妖精として転生したけど、これから一体どうなるんだろう
こんなふうに生まれ変わりたかったわけじゃなかった。
ぽろぽろと、多分涙なんだろう? みたいなものが眼からこぼれる。
眼からこぼれてるのにそれは固形で、キラキラしていて、多分人間にはけっこう価値のあるものだ。これのせいで僕たちは人間から乱獲された一族だったと、祖父に聞いた。そんな祖父も、一昨日狩られた。僕を助けるために、おとりになって。
前世の記憶が戻ったのは、祖父を目の前で殺されて、その遺体を、殺したヤツが鎌の先ですくいあげて空中に放り投げたのを見たときだった。太陽の光が眼を焼いて、それが、前世で最後に見た死ぬ直前の光と重なって。
前世の僕は事故で死んでた。それも、好きな子に告白しようとして親友に相談して、親友にその子を呼び出して貰って、親友から教えられた彼女が待っているっていう場所に行って、その子を待っている時に。
事故死しても僕、魂だけでその子のことをしばらくその場で待ってたんだ。自分が事故で死んだのは分かってたけど、万が一その子が来て僕がいなかったら困るかなって、変なことを考えてた気がする。
結果として、その子はついに来なかった。雪が降って桜が咲いて蝉が鳴いて赤く染まった葉っぱが落ちてまた雪が降って。その間、来てくれたのは父さんと兄さんだけだった。
どれくらい経ってからか、魂がすり切れて、何も感じなくなった頃、ようやっと、その子は来た。頭に白髪が増えていて、年を取って大人の女性になっていた。その隣には、親友だった彼がいた。彼もまた老いていた。
紅葉が綺麗ねと笑う彼女は、あの頃のまま、綺麗だった。そうだねぇと笑う彼は、どこか遠くを悲しげに見つめていた。二人の指にはおそろいの指輪がはまっていた。昔話に花を咲かせていた。
僕の魂は、二人の笑顔に、砕けてしまった。
「かわいそうに」
誰かの声が聞こえた気がした。
前世のことを思い出して、ぱちりと目覚めて、僕は周囲を見回した。
前世のことは思い出したけど、前世の自分の名前とかは分からない。人の顔も思い出せない。
好きな子に告白し損ねて地縛霊として長いこと死んだ場所に縛られて、結局最後に分かったのは、親友だった彼に嘘をつかれていたと言うことだった。彼は彼女を呼び出したりなんてしてなくて、事故が多くて有名な場所に僕を呼び出し、待ちぼうけをさせたんだ。父さんも兄さんもどうしてこんなところにいたんだって泣いていた。彼がどういうつもりだったのかは分からない。僕は何も分からないままに死んでしまったし、彼は彼女と結ばれた。
彼もあの子のことが好きだったなんて知らなかった。もしそうだったのなら、ちゃんと教えて欲しかった。そうしたら、僕だって――
涙がこぼれて、きらめいて、それで今世のことも思い出した。
今世の僕は、妖精だった。寿命はそこそこ長いけど、小さくて、弱くて、瞳からこぼれる貴石目当てに強欲な人間に狙われている不遇な種族だ。僕の一族は長いこと隠れ里で平和に暮らしてたんだけど、外に狩りに出た子がうっかり人間に見つかって、そこから芋づる式に里の存在も暴かれて、あっという間に全滅だった。祖父と僕だけが少し里から外れたところに住んでいて、運が良いのか悪いのか、ふたりぼっちで生き残った。
