第94話閑話「シーレイアの貴婦人」
ジャスミンの死という衝撃的な出来事のあとも、ホニーは変わらず戦場の空を飛び続けていた。
幾度も任務をこなし、ほんのわずかな休息の時間。
ふと、封筒の中にまだ何か残っていたことを思い出す。
(そういえば……ジャスミンの戦果をまとめた紙が入ってたっけ?)
手紙の方は何度も読み返した。
けれど、もう一枚の紙はほとんど見ていなかった。
軽い気持ちで取り出してみる。
「……なに、これ?」
広げた瞬間、ホニーは呆れた声を漏らした。
「これ、共同撃墜が単独扱いになってるし、鉄竜部隊との共有戦果まで全部霊都航空隊の戦果にしてるじゃん……」
軍の正式報告書を見慣れているホニーには、すぐに間違いに気付く。
完全な虚偽ではない。だが、これは明らかに水増し――いや、“ジャスミンらしい盛り方”だ。
「ジャスミン、これでどうやって『私の親友、すごいんです!』なんて自慢しろってのよ……これ見せたらカンラさんに怒鳴られるわ」
そう呟いた瞬間、胸元のネックレスがかすかに光り―
“ばれなきゃいいのよ!!”――そんな声が聞こえた気がする。
「……まあ、ジャスミンだしね」
苦笑して封筒にしまおうとすると、まだ中に何か入っているのに気づく。
残りの紙を引き抜くと、それは一枚の新聞だった。
「……新聞?」
一面には、儚げな表情をしたジャスミンの写真が大きく載っていた。
『南部戦線のエースに迫る 竜王と貴婦人と最速の竜 上』
≪霊都航空隊隊長 ジャスミン・シャマン少佐≫
三回に分け、南部戦線の空を支える二人のエースと“星渡り”の契約竜を特集する。
第一回は、霊都航空隊を率いるジャスミン・シャマン少佐。
まるで未来視のように優雅に空を舞うその姿は、“シーレイアの貴婦人”と呼ばれている。
――シーレイアの貴婦人と呼ばれているが?
エースと呼ばれ、「貴婦人」の二つ名に恥じぬよう、これからも隊長として務めを果たしていきたいと思います。
――降霊術士の面目躍如と言われていますが?
降霊術士は霊に影響を受けやすく、人との関係を築きにくいものです。
ですが、私たちは規律を守り、国のために戦っています。少しでも私たちの活躍で印象が良くなれば幸いです。
――星渡り・テンペスト卿との関係は?
恐れ多いですが、親友です。軍の新任研修で同室になって以来の付き合いですの。親友として彼女に相応い存在でありたいですわ。
彼女は霊都の軍将校を多数輩出してきた名家出身。
だがその姿は気高くも儚く、まるで“深淵の令嬢”のようだった。本来であれば戦場に立つべき人間ではないのだろう。
親友と国のために空を舞う――その覚悟こそ、貴婦人の真髄なのだろう。
明日は“星渡り”の契約竜、マート・テンペスト氏に迫る。
***
ホニーは新聞を持ったまま固まった。
「……なんか、ジャスミンのキャラ違わない? 深淵の令嬢ってなに?」
誰もいない部屋に、思わず声がこぼれる。
(そういえば、あの時も――)
「ホニー、“深淵の令嬢”の霊どこ行ったか知らない? 今日あの子、絶対必要なの!」
「霊なんて分かるわけないでしょ。お気に入りの“悪役令嬢”じゃダメなの?」
「今日は悪役令嬢じゃダメ! 深淵の令嬢なの! 儚さと気高さが大事なのよ! あの子、私のこと苦手みたいですぐ逃げるのよね!」
そう言って慌ただしく部屋を飛び出していった――。
ホニーは当時のやり取りを思い出し、肩を落とした。
(あー……取材のために、無理やり“深淵の令嬢”降ろしたな……)
もう、彼女はいない。
けれど――その奔放な気配は、まだどこかで笑っている気がする。
ホニーは新聞をそっと折りたたみ、机に置いた。
「というか、なんでマートも私に内緒で取材受けてるの…?」
ほんのりと笑みを浮かべながら、ホニーは立ち上がる。
「――事情聴取、するか」
そう言い残し、竜舎へ向けて軽やかに歩いていく。




