第104話「ミョルニル」
──それは、南部諸島戦線を終焉へと導く最後の一手。
コードネーム 《オペレーション・カーテンコール》。
シーレイアはこの作戦に、南部戦線の総決算といえる戦力を注ぎ込んでいた。
参加部隊は、アクル解放から最前線を支え続けた鉄竜部隊、
パピト島の制空権を確保した新生・天竜部隊、
そしてレコアイトスより参戦し、南部の流れを変えたノノレの部隊。
さらには──ホニーのもとで再編された霊都飛行隊。
今や彼らは新たな名を持っていた。
《スターイージス》――星渡りの盾。
艦隊戦力も潤沢だ。
空母 《コタンコロ》を筆頭に、戦艦、駆逐艦、支援艦艇を含む主力部隊がアーミムへ向けて進撃を開始している。
戦力差は明らかだ。
撤退準備を進めるローチェ相手に、これは過剰戦力ともいえる。
だが、誰もがその違和感に目を伏せていたた。
***
「いよいよだな」
カンラ少佐――鉄竜部隊の指揮官が、ホニーの横に並ぶ。
「うん。ようやくアーミムを取り戻せる。
……これでやっと、ルルザさんに花を添えられる」
ホニーの言葉は静かだった。
彼女の記憶の中に、かつての南部諸島群領主・ルルザの面影が蘇る。
父と親交の深かった人物。アーミムを訪れた折には、よく彼女の相手をしてくれた。
「俺たちの戦いも、ここまで来たか……」
カンラは小さくうなずき、表情を引き締める。
「周囲は少し浮かれてるが、気をつけろ。
ローチェが”星渡り”を諦めるはずがない。簡単には引かない」
戦争の初期から共に戦ってきた戦友だからこそ、
カンラにはローチェの“星渡り”という存在に向けられる執念が、常軌を逸したものに見えていた。
「……私も、そう思ってる。
フジワラ局長からも直々に伝令が来てる。
“バルクーイは紅い死神以上の軍神、危機管理局長権限での作戦中止の命令権を与える”って」
ホニーは、その言葉の裏にあるものを理解している。
“お前だけは死ぬな”──そういう命令だ。
「やっぱり、な」
カンラは苦笑すると同時に上層部も、ローチェの最後の足掻きを最上級の警戒していることがわかり安心する。
「北部のターキュ島があれだけ燃えてるのに、
お前や俺たちをここに残してる理由が、ようやく腑に落ちた」
南部諸島の最終局面、大半のものは勝利は揺るがないと確信していたが、そう考えていないものも多くいる。
カンラの精神を引き締めるのには十分だった。
一拍置いて、肩をすくめる。
「ホニー。時期を見て、ちゃんとお祓い行けよ」
カンラにとってジャスミンは戦線を共に支えたエースであり、同じ隊長としても思うところはあるのだろう。
だが様子は、どう見ても茶化していた。
何となくカンラへ、ジャスミンが抗議しているのが分かる。
「憑りつかれるのも多分悪くないよ?カンラさんも憑りつかれてみる?」
「俺は遠慮する。うるさくて絶対煩わしいからな」
そう言いながらカンラはホニーの元から去って行く。
「カンラさんもほんと、一言多いんだから……」
ホニーが呟くと、風の中にわずかにジャスミンの気配が揺れた。
愚痴をこぼしながら、ホニーは空母へと乗艦した。
***
──一方その頃。
ローチェ占領下、精都アーミム。
「バルクーイ大司教。レーダーに反応。シーレイア軍、進軍中との報せです」
神官服に身を包んだ伝令兵が、礼儀正しく頭を下げる。
「ご苦労。リクリス神の加護があらんことを」
バルクーイは頷き、深く神印を切る。
「リクリス神の神威を、異教徒に!」
伝令兵はそう叫び、神殿を後にする。
バルクーイは無言で立ち上がり、整備兵たちの祈りの中を抜けて飛行場へと向かう。
そこに一機、金色の機体が静かに鎮座していた。
愛機 《ミョルニル》。
全身に刻まれた聖句と神託。
機体そのものが、リクリス教の聖典と化している。
「……我が翼よ。アーミムの地に、神の鉄槌を下す時が来た」
バルクーイはまるで生き物に語りかけるように、機体の胴に手を添える。
やがて搭乗し、咆哮と共に滑走路を駆け抜ける。
空に昇る金色のその姿は、まさに神の代行者“審判者”そのものだ。
眼下に広がるのは、レコアイトスの戦闘機部隊。
その背後には、無数の唯の天竜たち。
まだ星渡りはいない。ならば──
「……ちょうどいい。肩慣らしには少ないくらいだな。
リクリス神への供物になるがいい」
バルクーイは微笑み、ひとり空へと突き進む。
神の使徒たる彼の機体は、群れをものともせず、
ただ一筋、真っ直ぐに光の渦を裂いていく。




