第94話「ホニー・ドラグーン」
作戦本部の一角。
通りがかりに置かれた新聞に、ふとホニーの目が止まった。
『パピト奪還成功 破竹の勢い』
『天竜、空に戻る 神話の再来』
『タワガー島 奪還作戦開始』
『レコアイトス ノノレ准尉 新兵器を無力化』
『南部諸島戦線終結見える 主戦場は北部列島か?』
踊る活字。
大げさな見出し。
勝利に酔うような文言。
ホニーはため息をついた。
(……また、これか)
戦場を知らない者が、言葉だけで描く勝利。
現実よりも派手で、都合よく編集された紙面。
分かっている。
報道が、すべて真実を語れるわけじゃない。
フジワラやオオクラが裏で調整しているのも承知している。
それでも──今の自分には、素直に読めなかった。
──そのとき。
目に留まったのは、記事の隅に並ぶ小さな囲みだった。
『霊都航空隊の軌跡 日陰の空に咲いた光』
見出しを見た瞬間、指が止まった。
先日、ホナマ基地に対するローチェ軍の大規模な奇襲が行われた。
精霊遮断兵器の影響により、基地防衛は壊滅的打撃を受けたが、レコアイトスのアレックス・ノノレ准尉の起死回生の魔法により、戦況は逆転。
パピト島に潜伏していたローチェ残党もこれにより殲滅され、事実上、南部の空はシーレイアの手に戻った。
その“奇跡”を呼び起こすために、最後まで空を守り続けた部隊があった。
──霊都航空隊。
ホニーは文字が震えて見える。
アクル奪還作戦で一番槍を務めた部隊。
幾度の出撃でも高い生還率を保ち、指揮と戦技に優れた中部の降霊術士たち。
その隊長──シャマン少佐は、敵味方からこう呼ばれていた。
“シーレイアの貴婦人”。
ホニーは唇を噛んだ。
手が微かに震えるのを押さえきれない。
ホナマ基地襲撃。
圧倒的な数的不利と精霊遮断という絶望的な状況下で、
霊都航空隊は最期まで空を守り抜いた。
シャマン少佐は、敵の追撃を引きつけることで、ノノレ准尉の魔法詠唱の時間を稼いだという。
記録には残らぬ戦いだったかもしれない。
だが、彼らの献身こそ“奇跡”の正体だろう。
最後の一文が、胸に突き刺さる。
我々は忘れてはならない。
日陰に咲いた空の花たちが、この空の勝利を、支えていたことを。
ホニーはしばらく動けなかった。
(……ちゃんと、書かれてる)
華やかな記事の陰に、確かにジャスミンたちの名前が刻まれていた。
記録に残っている。誰かが見ていてくれた。
(ナーグルが新聞を集めてる気持ち……少し、わかるかも)
胸の奥で小さく笑った。
その時だった。
「テンペスト卿、よろしいですか?」
声に振り返ると、二人の若い降霊術士が立っていた。
制服は、霊都航空隊。
「……ジャスミンの部下さん?」
「はい。私たち……怪我で作戦には参加できませんでしたが、数少ない生き残りなんです」
ひとりが、封筒と小さな水晶のネックレスを差し出した。
「隊長が、これを渡してくれって……遺品の中に残されてて」
ホニーは、言葉を失う。
「……ジャスミンが?」
「はい。でも……本当に“言われた”わけじゃないんです。
私たち、降霊術士ですけど……そんな高位の力はなくて」
「じゃあ、どうして?」
「遺品を整理してたとき、不思議なプレッシャーがあって……。
“これはテンペスト卿のもの”って思ったら、急にその圧が消えたんです」
降霊術士らしい“感覚”の伝言。
曖昧で、だけど──嘘じゃないと思えた。
ホニーは静かに封筒とネックレスを受け取る。
「ありがとう。……すごく、嬉しいよ」
手の中で、水晶がわずかに光を返した気がした。
──声は聞こえない。
でも、きっと。ジャスミンの思いは、ちゃんと受け取った気がした。
自室に戻ったホニーはおもむろに封筒から手紙を取り出す。
