第95話「新たなる英雄」
シーレイア神都・作戦司令室──
精都・アーミムを抱えるタワガー島への上陸作戦が、ついに動き始めようとしていた。
作戦室の巨大な地図には、シーレイアの最前線に赤線が引かれている。
北部列島は北島にターキュ島。南部諸島はパピト島、そしてタワガー島。
「この戦争、南部は終わりが見えてきましたね」
フジワラは指で地図をなぞりながら呟いた。
「タベマカ、インスペリはすでに南部から撤退を始めている。コアガルは内戦状態。ローチェの戦力だけでは、もはや長期戦は不可能でしょう」
キトラは頷いたが、その表情は晴れない。
「……だが、ターキュ島の件は見過ごせん」
静かに地図の北端を示す。赤く塗られたターキュ島には、無数の小さな印が打たれていた。
「レコアイトス正規軍が、わずか数日で殲滅された。ホナマ防衛戦と同じように──」
「いえ、たった一人で撃墜していった。が正しいでしょう?」
フジワラが口を挟む。
――報告書の内容、テンシェンの一機の紅い機体により戦闘機部隊は壊滅。その後、爆撃部隊の攻撃により艦隊が轟沈した。
紅い機体へは複数機で対応したが無意味であった。とも書かれている。
「フェン・ウーラン。……あれは、神域に足を踏み入れる存在だ」
フジワラの言葉に、一瞬の沈黙が走る。
「霊都航空隊を壊滅させ、ホナマ基地でジャスミンを撃墜した時点で、奴は“ただのエース”ではなくなった。シーレイアのエースの一翼を討った者として、敵陣では神話になりつつある」
霊都航空隊は敵軍に取って未来予知ともとれる飛行で予測不能。
恐ろしい部隊と認識されていた。
その隊長であり、エースであるジャスミンを撃墜し、隊を壊滅させた。
紅い死神の”格”が着いた瞬間でもある。
フジワラは腕を組んだまま、苦い表情を見せた。
「我々はテンペストを“星渡り”として使ってきた。民衆がそう呼び、軍が象徴に据えた。だがそれは、神に近づく者が一人だったから成立したのです」
希望・絶望・敵意・信仰。神に至るために必要なもの。
開戦後、それになりうるものはホニーだけだった。
その筋書きが狂ったのだ。
キトラは、机上の作戦案に目を落とす。
「フェン・ウーラン、通称“紅い死神”。敵側の民衆・軍関係者が新たな象徴を見出し始めている。我が軍にも英雄が戦場に現れた──そう思わせるには十分すぎる力だ」
キトラは内偵から伝えられた情報を見て肩を落とす。
「一人で戦況を変えることのできるのは、ローチェのバルクーイのみ。そのはずだったのですが。そのバルクーイも身体の負担を考えると何度も戦えない。」
フジワラの声が低くなる。
「フェン・ウーランそのものが戦略兵器として機能し始めた。このままではまずい。だからこそ。」
想定外に現れた戦力、フジワラは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「南部を終わらせる。インスペリ首都を空襲することで、ローチェの補給路を絶ち、戦線を崩す。奴らを追い出したうえで、星渡りを北へ──紅い死神にぶつける」
フジワラの言葉に、キトラは無言でうなずく。
「……テンペスト卿に攻撃力はない。だが、盤上をひっくり返してきました」
「象徴であり、戦局をも覆す“ジョーカー”であり、奇跡の起点です」
「そしてそれは、神を殺せる可能性に一番近い」
フジワラはいつも通り胡散臭く微笑んだ。
「……準備を整えましょう。全てが、次で決まります」