その祖父も亡くなったから、今の僕はひとりぼっちだ。
前世を思い出したところで何か有用なものがあるわけじゃない。
だってその頃の僕は学生で、特別なものなんて何も持っていなかった。才能もなかったし、知識も、技術もなかった。
今世のがよっぽど長く生きている。なにせ生まれてからもう50年ほど経ってるから。
もっとも、妖精の50年は長いようで案外短い。人の年齢で言うなら…………どれくらいだろう? よく分からないなぁ。比較のしようがないのもあるけど。
魔法は使える。一番得意なのは姿隠しで、僕は里で一番の使い手だった。僕が本気で姿を隠せば、見つけられるのは僕より魔法が得手だった妹くらいのものだった。……その妹も、里が滅ぼされたときにいなくなってしまったけどね。
こぼれたきらめきを丁寧に拾って、じいちゃんの遺体と一緒に、穴を掘って丁寧に埋めた。持ってなんていけないけど、そのままにしておくと人に見つかってしまう恐れがあるから。痕跡はできる限り消さないといけない。……じいちゃんが命をかけて僕を守ってくれたんだ。僕はそれに応えるためにも、なんとしても生きないと。
…………生きないと、いけないんだ、けど。
でももう、僕、疲れたよ、じいちゃん。
朝露を飲みながら生きながらえて、僕はそれから旅をした。長い長い旅だった。数えるのも嫌になるほど何回も、朝日を迎え夕日を送った。
人の国は大きく避けて、魔物の多い山を選んで、たくさん襲われて、逃げて、逃げて。ついには、力尽きて、地面に落ちた。じいちゃんを殺したヤツに、僕の羽はボロボロにされていて、それがすっかりすり切れちぎれて、どんなに魔法を使ってももう指の先ほども浮かび上がれはしなかった。
ごめんね、じいちゃん。僕はじいちゃんから命を貰ったのに。この命を後につなげないままで、終わってしまった。
体もすっかりしなびてひからび、もう涙は出なかった。
じいちゃんに謝りながら、僕は目を閉じ横たわった。意識が闇に飲まれていった。
「気がついたか?」
声を掛けられて目が覚めた。
目の前に居たのは人間の男だった。
「……ここ、どこ? きみは、だれ?」
「ここはオースティン……って言って分かるか? ロランド王国の北の端っこだ。俺はゴス。お前は?」
「僕は……トト」
「トト、お前なんでこんなとこに一人で居た? 親は? はぐれたか?」
「おや……は、もういない。殺されちゃった」
「殺……!? 物騒だな、どこの村だ? 野盗か?」
「村……名前……? 知らない、みんな、『里』って言ってたし」
「里? 他に同郷のヤツは? 親戚はいるか? どっちから来た?」
「……わかんない……」
よく見たら、体は何か大きな布ですっぽりと包まれていた。辺りは暗いから、今はきっと夜だ。たき火が温かくて、明るくて、たき火の上に吊されたお鍋からは良い匂いも漂っていて、思わずおなかがぐぅと鳴った。この体はそんなに食べ物を必要とはしないんだけど。
「腹減ってるか? 食うか?」
「食う? ……なにを?」
「山鳥と山菜を煮たやつだ。うまいぞ、たぶん」
「食べる……ありがとう」
「礼なら山の神様にな。お前を見つけたのだって偶然だ。鳥を狩ったら、そいつがお前を足に掴んでたんだよ」
鳥……? それ、どれだけ大きな鳥? それ、本当に鳥?