そこにはジャスミンの書いたかわいらしい字でホニーへの思いがつづられていた。
***
“親愛なるホニーへ
……この手紙を読んでるってことは、私、死んじゃったみたいね。 ずっと隣にいるって言ってたのに、親友としての約束、守れなくてごめん。”
ジャスミンの手紙は、静かな謝罪から始まっていた。
“でもさ、私も軍人だから。 これまで何人もの敵を撃ち落としてきたし、最後に落とされたなら、それは私の力が足りずに負けたってことよね。ちょっと悔しいけど。”
(そんなことない……負けとかじゃない。そばにいてくれるだけでよかったのに)
“今、ホニーはすごく悲しんでるって思う。だけどね、気にしなくていいんだよ。 私がホニーの隣に立てるだけの力が足りなかった、それだけのことだから。”
その言葉は、ホニーの胸を優しく締めつけた。
“ホニーが星渡りになって、外交でも戦場でもキラキラ活躍してるの見て、嬉しかった。 でも……ちょっとだけ、置いてかれた気もしたんだ。 だからアクル奪還でまた一緒に戦えるって知ったとき、本当にうれしくてね。 ああ、これでまた、親友として、並んでいられるって。”
ホニーは息を呑んだ。
(みんなが私を“星渡り”とか“テンペスト卿”とか呼ぶ中で……ジャスミンは、ずっと“ホニー”でいてくれた)
“それでね、霊都航空隊は『星渡りの盾』って名乗ってたの。 かっこいいでしょ?”
思わずホニーは吹き出しそうになった。
(そういえば前ジャスミンがそんなこと言ってたな……)
“だから私、死んでもホニーの盾になろうって決めたの。 ネックレス、もらったでしょ? あれには私の魔力がこもってる。 肌身離さずとは言わないけど、空を飛ぶときだけでも、身につけてほしいな。 そうすれば、私はいつだって、空のどこかでホニーを守れるから。”
降霊術士としての力、それはきっと本当にジャスミンの魂の一部なのだろう。
ホニーはネックレスをぎゅっと握りしめた。
“それとね――お願いがあるの。 ホニー、私のこと、いっぱい自慢して。戦果、撃墜数、作戦成功率、何でもいいの。 『あたしの親友、すごいんです!』って。 私の神格、ちょっとでも上がったら、多分霊的なパワーも強くなるからさ。”
(……あれ?なんかジャスミン調子に乗ってきた??)
“あ、戦果の詳細は封筒の別紙にまとめておいたから。それも読んでね。 それと、2階級昇進してると思うけど、できれば4階級ぐらいにしてくれないかな? フジワラ局長やオオクラ局長に言ってみて!”
急に調子の外れた軽口に、ホニーは笑みを浮かべた。
“だから、ホニー、泣かないで。 私はちゃんとそばにいるから。 テンペストでも星渡りでもなくて、ホニー・ドラグーンの隣に――。
ホニー・ドラグーンの、いちばんの親友
ジャスミン・シャマンより”
手紙の最後、何度も見慣れた名前が、まるで今目の前にいるように思えた。
この手紙は、ホニーが“星渡り”であることを支えるためではない。
その肩書きを背負いながらも、“ホニー”として壊れないようにするための――最後の贈り物だった。
「……ありがとう、ジャスミン」
ホニーは空を見上げ、胸元のネックレスをそっと撫でた。
ほんのりと、温かい気配を感じた気がした。
“追伸:絶対にお祓いには行かないで。ホニーに取り憑こうとする霊は、私が全部ぶっ飛ばすから。
だから、ホニーは私にだけ安心して取り憑かれてくれていいのよ。”
(……ほんとに取り憑いてるのかな。いや、四六時中はちょっと……)
背中にふと悪寒が走る。
ホニーはそっと空に向かって言った。
「……ねえ、ジャスミン。お祓い行かれたくなかったら、ちゃんと節度は守ってね?」




