02. 俺の目を見て言え
「うえっ、嫌なものを見てしまったわ」
アメリは遠くの渡り廊下を通る王子とミーナを見てしまった。アメリはあのゲームを提案してから何度も後悔していた。
(あんな人でなしに何で格好良いなんて言わなきゃいけないのよ)
そこへウェーブのかかったふわふわの髪をなびかせながらアメリの顔を覗いてきた。
「アメリ、大丈夫? 王子はまたミーナといるのね。気を落とさないで」
そう覗き込んで元気づけてくれるのは、私と同じ公爵令嬢で私の天使であり、友だちのフィン。アメリは昨日の事を誰かに話したくてしょうがなかったのだ。
「フィン、それはいいの。でもあなたにすっごく話したいことがあるの。お昼休みに聞いてくれるかしら?」
「ええ、もちろんよ」
それを聞いたアメリは心の中で浮かれていた。フィンとは取る教科も一緒だったので、授業も隣で受けている。
すぐに話したい気持ちをぐっと抑える。これでも王子の婚約者のアメリはこの話は他の人には聞かれたくない。しかしアメリは昨日の王子のやりとりが頭から離れす、授業をほとんど聞いていなかった。そのことについて、自分自身にため息をついた。
(勉強だけが取り柄の私が、授業を聞いていないなんて、なんたる不覚⋯⋯)
アメリは頭をずんと下に向けていると、入り口でざわざわとうるさくなった。まだ授業は再開しないはず。この休憩は15分ほどあるので、始まったばかりで先生が来るわけはない。
「アメリ⋯⋯」
「フィン、私は落ち込みたい気分なの」
「でも王子が来てるわ」
アメリはがばっと顔を上げる。フィンを見ると入口の方へ目配せしている。アメリは同じように入口を見るとザック王子が立っている。
入口にいた女子はアメリの方を指さしている。王子は指のさす方へ顔を向けてきたので、アメリは王子と目が合ってしまった。
「アメリ、俺はこの後予定があるから帰るんだ」
アメリは勢いよく立ち上がった。
「いい心がけだ。早く来いよ」
王子は少し笑みを浮かべている。アメリの嫌いな薄ら笑い。
アメリは悔しさに顔を赤くして口を尖らせると、急いで王子の元へ向かった。
(なんだか私だけ永遠と続く罰ゲームを受けているみたいだわ!)
アメリは王子の近くまで来るとそのまま教室を出ていく。その姿を王子は慌てて追った。
「おい、俺を無視する気か?」
それを聞いてアメリはくるりと向きを変えた。
「そんな事はありませんわ。あそこだと言えないでしょう?」
「はんっ照れ屋さんだな」
王子は能天気のようだ。あくまでも高飛車な態度を貫くらしい。
廊下の奥の方までやってきてアメリは止まった。アメリは王子の方を見ると王子はにやにやしている。
「いきなりなんて言えませんわ。王子、何か格好良い事をやってくれませんか?」
アメリは王子の態度が気に入らなかったので、王子が困るようなことを言ってみた。
「格好良いこと? ⋯⋯あっ巷で流行ってた壁ドンをやってやろうか?」
アメリはそれを聞いてげんなりした。何がうれしくて王子に壁ドンをされなくてはいけないのだ。
「⋯⋯それはミーナ様にでもおやりになってください。たぶん喜びますよ」
アメリはじとっとした目で王子を見ると、1度引っ込めたにやにやした顔をまた表に出してきた。
「はんっアメリも嫉妬するんだな」
アメリは呆れすぎて何も言えなかった。下を向いて長いため息をついた。
「はぁー⋯⋯⋯⋯王子、格好良いです。それではごきげんよう」
アメリは早口で息を吸うように一気に言うと、踵を返し教室へ向かい始めた。後ろから王子の慌てた声が聞こえてくる。
「待て! 今のは無しだ。俺を見ていなかった。アメリ、もう一度だ」
王子の足音はすぐに近づき、アメリの横に現れた。アメリは前を向いたまま王子の顔を見ずに返答する。
「いえ、そんな条件聞いていませんわ。あの場には王子しかいませんでした。100%王子へ向けた言葉です。今日はもう終わりです」
アメリはそう言いながら足を速める。だが王子は横をピタリとついてくる。
「じゃっじゃあ、次からは俺の目を見て言え」
「ルールを変えるのは良くないですよ」
アメリは立ち止まった。少し怒った顔を王子に向けてみる。王子はアメリが立ち止まったことにほっと息をついて、アメリの正面に立った。
「じゃあ何をしたらルールを変えられる?」
王子は一度言った事を変えるのが好きではないようだ、アメリは反撃した。
「それでは授業をちゃんとお受けになってください。そうでなければルールは変更いたしませんわ。それではごきげん――」
「おう、やってやろうじゃないか! 全部は出来ないかもしれないが」
王子から信じられない言葉が飛び出した。
アメリは固まったまま何度か瞬きをした。
(売り言葉に買い言葉だけど、大丈夫かしら? ここは私が折れたほうが良いわね⋯⋯)
「王子、ごめんなさい。私が意地を張ってましたわ。ルールは変更いたしますから、無理はしないでください」
アメリは王子に寄り添うような言葉を伝えたのに、王子は口をへの字に曲げた。
「だから! 男に二言はない!」
王子の剣幕にアメリは目を見開くことしか出来なかった。王子はアメリに背を向けると「俺はもう行く」と呟き、足早に行ってしまった。