今煮てるのがそうだよ、と言われて、僕は渡されたお椀をしげしげと見つめた。美味しそうに油の浮いた、割と普通のスープだった。
体をくるんでいたのはゴスの外套だった。すごく大きい。ゴスも大きい。僕はゴスの腰くらいまでの大きさしかなくて、これでも体の大きさは割と普通だったのにと、少しだけショックだった。やっぱり、人間って大きい。
「……ゴス、さん。なに?」
食べている間も食べ終わった後もじっと見つめられて、ほんの少しだけ居心地が悪い。……そう言えば僕は妖精だから、人には良い獲物になるんだった。
よく見ると、ゴスさんは結構格好良い人だった。彫りの深い顔立ちで、髪はよく熟れた栗の皮の色。眼は里の近くの泉に居た美味しい青魚のうろこ色だ。僕の髪と眼は黒だから、ちょっとうらやましい。里でも不吉の色って言われて嫌われてたんだ……。だから僕はじいちゃんと二人で、里からちょっと離れたところに住んでたんだし。前世を思い出した今だからちょっとだけ分かる……多分僕は、前世とあまり変わらない顔立ちだ。女の子みたいで可愛いとからかわれることが多くて、自分の顔は嫌いだったから……あんまりよく覚えてはいないんだけど。
「ゴスでいいぞ?」
「ん。えと、ゴス……は、僕を食べるの?」
「食べ!? いやいや、食わねぇよ。なに言って――……ああ、いや、その、あー……大丈夫、食わない。何もしないからな」
「食べないの?」
「うん、食べないぞ。痛いこともしないから」
「そっか」
「ちょっとな。お前を見てたら、昔のことを思い出したんだよ」
昔のこと? 首をかしげて彼を見上げると、ゴスは少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「ものすごく馬鹿だったから、大切な人に、ひどいことをしてしまったんだよ」
「そう……なんだ?」
「そうなんだよ。ほら、もう食わなくていいのか? おかわりあるぞ」
「もうおなかいっぱい。ありがとう」
お椀はどうしよう。洗って返す方が良いのかな。そう思って、お椀に『クリーン』の魔法をかけた。ちょっとした汚れを落とす便利魔法だ。きれいになった、よし、と思ってお椀を返すと、ゴスがびっくりした顔でこちらを見ていた。
「お前、魔法使えるのか?」
「うん? うん、使える。ゴスは、使えないの?」
「使えるわけねーだろ、魔法なんて……いや、そりゃ、確かに使えたら良いなって思ったし、せっかく――……したんだから、使ってみたかったけどさ」
「? せっかく? なにしたの?」
「こっちの話さ。いやしかし、そうか、お前すごいなぁ」
「『クリーン』は簡単だよ。里ではみんな使えたよ」
「なあ、その魔法、俺に教えて貰えたりしないか?」
「『クリーン』? いいよ。えっとねぇ、『クリーン』を使うぞって念じてね、使いたいものをどう綺麗にしたいのかを考えるんだよ」
「うん。それで?」
「それだけだよ?」
「そ――……そっかぁ、それだけかぁ……。それだけだと多分、俺は魔法が使えないんだよなぁ」
「えと、でも、……ほんとにそれだけなんだよ……?」
ゴスは多分言われたとおりにやってみてくれたんだろうけど、「やっぱり使えないなぁ」って苦笑いしてた。
どうやら魔法は、使える人と使えない人がいるみたいだ……?
ゴスが説明してくれたけど、使えない人のが多いんだって。僕は……妖精だから使える、のかなぁ? よく分からないや。
「魔法の才能があるなら仕事には困らないし、孤児院からもすぐに良い引き取り手が見つかるさ」
「孤児院?」
「トトはまだ子供だろ? 街では、親がいない子は孤児院に一度引き取られて、そこから養い親のところに行くんだよ。養い親が見つからないとずっといることになるけど、院では読み書きや計算も教えて貰えるし、12になって街の人間として登録されたら一人前に仕事にも就ける。――えっと、トトは今いくつだ? 7つくらいか?」
「……僕、わからない……」
多分、50より下ってことはないけど。じいちゃんと里で暮らしてた時分で、50は超えてたもんな……あれからどれくらい経ったんだろう。妖精って誕生日とか祝わないから、自分の年齢をちゃんと把握してるの、いなかったと思うし。僕は……里に戻りたかったから、じいちゃんと外れに住んでた間、夏冬が過ぎるたびに数を数えててなんとなく分かるけど。
あれ? 僕、子供として孤児院に行っても大丈夫?
