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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹
第三章

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第96話「死者と生者」

南部諸島・タワガー島奪還に向け、ホニーは天竜マートと共に空母 《コタンコロ》へ向かおうとしていた。


飛び立つ前、マートがホニーを訝しげに見つめる。


「ホニー……なんか変な気配がする。呪いっていうより、怨念みたいな……でも、不思議と悪意は感じないんだ」

眉をひそめながら、マートはホニーを背に乗せるのをためらうように言った。


「変な感じする?……やっぱり、そうなんだ」

ホニーは思い当たる節に、ネックレスをそっと握りしめた。

ジャスミンの手紙にあった“取り憑かれてるかも”という冗談めいた文言。それが、どうやら現実味を帯びてきたようだった。


「……まあ、変な気配があるなら、祓っちゃうね」

マートが軽く翼を振って気配を払おうとしたとき、ホニーは慌てて声を上げた。


「待って、それ……もしかしたら、ジャスミンかもしれないの」

そう言って、ホニーはネックレスと手紙のことを話した。

だが、マートの表情は険しい。


「ホニーの親友だったとしても、死者の霊が生者に固執するのはよくない。……ホニーの心にも、影響が出るかもしれない」

マートの発言は、ホニーを心配してるからこそだった。


「それにさ、僕がついてるじゃん。変な憑き物はいらない。お守りだって、ラシャやナーグルからもらったのがある。もう足りてるよ」


「お守りなんて、いくつあっても困らないでしょ」

ホニーは苦笑した。するとネックレスが、ふっと微かに光った気がする。


ホニーとしても、節度さえ守ってくれるなら、親友に“取り憑かれて”いても構わないと思っている。


だが、マートの声は真剣だ。


「……死者が、生きた誰かに固執しすぎると、魂ごと引きずり込まれることがある。

ホニーが“向こう側”に連れて行かれるかもしれない。

それは、ジャスミン自身を不幸にすることでもあるんだ」

それは天竜としての、そしてホニーの相棒としての警告だった。


ホニーは少し迷いながらも、穏やかな声で答える。


「マート、ごめん。それでも……私は一緒にいたい。

理由は分からない。でも、きっとそれが正しい気がするの。必要なんだって」

しばらく黙っていたマートは、ため息混じりに言った。


「……分かったよ。でも、僕はホニーが一番だから。

もし変な兆候があったら、ホニーの了承がなくても祓うからね。約束」


「うん。ありがとう、マート」

ホニーは改めてマートに跨がり、大空へ舞い上がった。


頬を撫でる風が、ほんの少し冷たく感じる。


眼下には奪還されたパピト島の海岸線が広がっている。ホニーはその光景を胸に刻みながら、コタンコロを目指していた。


そのとき、ぽつりと呟いた。


「……これが、天竜で飛ぶって感覚なんだね」


「次、勝手にホニーの身体を使ったら祓うよ」


マートの声だったが、その口調は明らかにいつもと違った。

低く、鋭く、警告めいた響き。


(……ジャスミン!? 勝手に身体を使うとか、そんなこともあるの!?)

ホニーは内心で叫びながらも、思い当たるフシに頭を抱える。


「……降霊術士って変な言動多いって言われるけど、もしかして……霊が勝手に喋ってるのかな?」


「さあね? だいたい降霊術士って変な人多いから、霊か本人か分からないよね」

マートがわざとらしく挑発的に返す。

ホニーの中で、何かが憤っている気配があった。けれど、我慢し口に出すほどではないらしい。


「マート、ちゃんと仲良くしてあげてね」

ホニーは微笑しながら言う。


(……精神的な負担、増えたなあ)

心の中でそうぼやいたとき、不意に聞こえた。


『ほんとにね』


(……誰のせいだよ!)


思わずホニーは心の中でツッコんだ。

かつては平穏な空だった。今はちょっと賑やかすぎる空になってきた。



そんなにぎやかな心中を抱えながら、ホニーは《コタンコロ》に到着した。

艦長室。扉を叩き、ホニーは姿勢を正す。


「失礼します」


「テンペスト卿、戻ったか。ちょうど作戦本部より命令が届いた」

迎えたのは、空母 《コタンコロ》艦長のシマ少将。


「インスペリ首都への空襲。君には、その先導役が命じられている。指定海域で合流せよ、とのことだ」

ホニーの顔が引き締まる。

インスペリ本土への空襲、それはすなわち、敵国への直接打撃。

指定された海域は、空母では近づけない場所


──《アマツ》が出る。

ホニーはそう悟った。


《オペレーション・ラストピリオド》

この作戦が、アーミム奪還、タワガー島奪取、そして戦局打開の鍵を握る。


「了解しました」

ホニーは静かに頷いた。


「そういえば……神都アマツから、精霊の盾が届いている。使ってみるか?」

精霊の盾──天竜に防御シールドを展開する新兵器。

マートのような天竜を、銃撃や魔法から守る術であり、精霊の共鳴を武器に変える装置でもある。


「……白竜は、飛行に特化していて、繊細な魔力制御が必要です。使うには向かないかと」

白竜は速度こそ最速だが、武装しての制御の難しさゆえに戦闘には不向きとされていた。


「やはりか。まあ無理はするな」

シマは納得したように頷いたが──


ホニーの胸元で、ネックレスが淡く、震えるように光った。


(……ジャスミンは、使えるって言ってるの?)

ホニーはわずかに眉をひそめた。


「……やっぱり、一度だけ試してみてもいいですか?」


「いいが──海に落ちるなよ。死なれたら困る」


「はい。少しでも危険を感じたら、すぐに中止します」

ホニーはそう答えた。

霊と共に飛ぶこと。それが、彼女の新たな力になるかもしれない──そう思いながら。


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