01. 禁止ワードは“婚約破棄”
「ザック王子、巷で流行っている〇〇と言ってはいけないゲームをご存知ですか?」
そう提案したのは王子の婚約者であるアメリだった。王子は鼻をふんと鳴らし目線を上に上げて思い出しているらしい。
「そういえばそんなのを聞いたことがあるな」
知らないとは言えない王子である。
「せっかくですから私たちもやりませんか?」
アメリは目の前にいる王子に婚約破棄を言われる前にちょっとした復讐をしたいと思っていたのだ。最近学園のミーアと言う平民の女子にご執心しているのをアメリは知っている。
オツムも弱い王子に気が付かないようゲームに引き入れて、ぎゃふんとまではいかなくても、悔しそうな顔を見たいと思うようになっていた。
アメリは王子の様子を見てみる。すると王子はアメリの提案に少し興味を持ったのかアメリを見ている。
「ふーん、まあ暇つぶしにやってやろう」
「そうだわ、せっかくやるのなら負けた方は禁止ワードを使った時に敗北宣言するのはいかかがですか?」
王子は眉をひそめて口を尖らせた。
「敗北宣言?」
(これは気に入らないの反応かしら? まさか意味が分からないとかは、やめてほしいわ⋯⋯)
アメリは心中穏ではなかったが、平然を装って説明する。
「〇〇は言ってはいけないゲームで禁止ワードが〇〇だったのに、使ってしまいました。みたいなことですわ」
それを聞いて王子は大きく頷くと大きく鼻で笑った。自分は負けないと思っているのだろう。その自信はどこから来るのだろうか⋯⋯。
「それで禁止ワードは何にするんだ?」
王子が食いついてきた。
「それは王子が自分でお考えくださっていいですわ。なるべく言いそうではない言葉の方が良いですわよ。“真実の愛”とか」
アメリはちくりと刺すような言葉を選んだ。王子はピンときていないのか、アメリの言葉に特別な反応はなかった。
だが王子は鼻で笑うとアメリの予想をはるかに超えてきた。
「はんっ、そんなこと俺が言うわけないだろう? 向こうからは言われるかもだけどさ。それなら“婚約破棄”はどうだ? 言わない俺って格好良いだろ?」
アメリは心の中で王子の発言に毒づいた。
(言わない俺って格好良い? 今、私理解できる言葉で聞いたわよね? どういう理屈でそんなこと言っているのかしら?)
心の中で王子の悪態をついてみたが、婚約破棄は王子がこれからすぐに使う言葉になるだろう。やんわりと言葉を変えるよう王子へ促てみた。
「王子、さすがに変えたほうがいいんじゃないでしょうか? ⋯⋯ほら、使わない言葉を指定しても面白くないでしょう?」
(さすがにこれでワードを変えるはずだわ)
王子は腕組みをすると下を向いている。
「あーさすがにそうかぁ。まっ、男に二言はないから、それでいい」
(待て待て、男に二言どころか別の女とデートしてたりやっていることが二言レベルじゃないわ。どの口がそんな事を言うのかしら)
アメリは王子の馬鹿っぷりにゲームを提案したことを後悔し始めた時、あることを思いつき考え直した。
(あっ婚約破棄の時に王子の敗北宣言を聞けると思えば、楽しみかもしれないわ!)
アメリはにっこりと王子に笑顔を返した。
「そこまでおっしゃるなら分かりましたわ。男らしい王子の禁止ワードは“婚約破棄”です。私の禁止ワードは――」
「待て、同じじゃないのか?」
王子は慌ててアメリの言葉を遮った。元々のゲームは2人が言いそうな言葉なのだが、愚かな王子がアメリが言わない言葉を指定してきたのだ。
別ルールの方が王子も納得しやすいと考えたが勘違いだったみたいだ。なのでアメリは同じ言葉でもいいとは思ったが、これでは王子が不利すぎると思い、急遽提案しようとしたのだ。
「いえ、同じでも構いませんわ。じゃぁ期間はどれくらいにいたしましょうか?」
「⋯⋯アメリの言う通りだ。お前が俺に対して絶対に婚約破棄とは言わないな。そしたらなんにしようか⋯⋯」
(そこまで言われたら、是が非でも婚約破棄言いたくなって来ましたわ)
「いえ、反対に私は〇〇と言わないといけないルールでも良いですわよ。言葉は同じで構いませんわ。私は気が乗りませんが、ルールですもの。毎日“婚約破棄”と言いますわ」
アメリは思わず言葉が弾んでしまった。慌てて緩んだ口を手で隠して閉じた。そのまま王子を見つめる。
「毎日俺に言わないといけないルールか。それは良いな。そうしたらアメリは俺に毎日“格好良い”と言わないといけない」
アメリはそれを聞いて目をぎゅっと閉めた。
(うっ⋯⋯それは辛いわ⋯⋯)
王子はそう提案すると楽しそうな顔をした。
「そうだ、アメリは言いそびれた時は人前で“愛している”と言うのはどうだ?」
アメリは心の中でがっくりと肩を落とした。
(こういう時は天然って怖いわ。無意識に痛いところを突いてくるのね)
「⋯⋯分かりましたわ」
それを聞いた王子は上機嫌になった。
「そうか! まあゲームにしなくても、アメリにとっては簡単だよな」
それを聞いたアメリはめらめらと殺意が湧いてくる。
(王子のこの自信は一体どこから来るんでしょう。もうこのゲームやめようかしら⋯⋯あっでも言わなかったら、人前で“愛してる”ですって⋯⋯無理だわ)
そこでアメリはあることに気がつく。
「王子、毎日って言ってもお忙しくて会えない日もあるじゃないですか。その時は人前で“愛してる”は言わなくてもいいですよね?」
「えっ⋯⋯毎日会いに来ればいいじゃん。少しくらいなら会ってやるよ」
アメリは無意識に険しい顔になってしまう。
(あれっこれ断って良いやつかしら?)
「毎日来いよ。今日のやつ、さっさと言っちゃえば?」
アメリは口をつぐんだ。王子のにやにやした顔を見ると反発心が湧いてくる。それでも言わないといけない。
アメリの口は鉄の門のように重たく固くなった。言わなければいけない気持ちと言いたくない気持ちが戦い始めた。
アメリは下を向いて戦っている。今さらになってゲームを始めたことを後悔し始めたのだ。顔を上げると王子がじっと見てきた。
その向けられた王子の二重のパッチリとした大きな目は、その気がないアメリでもドキッとしてしまう。
(性格は難ありだけど、顔は良いのよね。⋯⋯そうだ、顔は“格好良い”って思いながらなら言えるかもしれない)
アメリは固い決意をしたが、顔が赤くなるのを感じた。
(さあ、アメリ言うのよ。王子の顔は格好良いから“顔は”を抜くだけ)
「王子⋯⋯⋯⋯格好良い⋯⋯ですわ」
王子はそれを聞いて少し目を丸くしたが、満面の笑みで「おう!」と返してきた。するとソファから立ち上がると扉に向かってき歩き始めた。扉まで来ると顔をこちらに向ける。
「俺の予定はアメリの執事に伝えとくからな」
王子は部屋を出て行った。それを見たアメリは顔を真っ赤にして近くにあったクッションを鷲掴みにすると何度も八つ当たりをした。