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ライトソング・コンテスト-スタンド・バイ・ミー-

 演奏の後で、手に力が入らなかったのだろうか、高木は手からピックを落とした。

 場所は渋谷公会堂。もちろんかつての、そう建て直し前の旧渋谷公会堂だ。当時から有名な音楽会館である。数年後には『ポピュ・コン』という軽音楽やポップスのコンテストとなる前身の『ライトソング・コンテスト』の会場である。

 会場内にはMC、司会者の声が響き渡る。


「本日の東京、関東地区本選は、これで全ての組が演奏を終了しました。葉山楽器はやまがっきが主催、本日の『ライトソング・コンテスト』。栄えある優勝を狙えるのはどのグループでしょう」

 大会MCの司会者がニヤリと笑って、審査員たちに視線を向けていた。

 オレは客席でエリコと手を繋ぎながらムーンドッグスの行方を案じた。

「銅賞は己組おのれぐみの、サインはルイルイ! どうぞこちらへ」とステージ脇の控え席からふたたび登壇させる司会者。

「銀賞は赤い分度器、とびだすな壮年期!」

 やはり登壇を誘ってバンドのメンバーを中央に迎える。男性と女性の混声グループだ。

「さて最後は金賞、最優秀賞です。MARO、学生街のところてん! でした」


 皆に拍手されるままに最後のグループが登壇した。髭や帽子に身を包んだファッション性のあるバンドだ。

「だめだったか……」と小声のエリコ。残念ながらムーンドッグスの受賞はなかった。


 身内だからの贔屓目と言うわけでも無いのだが、ムーンドッグスが選ばれなかったのには、オレは少々腑に落ちなかった。筋金入りのレコードコレクターであり、オーディオマニアのオレの耳と感性では、受賞グループに引けをとらなかった演奏能力のはずだ。他の上位のグループは所々ミスも目立った。だが曲の構成やボーカル魅力など、付加価値が加点されている感じだ。それに対して楽曲の良さと忠実で正確な刻みは、高木たちのものは作品価値でいえばその上を行く感じだった。


 オレもエリコの言葉に大きく肯きかけたその時、司会者がなにか言葉をため込んでいた。そして息を吸い込むようにしてスタンドに設置されていたマイクに向かって手をかけた。

「今年は実は、参加グループが二倍近くも多いことからもうひとつ、ふたつの特別賞を設けさせて頂きました。特別未来賞と特別楽曲賞です。この二賞は未来賞は林田茂市はやしだもいちとトップグラン、楽曲賞はムーンドックスが歌った、あの日のベイビーズ・イン・ブラックでした」


 その言葉を聞くやいなや、チョーさんと高木は抱き合って喜ぶ。そして壇上に招かれた。


 オレは心の中で「やった!」と呟いた。隣のエリコもオレをチラリと見てから軽く肯く。金銀銅には入れなかったが、高木たちの楽曲作品が世間に認められたのだ。メンバーの目にもうっすらと涙である。ただひとり壇上のユキはポカンと口を開けて、首を傾げている。実感がわかないのか、意味を理解していないのかは定かではない。だが明らかに、うすらぼけたような仕草をしていた。それがまたオレの目には面白く映った。まるでピアノの発表会で努力賞をもらったがその意味が理解できていない子どものようだった。

 彼女の発表会ドレスのような衣装が、またオレにそう思わせていたのかも知れない。


 のちの『ポピュ・コン』や『イーストウエストサイド物語音楽コンテスト』に繋がるポピュラーミュージックの登竜門にあるコンテストにおいて、そこそこの爪痕を残せたのがこの時のムーンドッグスだった。

 その後、楽屋でいくつかのレコード会社が顔を出したと聞く。後にその中のひとつから彼らはデビューのキッカケを得ることになる。


 瞬く間にこの吉報は彼らの専属契約をしているライブハウスにも届いた。


 翌週のある日、ムーンドックスは下北沢と横浜を中心に確実にファンを増やしていた。ステージの終わった後のことだ。客のはけたホールでオレたちは先日の特別賞受賞の祝杯のビールを飲んでいた。勿論、オレとエリコはメンバーではないのだが、結成以来の協力者と言うことで、いつものライブハウスでは顔パスになっていた。


「あのお話、ちょっといいかな?」

 ビジネススーツに身を包んだ七三わけの眼鏡をかけた三十歳ほどの男性が高木に声をかけてきた。

「なに?」

 いつものようにジャケットにネクタイの高木は椅子の背もたれに寄りかかるような姿勢で返事をする。

「僕は東西エミーレコードのプロデューサーで、串田えるみという者なんだけど……」

 そう言って名刺を差し出す。あの時、大会で真っ先にムーンドッグスに目をつけてくれたレコード会社だった。

「ああ、えるみさんてラジオのパーソナリティやっている人でしょう? 『セイロング』とか。プロデュースもやっているの? 今や深夜放送と音楽はワンセットの時代だもんね」

