表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/118

第105話「傅く空」

「敬虔なるリクリス神の使徒たちよ。

これより、アーミムからの撤退作戦を開始する。

全軍リクリス神の御許へ、進軍開始せよ──」


バルクーイは静かに、しかし確かに、無線越しに作戦の開始を宣言した。


その瞬間、アーミムの街中に鳴り響く鐘の音。

ローチェ占領下に建てられた大小百を超える教会が、一斉に祈りを刻み始める。

それは警報ではない。

荘厳で、力強く、澄み切っていて、むしろ美しい。


しかしその音は、神を讃えるものではない。

異教徒の街で鳴らされた、“神の元へ帰る者たち”の合図である。


市内の教会の中では、数百人の信徒が神像の前に並び、聖歌隊が声を張り上げる。

その旋律はやがて街全体を覆い尽くし、空気が揺れ、

街を包むように淡い光のヴェールが立ち上がる。


「偉大なる唯一神、リクリス様……

我らは今より、この穢れし異教の地より退き、御身の御許へと還らん──」

アーミム最大の教会。

その祭壇の前に立つワシャワ司教は、リクリス像の前で頭を垂れ、言葉を捧げる。


「どうか我らを導き給え」

その瞬間、祈りの言葉に呼応するように、街の空気が変わった。


『我ら、偉大なる唯一神・リクリス様の御許へ』

聖歌が低く、しかし圧倒的な力をもって響く。

祈りの魔力が螺旋を描き、アーミムの空全体を包み込む。


空にいたバルクーイは、その気配を確かに感じる。

空が、世界が、リクリス神で満たされていく。


その視界の端。

交戦圏に踏み込まず、周縁を旋回する一匹の竜の姿があった。


金色のミョルミルの照準器が、その影を捉える。


「……偽物の星渡り、か。

では、まずは貴様を──リクリス神への贄として捧げよう」


バルクーイは静かに呟き、加速を始める。

だがミョルニルの増槽タンクはまだ切り離さない。

これは“星渡り”ではない。ただの導入に過ぎないのだから。


***


──少し時間を遡る。


アーミム方面の第一陣、その先鋒として飛ぶのは、レコアイトスの竜使い・ノノレだ。

戦術偵察を主とする彼は、今、戦場の中心へと近づいていた。


(……妙だ)


目視する限り、敵影は皆無。

陸も、海も、空すらも──

“戦いの気配”がまるで存在しない。


(まさか……完全撤退?)


通信に乗せるべきかどうか、判断を迷っていたその時だった。

視界の下、地平線の向こうから──


たった一機。

金色の戦闘機が、空を切り裂くように現れた。


遠くにあるはずなのに、その存在が“近い”。

空間が軋むような錯覚すら覚えた。


「こちらノノレ。ローチェ軍、確認できるのは金色の戦闘機一機。

……ただし、尋常ではない圧を感じます」


報告と同時に、通信に割り込む声。


「……不死身の英雄、バルクーイだ」

答えたのは、天竜部隊を率いるガンブだった。


「ローチェ西部戦線で数百機を相手に、全てを退けた男だ。

いかなる攻撃も効かず、生きて戻る──

そうして“不死身”と呼ばれるようになった」


「そんな……」


ノノレは一度知っていたはずの名に、新たな重みが乗せられたのを感じる。

不死身の英雄・バルクーイ。ノノレも知っていたが、それは小さな事実を大きくしたプロパガンダの作り話、そう考えていた。


だが空を飛ぶ威圧感が作り話でなく、事実であると語っている。


敵は指揮官ではなく、“神話”としての英雄。


「手はず通り、高高度で戦況観測に移る」

落ち着いた声で言い、ノノレは高度を引き上げた。


──そして、その時だった。


アーミムの全域から、鐘の音が鳴り響いた。

怒声でも警報でもない。

ただひたすらに、聖なる祈りの鐘の音。


空すら震わせるその音が、ノノレの上空にまで届く。


(なんだ……?)


空気が変わった。いや、世界が沈んだ。


重い。重すぎる。

精霊が……動かない。


(違う──これは、沈黙じゃない)

(……跪いている)


ホナマ基地で感じた精霊制御と、は比べ物にならないもの。


音も光も空も、神の意志に屈している。

魔力の流れがすべて一方的に統制され、

空の下のあらゆる存在が、ただ“かしずいている”。


「アレックス!」

突如、相棒の竜ベルギの叫び声。

我に返ったノノレは、顔を上げる。


──眼前、金色の光が迫っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