第101話「空にあるもの」
インスペリ・クラムア空襲から帰還したホニーは、空母 《コタンコロ》の自室に戻っていた。
静まり返った艦内。
机の上には、大切に飾られた一つのネックレス──
ジャスミンの遺品が、静かに揺れていた。
(……あの力は、何だったの?)
クラムア上空、たった一人で敵戦闘機隊を壊滅させた。
自分が、あれほどの力を振るったことなど、いまだに信じがたい。
確かにジャスミンのネックレスからの降霊術の影響はおおきくあった。
だが、それだけでは説明がつかない“何か”が、ある。
(希望はあった。ジャスミンの力を借りれば、窮地を脱せるかもしれないって……)
(でも、まさか──あそこまでできるなんて)
ホニーは天井を仰いだ。
空は、確かに“変わって”いた。
──クラムア上空に満ちていたリクリス神の神威が、戦闘のあと、跡形もなく消えていたのだ。
(……神に抗う力。神を討つ力。あれが、星渡りの意味……?)
元はプロパガンダのために背負わされた名──テンペスト。
担がれるままでは嫌だと、星環海を越え、己の意志で“星渡り”となった。
開戦後は常に最前線に立ち、象徴として、希望として、幾度も“奇跡”を起こしてきた。
そして今、自らの力で、確かな戦果をあげた。
もう、偶然でも、他人の加護でもない。
(私の中で、何かが変わった……)
そのとき──
「ウーウー!!」
艦内に警報が鳴り響いた。
スピーカーから、シマ艦長の声が全域に伝わる。
「敵機接近。全員、戦闘配置につけ!」
ホニーは即座に立ち上がる。
ネックレスを首にかけ、息を整える。
「マート……行こう」
格納庫から甲板へ駆け抜け、マートに跨る。
次々と飛び立つ戦闘機を追って、空へと舞い上がった。
上空では、既に空中戦が始まっていた。
ローチェの戦闘機と、《コタンコロ》から発艦した味方機・スパークが激しく交錯している。
(……動きがぎこちない)
ホニーはすぐに気づく。
霊都航空隊の残存兵が《コタンコロ》に合流していたことを思い出す。
彼らは、もともと降霊術士専用機 《スピリッツ》に乗っていた。
だが部隊は壊滅し、降霊術士のパイロットも激減。
今は汎用機が割り当てられている。
相性の差は、動きに如実に現れている。
──そのとき。
『ホニー、お願い。助けてあげて』
ふと、心に響く声。
ジャスミンの声だった。
仲間たちの危機を、彼女は誰よりも感じている。
(……私は、爆撃機の迎撃が任務)
(だけど……少しだけ、だよ)
ホニーは心の中で返す。
その瞬間──
視界が、空全体へと“開けた”。
敵味方の動き、風の流れ、機銃の火線、すべてが一つに繋がって見える。
精霊たちの囁きが、空の隅々まで届けてくる。
「行くよ、マート!」
マートが一声吠える。
ホニーは旋回し、ローチェの戦闘機へ突撃した。
バババババッ!!
敵機の機銃が火を噴く。
だが、ホニーは舞うようにすり抜け、
すれ違いざま、シールドを前方に展開──
バン、バン!
ローチェ機が、光の中で次々に爆散する。
戦線が一瞬揺らいだ。
ホニーはすぐさま本来の任務へ向かう。
爆撃機の編隊──それを迎撃するために。
その背を見送りながら、霊都航空隊の残存兵たちは目を見開いた。
「……あの飛び方、まさか……シャマン隊長?」
誰かがぽつりと呟く。
かつての隊長──ジャスミン・シャマン。
彼女は常に言っていた。
──戦死したら、星渡りに取り憑いて、空を飛ぶんだ──
本気とは思わなかった。
けれど、あの動き、あの一瞬の援護。
言葉では言えないが、確かに“感じた”。
(隊長は、まだ空にいる──)
崩れかけていた心に、炎が灯る。
スピリッツもない。霊都航空隊も解散した。
それでも、“星渡りと共にある隊”として──
霊都航空隊の残兵たちは、再び空を掴み始めた。
「まだ……終わっちゃいない!」




