第1話「鎮魂祭」
「あーもうだから言ったじゃん。今出てたら危ないって。」
激しい暴風雨の中、白い竜が上に跨る少女に抗議する。
「そんなこと言わないでよマート、わたし手紙を今日中になんとしても届けたかったんだよ。」
嵐の中、少女は白い竜にしがみつきながら反論した。
「気持ちは分かるよ、ホニー。その手紙は今日届けることが大事ってこともさ。」
マートとて相棒の頼みを無下にするつもりはない。
「だからと言って台風の中を突っ切るとか命知らずとしか思えないし、この中を飛ぶこっちの身も考えてよ。」
平然と吹き荒れる風と叩きつける雨の中を白い竜は飛び続ける。
「普通ならやらないよ。この手紙は御使い様から託された鎮魂祭のためのもの。
これがなきゃ十年に一度の鎮魂祭は失敗しちゃう。」
ホニーはこの危険な空の旅の意味を改めてマートに伝える。
「御使い様も僕たちが命をかけるまではないって言ってたし、他の竜と竜使いもこの空は飛べないって言ってたじゃん。そもそも今回規則違反までしてるし。」
突風を難なく交わしながらもマートからは不満が滲む。
「でも今ちゃんと飛べてるじゃん。最速の竜マートと相棒のわたし、二人一緒なら不可能でない。」
ホニーは二コリと笑ってマートに話す。
「昔だって大きな台風の日に風遊びで一緒にずっと飛んでたしさ。」
「あー、あのあと僕とホニーも母さんたちから大目玉食らったね。」
二人は嵐の只中で、場違いなほど軽口を交わす。だが白き竜の翼は揺るぎなく、むしろ速度を増していった。
「ホニーはいつも寒いから嫌がるけど、高度上げて雲の上に出ちゃうね。」
マートはホニーの了承を得ることもなく高度を上げ始める。
「雲抜けるとき風の制御って結構大変なんだけど」
「さあ行こう、最高の相棒!」
「分かったよ。マートにばっかり負担かけるのもダメだし一気に台風抜けちゃおう。」
会話が終わるや否や、竜と少女は分厚い雲を突き破り、蒼穹へと飛び出した。
***
ホニーたちが手紙を届ける場所、精都アーミムの領主館。
「領主ルルザ様、神都より電報が届きました。」
領主の副官が慌てて執務室に入ってきた。
「ホニーとマートが御使い様の手紙を携えて出立したとのことです。今回の飛行は規則違反となるので特例申請の準備をとも添えられてます。」
副官から想定外の内容が告げられる。
「あいつら鎮魂祭のために無理引き受けたか....。もし輸送中に何かあればどうするつもりだ。特にホニーはいい加減竜使いとしての自覚を持ってもらいたいものだ。」
ルルザは呆れたように言いながらも、口元には微かな笑みが浮かんでいる。
「ルルザ様、そういいながら全く心配していないじゃないですか。」
副官は少し笑いながら上司の様子を指摘した。
「当たり前だ。あの二人は魂で結ばれた契約者と竜。台風ごときで墜ちるものか。むしろ心配なのは……手紙の方だな。それと特例申請の準備も頼む。」
ルルザの言葉からホニーとマートへの信頼感がひしひしと感じられる。
「かしこまりました。では、鎮魂祭のスケジュールは予定通り進めさせていただきます。」
副官もルルザの様子を見て安心した様子で部屋を出て行った。
***
一方、台風の空域を抜けて精都に向けて進む竜と竜使い。
「イヤッホーーーー!!!マートもっと飛ばして。」
「えー、やだよ。時間は取り戻したし、予定より早く着けるくらいだよ。」
台風も過ぎ、到着時間にも間に合うようになったからか二人は完全にリラックスしている。
「ルルザにはいっつも少しは竜使いとして自覚をとか言動・行動を改めようにって言われているから、この機会に私達の有り難さを分からせてあげようかなって。」
ホニーは日々の小さな恨みをこの機会に清算させようと企んでいるようだ。
「領主様のこと呼び捨てとかあいつっていうのやめなよ。いくら僕たちのこと小さい頃から可愛がって(いじめて)くれたとはいえ、一応領主様だよ?」
マートもルルザに思うところはある様子だが、ホニーの行動を少し咎める。
「分かってるって。でも手紙届けたらルルザ叔父様、お小遣いちょうだいっていわなきゃね。」
「だねー。まあ、今回ばっかりは僕たちにしから出来ない配達だから"はずんで”もらわなきゃね。」
二人だけの空の上、配達後にルルザにどうやってせびるか楽しそうに話している。
***
精都アーミム、鎮魂祭の祭事を行なってる領主ルルザ。
ふと二人の声の悪だくみの空耳が聞こえたような気がした。
鎮魂祭は無事に始まりそうだが、今回の件で二人にどれだけの借りを作ることになるのか。
ルルザは小さいころから知っている二人の性格を考えると頭が痛くなる。
だか今回は10年に一度の鎮魂祭。この国に住まう神、精霊、人が平穏に暮すための儀式。
精都アーミムの歴史は華々しい交易と壮絶な戦災で出来ている。
鎮魂祭、過去にこの国のために尽力した者たちの魂に感謝し、未来に繋げる大事な祭事。
だからこそ、無事に行われることが一番重要なのだ。
先ほど副官からホニーとマートが時間通りに到着すると連絡が届いた。
(二人のおかげで無事開催できそうだ。本当によかった)
ルルザは嵐の中の配達という大役を引き受け、任務を全うできることに二人の成長を感じていた。
(せっかくだから、たんまりお礼を渡してあげようかな。)
領主として、そして小さいころから二人を見てきた身として考える。
ちらりと時計に目を向ける。まもなく鎮魂祭の開会の時間だ。
ルルザは神殿のテラスの中央におもむろに立ち、開会の挨拶を述べ始める。
「本日から十年に一度の鎮魂祭が始まる。この十年も我が国は平穏を享受することができた。これも神と精霊、そして人々の尽力あってのこと。」
ルルザはここで一息入れ神殿の広場に集まった民衆を見て一礼した。
「今ここで、過去の魂へ感謝を捧げ、次の十年へと歩みをつなごう!」
雲間を切り裂き精都アーミムの空に現れた白き竜が、観衆の目に映る。
「神都アマツの御使い様からの鎮魂歌をもって、開会の合図とする!」
ルルザが空を見上げ、ホニーとマートを見つめながらそう告げる。
「マート、準備いい??」
「もちろん、ホニーこそ大丈夫?」
「うん、じゃあいくよ。」
軽い掛け合いのあとホニーとマートは御使い様からの手紙の術式開放のための詠唱を開始する。
―数多の星々よ、我らの祈りを受け取り給え。
―この地を護りし英霊よ、いま一度我らと共に歩み
―精霊よ、眠りから覚め、友たる我らに力を貸したまえ……!
声は風と混じり、街全体へと染み渡る。
─御使いの名において、薫風よ……いま、届かんことを
─精霊の鎮魂歌
二人が呪文を唱えた瞬間、手紙に込められた魔法が解き放たれる。
すると清らかな風がアーミム全土を包み込む。
神も精霊も人も、その調べに祈りを重ね、街は静謐な一体感に満たされていく。
「これより――鎮魂祭を始める!」
アーミムは歓声につつまれた。