 

「ああ、ありがとう。そうなんだ。実はこっちが本業でね。レコード会社とラジオ局の架け橋みたいなことをやっているんだ」

「へえ」といって、しげしげと名刺を確認する高木。

 高木は彼のタレント活動の方を知っているようで、本業のプロデューサー業は知らなかった。

 ソファーにもたれたまま、もっていたギターをスタンドに立てて高木は、「それでオレたちに何の用事?」と訊ねる。

 串田は「うん。実はエミーレコードの上層部が君たちの活躍に目をつけていてね、本格的な交渉を行う前に僕に面通しと様子見をしておいてくれって頼まれちゃってね。でも、いつも日常の君たちのライブ演奏も見せてもらえたし、実力も申し分ないなあ、て感じだった。あのレノン・アレンジの『スタンド・バイ・ミー』なんて最高だった。そんなわけで君たちと親睦を深めに来た、って訳なんだけど、ちょっとお話を聞かせてくれる?」

 業界最大手の部類である東西エミーレコードは、日本の東西電器と英国のエミーレコードの合弁会社である。

「へえ、そんな大きな会社がオレたちの存在に執拗に気にかけてくれるんだ」

 横でコーヒーを飲んでいたチョーさんも話しに加わる。

「ええ、ちょっとだけ条件のお話も伝えますと、三ヶ月に一度のシングルとアルバム一枚を一年間契約の間にやってもらって、様子を見ます。その間にライブや営業などを続けて売り上げを伸ばして下さい。シングルなら一〇万枚、アルバムなら五万枚以上、音楽チャートの『トリトン』で週間ランキングのシングルあるいはアルバムチャートで三〇位以内に一度でも入ってくれれば、五年間の契約延長となります。いずれレコード会社の人間が正式にご提案に伺うと思います。そこで及ばずながら、私も援護射撃でラジオの冠番組をあなた方に依頼しておきますので、営業戦略のひとつとしてお使い下さい。やはり一年間週一回の深夜枠で考えております。そっちのほうは一度四谷の放送局に来て頂いて打ち合わせと行きましょう」

 ビジネスライクな内容を、丁寧にフレンドリーに説明してくれる串田にはメンバーは皆頷いて、信頼を置いていたようだ。まあ、部外者のオレでさえ彼の話し口調には思わず聴き入ってしまう程の能弁さだった。


 いずれにせよ、『ライトソング・コンテンスト』での特別賞受賞は、トップの賞ではないにしろ、ムーンドックスに一定の勝算と賞賛がもたらされたのはいうまでもない。プロのミュージシャンとしてやっていくための第一歩になったのである。メンバーはあまり表情には出さなかったが、瞳の奥で皆が一応に嬉しそうであることをオレは感じ取った。


「ああ、皆、夢に向かい始めたわね」とエリコ。缶ビールを片手に、ふうと重いため息をついた。

「焦ることは無いさ。オレたちはオレたちでやれることをやればいいんだよ」と慰めるオレ。だがこの言葉、実はエリコよりもオレ自身に投げかけた言葉だったのかも知れない。そう、心のどこかで夢を実現している高木たちをあからさまに見たオレは、彼らに憧れと嫉妬の両面を抱いた複雑な感情を持っていたことは紛れもない事実だった。

 ここで現実に「レコード互助会」の立ち上げを本気で考えなくては、とオレは差をつけられた高木に触発されていた。


※深夜放送

二十歳前後の大学受験生はこの当時、深夜放送を聴きながら勉強をするというのが主流になりつつあった。東京放送(略称・TBSラジオ)の『パックインミュージック』、文化放送の『セイ! ヤング』、ニッポン放送の『オールナイトニッポン』などがそれである。この三つの番組は「深夜放送御三家」と言われて、特にリスナーの多い番組でパーソナリティもフォークやニューミュージック、若手芸人などが抜擢されている。

 この深夜一時ごろにスタートの大学受験生向けの番組は、やがて高校受験生向けの九時スタートの番組でもしのぎを削るようになり、文化放送『夜はこれからてるてるワイド』、ニッポン放送『くるくるダイヤル・ザ・ゴリラ』などでもリス―ナーを奪い合う番組が始められている。これらは深夜枠番組とは違い「ブロックワイド構成」と言われる長時間番組の中に、多くのミニ番組を抱え込み、人気のある人材を揃えていた。「ブロック」と言われる各セクションパーソナリティーに、局やスポンサーが選ぶアイドルタレントやモデルなどローティーンにも人気のあるタレントが用意されていた。

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