第93話「対等な友」
──《オペレーション・ドラゴンズスカイ》成功。
パピト島は奪還され、空はシーレイア軍の手に戻る。
ローチェの残党はいまだ各地に散在していたが、補給は断たれ、制空権も奪われた今、敗走も時間の問題だった。
戦勝の報は各拠点に伝えられ、南部司令部は歓喜の声に包まれていた。
その司令部に、ホニーは戻っていた。
次なる任務は──タワガー島の奪還、それに向けた軍再編に呼ばれたのだ。
並び立つのは、頼もしき盟友たち。
鉄竜部隊のカンラ。
覇王と呼ばれる復活した武装天竜部隊の長ガンブ。
レコアイトスから来たもう一人の白き竜使いノノレ。
そして、自分──星渡りホニー。
(……あれ?)
会議室に着いた瞬間、胸の中に、ひとつの違和感が残る。
──ジャスミンが、いない。
霊都航空隊の隊長。
ホニーの親友であり、南部諸島戦線を支える空の守護者。
いつもなら、誰よりも先にここにいるはずの彼女が、ホニーが来るとすぐに話しかけてくる親友が、今日に限って姿を見せない。
(今日は別任務……? いや、副隊長すら来てない…… もしかして北部戦線に転籍した?)
その疑問が、胸の奥でじわじわと広がっていく。
「では、南部諸島完全奪還に向けた戦力再編を開始する」
ヒサモトの指示で、部隊の新配置が告げられていく。
・カンラ率いる鉄竜部隊はパピト西端のナヨーチヨ基地へ移動。
・レコアイトス軍は空母と共にタワガー島支援へ。
・天竜部隊は艦隊の護衛任務へ。
・テンペスト卿は《コタンコロ》と共に《ポラリス》と連携してタワガー島攻略へ。
──どこにも、霊都航空隊の名はなかった。
会議が終わり、ヒサモトがホニーに声をかける。
「テンペスト卿は、残ってくれ」
その声の調子に、ホニーは嫌な予感を覚えた。
横には、ノノレの姿。
(これは……ただの追加任務じゃない)
「……ヒサモト司令、何か、あったんですか?」
ホニーが尋ねると、ヒサモトは静かに、真正面から目を合わせて言った。
「そのようすだとまだ耳にはいってないか……霊都航空隊は、壊滅した。
シャマン隊長以下、全滅に近い損害を受けた」
一瞬、時間が止まったように感じた。
「……えっ?」
「ホナマ基地への襲撃時、防衛のために出撃し──敵航空戦力と交戦中に……」
「……ジャスミンが? 空で……戦死?」
思わず問い返す。
理解したくない。
信じたくない。
受け止めるには、あまりにも突然すぎた。
「撃墜したのは、フェン・ウーランです」
ノノレが小さく告げる。
その名を聞いた瞬間、胸が音を立てて崩れたような気がした。
ヒサモトはさらに詳細を語った。
ノノレが星渡りの影武者として囮となり、ジャスミンたちは別方向からの迎撃部隊として出撃していたこと。
だが、敵はそれすら上回る戦力と兵器で襲来し、霊都航空隊は──激しく戦うも、空から消えたのだと。
「……ご報告、ありがとうございます」
ホニーは、ぎこちなく頭を下げ、そう返すのが精一杯だった。
「用件は承知しました。失礼します」
それだけ言い残して、司令室を後にする。
***
──気がつけば、足は勝手に基地の外れまで来ていた。
夕陽が低く傾き、赤く染まる空が目にしみる。
遠くでは、パピト島奪還の祝杯が上がっている。
笑い声。整備音。兵士たちの喧騒。
そのすべてが、別の世界のように聞こえた。
「……ジャスミン」
ようやく名前を呼べた。
声は、かすれていた。
「ずっと隣にいるって……言ったじゃない」
初めて会った日のこと。
空母で交わした言葉。
数えきれない空を並んで飛んだ記憶。
ホニーにとって、唯一対等に話せる友人だった。
家族でもなく、上司でもなく、後輩でもない──
“星渡り”ではなく“私”を見てくれた人。
(……降霊術士として、最悪の状況だったんだ)
ノノレから聞いた、“霊と精霊の遮断”という現象。
あれは、ただの兵器ではない。
霊の声を頼りに飛ぶジャスミンにとって、それは──
目を閉じ、耳を塞がれ、足を縛られて空に放り出されたも同然だ。
「そんなの……そんなの、勝てるわけないよ……」
悔しさでも、怒りでもない。
ただ、やりきれなさが心を覆う。
「私も……霊の声が、聞ききたい。ジャスミンと、話したいよ……」
そのとき、背後から声がした。
「──ホニー、時間だ」
振り返ると、カンラが立っていた。
「戦友を失ったのは、お前だけじゃない」
当たり前のこと。
それでも、今は聞きたくなかった。
「でも……!」
ホニーは言いかけたが、カンラは遮った。
「ジャスミンは、空でウーランに負けた。それだけだ」
冷たい言葉。
だがその瞳には、怒りにも似た強い光が宿っていた。
「……だからこそ、生き残った俺たちは戦わなきゃいけない」
その言葉に、ホニーは何も言えなかった。
風が吹く。
ジャスミンの声は、どこにもない。
それでも空は続く、明日もまた、誰かの命を奪うために飛ばなければならない。
──”星渡り”の戦いは、まだ終わることは許されない。




