノノレを乗せたベギルは身体を傾け、咄嗟に急旋回を行う。
だが、次の瞬間、視界が崩れ、世界が傾いた。
ガクッ──。
空が下に回り、地面が上へ回る。
ノノレの視界が、ぐるぐると回転し続ける。
「アレックス……ごめん、翼をやられた」
相棒の天竜ベルギが苦悶の声で告げる。
片翼には、いくつもの穴が空き、血が流れていた。
「僕のほうこそ……神圧に呑まれて、接近を許した」
ノノレは自身の判断の遅れを悔やもうとするが──
「今はそれどころじゃない! また来るぞ!」
ベルギが叫んだ瞬間、空気が震える。
ミョルニルが再び急降下。
狙いは、墜落寸前の彼らを確実に仕留める一撃。
逃げられない。
高度も、回避の余裕も、ない。
(終わりか──)
そう思った瞬間だった。
「ローチェの英雄、不死身のバルクーイ。俺を無視とは、ずいぶん寂しいじゃないか」
冷え切った無線が、突如割り込む。
それは、ローチェの軍用チャネルで、完璧なローチェ語だった。
同時に、空を裂いて飛び込んできたのは──
漆黒の巨体。
ひときわ巨大な黒き天竜と、その背に乗る一人の男。
「……覇王、か」
バルクーイがその姿を視界に収め、わずかに目を細めた。
かつて、“空の覇王”とまで謳われた男。
最強の竜使い──ガンブ。
だが、今や天竜の時代は終わり、戦闘機の時代。
その肩書は、過去の遺物と嘲笑されていた。
「時代に取り残された旧き覇王が、神に抗うか。……滑稽だ」
ミョルニルは旋回し、風を切る刃のように背後へ回り込む。
一切の迷いもなく、機銃を解き放つ。
ドドドドドッ──!
黒竜の背を貫かんとする銃弾。
だが次の瞬間、ガンブは微笑し、右手を掲げた。
「……なめるなよ。天竜は、まだ終わっちゃいねえ」
展開される、精霊の盾。
天竜と共鳴し魔術と精神を同調させ、機銃弾すら容易くはじく魔法障壁。
新たなる天竜の時代を切り開く新兵装。
銃弾が弾かれ、空中に火花が咲く。
はずだった──
ドドドドドッ。
ドドドドドドッ。
ドドドドドドドッ。
圧が変わる。
続けざまに放たれるバルクーイの連射。
そのすべてが、まるで祈りそのもののように正確で、重く、貫いた。
ズンッ……!
盾が破られる。
裂け目から、閃光のように銃弾が突き抜け──
黒竜の胴体を、翼を、ガンブの全身を。
「……な、ん……だと……」
視界が崩れる。
鼓動が、遠くなる。
かつてシーレイア最強の名を冠した男と天竜、“覇王”は、ただ一撃のもとに、散る。
天竜の復活の御印なる者、彼は神話に飲まれた。
──それはまさに、鎧袖一触。
***
バルクーイは、墜ちていく黒竜を見下ろしながら、静かに言った。
「リクリス神の神威を纏う者に、あの程度の魔法障壁で抗えると思ったのか。……愚かだ」
その瞳に、怒りも興奮もない。
ただ、哀れみだけがあった。
バルクーイのミョルニルから放たれる銃弾。
1発1発にアーミム全土からリクリス神への膨大な祈りが込められている。
それに対し1人と1匹が作り出す魔術障壁の盾など、無意味に等しいのだ。
「全てを救わねばならぬ。迷える異教徒を、愚かなままにはしておけぬ」
ミョルニルの操縦桿をわずかに傾け、空を見渡す。
そこには、まだ数多の天竜。数多の戦闘機。
「……偉大なる唯一神リクリス様。この者たちに、どうか導きを」
一言、祈りを捧げると同時に──
金色の翼が、群れの中心へと舞い降りる。
その刹那。
空に響くのは、鐘の音か、銃の音か、異教徒の叫びか、それとも弔いの聖歌か。
神の名のもとに、ただ一機。
ミョルニルは“救済”の名のもと、異教徒の群れへ突入していく。
ローチェ西部戦線の英雄、神に届きしもの『不死身のバルクーイ』の蹂躙が始まった。