「そっか、分からないかぁ。でも、大丈夫だぞ。俺がちゃんと街までつれてってやるし」
「うん。……ありがと。でも、迷惑じゃないの?」
「迷惑? なんでだ?」
「だって、どこかに行こうとしていたんじゃないの?」
「ああ、そういうことか。大丈夫だよ、俺はこれから街に帰るところだったんだ。俺は探索者でね」
探索者? とはなんだろうか。不思議そうな顔をしていたからだろうか、ゴスは笑いながら荷物の中からあれこれ取りだして見せてくれた。
「ほら、ルリカケスの嘴の欠片だろ? こっちはターコスの六角柱。風見鶏の尾羽に、水晶甲殻の死骸まるごともあるぞ!」
「……ほぇぇ」
思わず変な声が出た。
ゴスが見せてくれたものはどれも綺麗でヘンテコなものだったのだ。ルリカケスの嘴の欠片は綺麗な瑠璃色の貝殻の欠片のようなものだった。ターコスの六角柱は掌サイズの大きな霜柱の結晶みたいな半透明の石で、風見鶏の尾羽はゴスの足の裏くらいある大変立派な大きな羽で、水晶甲殻の死骸は透明な水晶体のコガネムシみたいな虫の死骸だった。どれも見たこともきいたこともないものだった。
「ここからちょっと先に行ったところに、小さなダンジョンがあるんだよ。俺も偶然見つけたヤツで、まだできたてのほやほやだったんだ。今日はそこを探索してきて、その帰りってわけさ。こういう珍しいものは収集家ってヤツが色々集めててね、良い値段をつけてくれるんだよ」
あ、これは内緒な? と言われて頷く。もっとも、ダンジョンは見つけたら報告の義務があるらしいから、街に帰ったら報告するらしい。その前にちょこっとだけ、先にお宝を回収してきた、のだそうだ。
危険もあるからほどほどに、けれどそれなりに利益も得られるように。あと、その方がダンジョンがあったことを説明しやすいから、だって。
探索者はこうしてダンジョンと言われる場所を探して見つけて、その中を探検する人のことを言うらしい。
「だから迷惑とかそういうのは気にするなよ。お前さんを街に送るのは、帰るついで、だ」
ついでに、探索が予定より早く終わって帰ることになったから、食材も余ってる。一緒に食べてくれて助かったんだよ、とにっかり笑った。ごらんの通り豊作だったから、荷物が重くなっちまってね、少しでも減らしたかったんだ、と。
気の良い人なのだなぁと、僕も「良かった、ありがと」と笑って応えた。
例え今彼が言ったことが本当でも、助けてくれたのは好意だ。行き倒れているものを看病して食事を振る舞い、街へ送ることを提案してくれるなんて。彼から見てこちらが子供に見えるなら、どう考えても厄介の種にしか見えなかっただろうに。見捨てたって誰もとがめやしないんだから。
それなら明日は、僕も荷運びを手伝います。そう伝えれば、ありがとな! と返してくれた。
「いやいやいや、そっちだけで良いって」
「大丈夫。僕、力持ちなので」
案の定小さな荷物を渡されそうになったので、僕はそれを断って、嵩張るものが入っていそうな彼の大きな背嚢を背に負った。昨夜彼が食料を出し入れしていた背嚢だ。お宝が入っていそうな鞄には手を触れない。背負えばかなりの重量があり、食料が余ったというのは嘘ではないようだった。多分この重さは水もそれなりに積載している。そうかぁ、水……魔法が使えないなら、持ち歩くしかないものな……そりゃ重いよ。
「……すっごいな、お前さん。本当にえらい力持ちだ。大丈夫なのか? つぶれちゃわない?」
「大丈夫。一宿一飯? えっと、宿は……ないけど、マント貸して貰ったし、あり? 朝ご飯も貰ったから二飯かな? のご恩なので。ちゃんとお返ししないとだから」
これは妖精の性だ。恩には恩を。仇には仇を。
幸いにして、僕が里を滅ぼした人たちに仇を覚えないのは、里とは縁が薄かったから。じいちゃんを殺したでかいカマキリの魔物は、もちろんきちんと僕が殺した。おかげで羽がボロボロになって飛べなくなって、最終的に行き倒れたわけだけど。
キラキラをあげられたら良かったのかも知れないけど、あれは危ないものらしいからあげられない。流石に前世の記憶もうっすらだけど取り戻して、人が強欲なことは分かってるから。ゴスがそうじゃなかったとしても、他の人のこともある。実際、里は人に滅ぼされたんだ。
