第97話「民間人」
精都アーミムを取り戻すため──
南部諸島戦線を終結させるため──
ホニーは、指定された合流地点へと向かっている。
合流地点へ向かう前に、新たな装備の確認を行った。
精霊の盾。
シーレイアが開発した最新兵器であり、天竜と契約者の共鳴魔法に干渉せず、銃撃や魔法から身を守る防御装置である。
本来、飛行特化型である白竜は、騎乗中の魔法行使が困難とされていた。
しかし──
「……普通に使えちゃったね」
ホニーは苦笑いしながら呟く。
魔力の発動感覚はなかった。
おそらく、ジャスミンの霊が代わりに発動してくれたのだろう。
ネックレスがわずかに脈動している気がした。
「マート、しばらくは今まで通りで行こう。あれ、魔力消費するからね」
「了解。回避優先ね。無理に戦うより、逃げ切った方が早いしね」
マートもその判断を支持する。
速さと距離。それこそが白竜最大の武器なのだ。
***
合流地点。
定刻通りに到着したホニーが眼下を見下ろすと、すでにその巨体は海上に姿を現していた。
超弩級潜水空母 《アマツ》。
オペレーション・ファイアーフラワーで大きな戦果を挙げた、シーレイアの秘密兵器。
かつてホニーが乗艦したときと変わらず、威容を保っていた。
(やっぱり……何度見てもすごい)
着艦を済ませたホニーは、艦内の艦長室へと足を運ぶ。
「失礼します」
扉を開けると、以前と同じく、あの人物が椅子に座って待っていた。
「テンペスト卿。久しぶりだな。……また力を借りることになる」
危機管理局オフュキウス室・室長、クキ。
軍の管轄外にある異端の組織、その実働部隊を率いる男だ。
「さっそくだが、作戦の説明に入らせてもらう」
クキは立ち上がることなく、資料を手に取った。
「作戦名。
南部戦線の終止符を打つ。その意図を込めて名付けられた」
作戦の概要が語られる。
──ホニーは再び《アマツ》から出撃し、特殊攻撃型水上機 《クサナギ》5機とともに、敵本土クラムアへの空襲を行う。
目標は、インスペリ軍務省。そして、クラムア大教会。
「……軍務省は分かります。でも、教会は……」
ホニーは言葉を詰まらせた。
クラムア大教会は、民間人の祈りの場。
たとえ宗教が違っても、それを攻撃する意味が理解できなかった。
クキは、静かに言葉を重ねる。
「リクリス教は、この戦争にインスペリを引き入れた張本人だ。
本来、中立だった国を戦争へと導いたのは、信仰による動員と教会の煽動だった」
「……でも、信仰を持つ一般人まで……」
ホニーの中に、かつて外交官として訪れたクラムアの記憶が蘇る。
穏やかな日々、笑顔で接してくれた市民たち──。
「だからこそ、象徴を潰す。
“神の名の下に戦え”という正義を、彼ら自身の中で崩壊させる必要がある」
クキの声には、揺らぎがなかった。
冷徹な現実を、まっすぐに突きつけてくる。
「ただし、爆弾は限られている。標的の選定は現地指揮官──テンペスト卿、君に一任する」
「……分かりました。万全を尽くします」
ホニーは、静かに答える。
だがその声には、微かな震えが。
「今回の作戦は、同時に複数海域で実行される。
インスペリ沿岸部の軍事施設、港湾、工場群への潜水艦での砲撃も同時に行う予定だ」
「潜水艦での砲撃……それほどの被害は出ませんよね?」
「ああ。だが、十分だ。
都市部で“海から砲撃された”という体験は、それだけで恐怖を与える。
市民の中に、“戦争を止めたい”という声が生まれれば、それでいい」
「……民間人への被害。わかってます。戦争ですから」
ホニーは苦く呟いた。
民間人を守るために戦ってきたつもりだった。
だが今、敵地の民間人を傷つける側に立とうとしている。
(……これも、終わらせるため)
ネックレスがかすかに震えた気がした。
『ホニー、あなたが選んで』
──そんな声が聞こえた気がして、ホニーは息を整える。
「だからこそ、ラストピリオドで終わらせる。
君たちの編隊は僅か5機。だが、それで十分だ。星渡りが先導するならば」
クキの瞳が、鋭くホニーを見据えた。
「……はい。必ず、南部戦線を終わらせます」
ホニーは真正面からクキの視線を受け止め、はっきりと応じる。
オペレーション・ラストピリオド。
この戦争で、南部戦線においてシーレイアが初めて占領地以外を攻撃する本格作戦。
そして、“星渡り”テンペスト卿が、その先頭に立つ。
敵の首都を狙った空襲はもうすぐ始まる。
その一撃が、戦争の「終点」になることを祈って──。




