第98話「戦争の根」
──オペレーション・ラストピリオド、発動。
わずかに白み始めた南方の空。
その静寂を破るように、超弩級潜水空母 《アマツ》の甲板から、五機の水上機 《クサナギ》が次々と射出されていく。
水煙の中を駆け上がる黒い機体。
最後に、ホニーとマートが空へ舞い上がる。
「……今回は夜間じゃなくて、あえて日中での空襲か」
ホニーは空に漂いながら、吐息混じりに呟いた。
作戦意図は明白。
“空襲の恐怖”そのものを、敵国の民衆の記憶に焼きつけるため。
白昼の空を裂いて訪れる死──それこそが心理的制圧の要だ。
だが、それは同時に危険を孕んでいる。
迎撃機の展開時間が与えられれば、この五機は全滅する。
(今までインスペリ近海にシーレイアの空母が現れたことはない。
その油断が残っていれば……)
そう祈るような思いで、ホニーは通信を開いた。
【各機、テンペストより。これよりクラムアを目指して進行を開始します。共鳴魔法にて五分ごとに指示を送ります。受信できない場合は無線封鎖を解除し、状況を報告してください】
ローチェの精霊妨害兵器がどこに潜伏しているか分からない。
そのため、通信手段は原則共鳴魔法。ただし異常時のみ無線を使用する運用だ。
【当面は低高度飛行を継続。クラムア近郊まで海面すれすれで進行。レーダー波を避けます】
指示を出し終え、ホニーはマートの背で海面すれすれまで降下した。
背後に、五機のクサナギが緊密に続く。
***
クラムアまで、残り100km。
陽が昇りはじめ、空がほんのりと赤みを帯びてくる。
陸上を横切るルートは慎重に選ぶ。
集落も道路も避け、山と谷を縫うように。
飛行は順調、だが──
(……なにこれ)
ホニーは背筋を伝う奇妙な重圧を感じていた。
まるで、空全体から“見下ろされている”ような……異様な気配。
──それは、信仰の地の空気。
リクリス神の名のもとに築かれた都市国家。
その神威が覆う空に、異教徒──しかも“神殺し足りえる者”が侵入してきた。
神敵への拒絶。
その“意志”すら感じるような、圧迫感。
【目標まで残り50km。各機、上昇。爆撃態勢へ移行】
ホニーは冷静に指示を出す。
高度を上げながら、腹の底に凍えるような予感が宿る。
【第一目標、クラムア大教会】
荘厳にして千年の祈りを受けてきた、大理石の大聖堂。
国の象徴にして、信仰の中心──
だが、ホニーはそこに第一の照準を定めた。
(……あの“圧”こそが、この戦争の根だ。
神を利用し、民を戦争に駆り立てた信仰の砦。崩すなら、そこしかない)
***
目標上空に入ったそのとき、サイレンがクラムア中に鳴り響く。
「各機、感知された。迎撃がくるまでの時間は短い。攻撃を継続!」
ホニーは即座に無線封鎖を解除し、強い口調で指示する。
五機のクサナギが一斉に急降下へ移行。
照準、投下──。
空を裂く音とともに、爆弾が大教会を直撃する。
ドォン──ドォン──ドォォン。
大理石の塔が崩れ、巨大なステンドグラスが砕け散り、祈りの場が火に包まれていく。
その瞬間、ホニーの肌に焼けつくような圧が走る。
胸の奥が重く、冷え、そして刺すように痛んだ。
(……これが、神に手をかけるということ)
空そのものが、怒り狂っているようだった。
ホニーの身体に纏わりつく霊的な抵抗が、息苦しさを増していく。
「第二撃も同目標。できる限り大聖堂の心臓部を狙って」
ホニーは、それでも冷静に指示を出す。
もはや軍務省より、教会こそが真の“砦”だと確信していた。
だが、次の瞬間──
(……来る)
空の裂け目から、殺気が流れ込んできた。
遠く、複数の航空機の気配。
「敵機接近。第二撃を投下後、全機即時離脱!戦線から退避せよ!」
そう叫ぶと、ホニーはマートの進路を切り替える。
迎撃機の群れに向かって、囮として単独で迎え撃つために。
背中に迫る神の怒りを感じながら──
仲間たちの帰還を、確実なものにするために。




