第9話「外交任務」
二人は御使い様の命で、外交局で新たな任務の通達を受けることになっていた。
テンペストの名を拝命してからというもの、二人の扱いも何かと変わってきている。
いつもの任務の雰囲気ではない。ホニーは膝の上で手を組みながら深く息を吐いた。
「マート、なんか変じゃない?机ピカピカだし、椅子ふかふかだし……落ち着かない……」
「それだけお偉方の部屋ってことさ」
外交局の別室。普段は足を踏み入れない場所の張り詰めた空気に、ホニーは居心地の悪さを隠しきれない。
するとノックの音がして、扉が静かに開く。
「はじめまして。外交局副局長のケンタ・オオクラです」
初老の男が柔らかく微笑みながら現れた。肩書きの割に威圧感は少なく、むしろ穏やかで話しやすそうな空気を纏っている。
「は、はじめまして。ホニー・テンペスト・ドラグーンです」
「契約者竜のマート・テンペストです」
ホニーの声が少しひっくり返ったが、なんとか礼儀正しく返答する。
「緊張なさらずとも結構。今回の任務については、ある程度ご存じでしょうか」
「はい。テンシェンの首都コーロンへ向かう外交飛行船の護衛と、天竜部隊との同行と伺っています」
きりっと表情を引き締めて答えるホニー。
「その通りです。ただし──首都進入前からの先導隊長を、テンペスト卿にお願いする予定です」
「……えっ?」
ホニーは聞いてない内容を言われ、思わず素が出る。
「やはり素が出ましたか。十四歳の少女に“狸芝居”を求めるのは無理があったかな」
オオクラは目を細め冗談めかして笑う。その表情にはどこか、ホニーの反応を試すような意図を感じる。
「ですが、御使い様より来賓の先導役を何度も務めたと推薦をいただいています。今回も期待に応えていただけないでしょうか。」
一瞬の沈黙。
「……はい。御使い様の推薦に応えられるよう、全力を尽くします」
ホニーは背筋を正し、言葉を選んでそう返す。
「明朝出発です。詳細は同行する隊員から聞いてください」
オオクラは立ち上がり扉へ向かう。扉を開く前にふと振り返る。
「それと、私の護衛もお願いすることになっています。──頼もしい竜使いさん、よろしく頼みますよ」
それだけ言って、彼は静かに去っていった。
「……ねぇマート。なんでみんな、私に爆弾投げるときだけあんな嬉しそうなの?」
「ホニーの顔が分かりやすすぎて面白いんじゃない?……まあ、たぶん半分は緊張をほぐすためでもあるかも」
ホニーがむくれかけたその時、再び扉がノックもなく勢いよく開いた。
「ホニー! 久しぶりー! 大きく……はなってないね。うん。」
「ラシャ姉!?」
ホニーより一回り背の高い女性がそのまま抱きしめてくる。ホニーも思わず抱き返す。
「もしかして、護衛任務の同行者って……?」
「うん。初任務ってことで、御使い様や軍が調整してくれたんだって」
ほっとした表情で安堵の息を漏らすホニー。
「マートだけじゃ不安だったから、ラシャ姉がいてくれるなら安心だよ」
マートはそれを聞いてそっと目をそらすが、何も言わなかった。
「ラシャ・ドラグーン小尉、任務に同行いたします。よろしくお願いします」
軍仕込みの敬礼と口調に、ホニーは固まった。
「少尉、ラシャ姉出世したねえ……」
「ま、軍ではこうしとけって言われてるだけ。でも今のホニーを見たら、ちょっと鍛えなきゃって思ったけどね」
ラシャはにやりと笑い、いつもの調子に戻る。
「あと、拝命されたから階級上はホニーの方が上だよ。」
姉から聞きたくない言葉が飛んできた。
「知ってはいたけど、私そんな大層な身分恐れ多いよ、ラシャ姉。私ただ空を自由に飛んでいたいだけなのに」
身内の姉につい本音を零す。
「これに懲りたら思い付きの言動と行動は控えるのよ。」
すこし呆れ気味にラシャは言う。
だが、一息おいて優しくホニーに話し掛ける。
「でもね、台風を横断する強硬飛行はホニーとマートにしかできない。誰が何と言おうと私はあなたたちの飛行技術はこの国で一番と思っている。だから誇りなさい、テンペスト卿」
姉の言葉は、ホニーたちの偉業を確かに認めていた。
―パンッ!
大きな音でラシャは手をたたく。
「じゃあ、さっそく竜舎に行きましょう。他の護衛部隊のメンバーを紹介するわね」
ホニーとマートは、ラシャの背中を追って歩き出す。
本日も全4話投稿予定です。次の10話投稿は12時10分、11話は19時10分、12話は21時30分です。