第96話「死者と生者」
南部諸島・タワガー島奪還に向け、ホニーは天竜マートと共に空母 《コタンコロ》へ向かおうとしていた。
飛び立つ前、マートがホニーを訝しげに見つめる。
「ホニー……なんか変な気配がする。呪いっていうより、怨念みたいな……でも、不思議と悪意は感じないんだ」
眉をひそめながら、マートはホニーを背に乗せるのをためらうように言った。
「変な感じする?……やっぱり、そうなんだ」
ホニーは思い当たる節に、ネックレスをそっと握りしめた。
ジャスミンの手紙にあった“取り憑かれてるかも”という冗談めいた文言。それが、どうやら現実味を帯びてきたようだった。
「……まあ、変な気配があるなら、祓っちゃうね」
マートが軽く翼を振って気配を払おうとしたとき、ホニーは慌てて声を上げた。
「待って、それ……もしかしたら、ジャスミンかもしれないの」
そう言って、ホニーはネックレスと手紙のことを話した。
だが、マートの表情は険しい。
「ホニーの親友だったとしても、死者の霊が生者に固執するのはよくない。……ホニーの心にも、影響が出るかもしれない」
マートの発言は、ホニーを心配してるからこそだった。
「それにさ、僕がついてるじゃん。変な憑き物はいらない。お守りだって、ラシャやナーグルからもらったのがある。もう足りてるよ」
「お守りなんて、いくつあっても困らないでしょ」
ホニーは苦笑した。するとネックレスが、ふっと微かに光った気がする。
ホニーとしても、節度さえ守ってくれるなら、親友に“取り憑かれて”いても構わないと思っている。
だが、マートの声は真剣だ。
「……死者が、生きた誰かに固執しすぎると、魂ごと引きずり込まれることがある。
ホニーが“向こう側”に連れて行かれるかもしれない。
それは、ジャスミン自身を不幸にすることでもあるんだ」
それは天竜としての、そしてホニーの相棒としての警告だった。
ホニーは少し迷いながらも、穏やかな声で答える。
「マート、ごめん。それでも……私は一緒にいたい。
理由は分からない。でも、きっとそれが正しい気がするの。必要なんだって」
しばらく黙っていたマートは、ため息混じりに言った。
「……分かったよ。でも、僕はホニーが一番だから。
もし変な兆候があったら、ホニーの了承がなくても祓うからね。約束」
「うん。ありがとう、マート」
ホニーは改めてマートに跨がり、大空へ舞い上がった。
頬を撫でる風が、ほんの少し冷たく感じる。
眼下には奪還されたパピト島の海岸線が広がっている。ホニーはその光景を胸に刻みながら、コタンコロを目指していた。
そのとき、ぽつりと呟いた。
「……これが、天竜で飛ぶって感覚なんだね」
「次、勝手にホニーの身体を使ったら祓うよ」
マートの声だったが、その口調は明らかにいつもと違った。
低く、鋭く、警告めいた響き。
(……ジャスミン!? 勝手に身体を使うとか、そんなこともあるの!?)
ホニーは内心で叫びながらも、思い当たるフシに頭を抱える。
「……降霊術士って変な言動多いって言われるけど、もしかして……霊が勝手に喋ってるのかな?」
「さあね? だいたい降霊術士って変な人多いから、霊か本人か分からないよね」
マートがわざとらしく挑発的に返す。
ホニーの中で、何かが憤っている気配があった。けれど、我慢し口に出すほどではないらしい。
「マート、ちゃんと仲良くしてあげてね」
ホニーは微笑しながら言う。
(……精神的な負担、増えたなあ)
心の中でそうぼやいたとき、不意に聞こえた。
『ほんとにね』
(……誰のせいだよ!)
思わずホニーは心の中でツッコんだ。
かつては平穏な空だった。今はちょっと賑やかすぎる空になってきた。
そんなにぎやかな心中を抱えながら、ホニーは《コタンコロ》に到着した。
艦長室。扉を叩き、ホニーは姿勢を正す。
「失礼します」
「テンペスト卿、戻ったか。ちょうど作戦本部より命令が届いた」
迎えたのは、空母 《コタンコロ》艦長のシマ少将。
「インスペリ首都への空襲。君には、その先導役が命じられている。指定海域で合流せよ、とのことだ」
ホニーの顔が引き締まる。
インスペリ本土への空襲、それはすなわち、敵国への直接打撃。
指定された海域は、空母では近づけない場所
──《アマツ》が出る。
ホニーはそう悟った。
《オペレーション・ラストピリオド》
この作戦が、アーミム奪還、タワガー島奪取、そして戦局打開の鍵を握る。
「了解しました」
ホニーは静かに頷いた。
「そういえば……神都アマツから、精霊の盾が届いている。使ってみるか?」
精霊の盾──天竜に防御シールドを展開する新兵器。
マートのような天竜を、銃撃や魔法から守る術であり、精霊の共鳴を武器に変える装置でもある。
「……白竜は、飛行に特化していて、繊細な魔力制御が必要です。使うには向かないかと」
白竜は速度こそ最速だが、武装しての制御の難しさゆえに戦闘には不向きとされていた。
「やはりか。まあ無理はするな」
シマは納得したように頷いたが──
ホニーの胸元で、ネックレスが淡く、震えるように光った。
(……ジャスミンは、使えるって言ってるの?)
ホニーはわずかに眉をひそめた。
「……やっぱり、一度だけ試してみてもいいですか?」
「いいが──海に落ちるなよ。死なれたら困る」
「はい。少しでも危険を感じたら、すぐに中止します」
ホニーはそう答えた。
霊と共に飛ぶこと。それが、彼女の新たな力になるかもしれない──そう思いながら。