……本当は、街に行くのも、危険なのかもしれないけど。街に送ってくれるって言うゴスの好意を、無碍にしたくはないんだよ。好意には、ちゃんと好意を返したいんだ。
でも、孤児院は……どうしようかな。困ったな。
連れだって歩き出すと、流石に僕の方が歩幅が狭くて、進みは随分ゆっくりになった。ゴスは少しだけ先行して、周囲を警戒しながら誘導してくれる。街道に出るまでに出会ったのはオオカミ型の魔物が2体。若い個体で、多分はぐれ。ゴスは危なげなくそれを処理した。強い。
ゴスって強いんだねぇ、と感心したら、ゴスはなんだか嬉しそうに「それほどのことはあるさ。こう見えて、銀級の探索者なんだ」と教えてくれた。探索者にはランクがあって、上から金・銀・銅・石・木となるらしい。銀は上から2つ目なので、結構すごいらしい。
「探索者って、どうしたらなれるの?」
「トトも探索者になりたいのか? そうだなぁ、――組合に登録して、加入金を払えば誰でも木級にはなれるぞ」
「銀級は?」
「銀になるには、いっぱい探索していろんなものを見つけて、それを組合に買い取って貰ってポイントを稼がないとだな。確か10,000で銀になれたはずだ」
「えっと、昨日ゴスが見せてくれたのだと、どれくらいなの?」
「昨日のか? そうだなぁ、ざっと…10いくかいかないかくらいかな?」
「えっ」
「そんなもんだぞ。ポイント稼ぐのは結構大変なんだ。ポイント持ってない汎品も多いしな」
石になるのにも100は必要らしい。銅で1,000、金なら100,000。
探索者組合は収集物や採集物を一手に買い取り、それを必要とする組合や個人に販売する組織だそうだ。
採集者を個別に雇う組合もあるが、それよりも外部の手を借りた方が人件費が減らせて割安らしい。大半の品は汎品と言われ、ポイントのない品になる。大半の組合員はそれらを集めて組合に買い取って貰い生計を立てているのだそうだ。
ポイントが付くのは特殊な品となり、ダンジョン産のものが多い。ダンジョン産でもポイントが付く物付かない物があるから、全てを把握するのは難しいそうだ。取りあえず、品物が「魔力」を帯びているかで変わるらしい。
「それにしても、トトはすごいな。その年でそんな大きな数が分かるんだな。ひょっとして計算も出来るのか?」
「え、えっと、うん……僕、もう大人だし」
「そっか、大人かぁ」
頭をぽんぽんと撫でられた。――……あれ? なんだろう、なんだか……――これ、デジャブ?
思わずほろりと、涙がこぼれた。
「……え?」「……あ」
二人の声は、同時だった。
「ごめんな、ほんっとー!!! に! ごめん! なさい! 失礼しました!」
「あの、謝らないでください……」
「いやだって、本当に子供じゃないなんて思わなかったんだ……ですよ。妖精さんならそりゃそうだ!」
年齢は50よりずっと上なこと。妖精なこと。住んでいた里は人に滅ぼされて今はもうなく、帰る場所もないこと。妖精であるが故に、人の街には危険もあること。
一つ一つ、説明した。ただ、人の街には危険もあるが興味もある。それに何より、頼れる人も場所もないのだ。
「敬語いらないです……僕、見た目こんなだし」
「あー……うん。そこはそうだな。お言葉に甘える。まぁ人目に付いたら主家のお坊ちゃんだとでも言えばいくらでも言い訳は立ちそうだけど……不自然は不自然だしな。敬語、割と長いこと使ってなかったから大分抜けてるし」
「それより、良かったの? あの涙。貰ってくれて良かったのに」
「いやそりゃ欲しかったけどさ。でもダメだ。俺程度じゃああいうのはうまく捌けない。そういうもんに手を出すのは、大体その先の良くないもんを引き寄せちまう」
思わずこぼれた涙ひとつぶ。僕はそれをゴスにあげた。「うわぁ、これが伝説の『妖精の涙結晶』……!」と感激して太陽にすかしたり掌の上で転がしたりしてしばらくの間鑑賞し、それから、「よし!」と気合いを入れて、これは土に戻すな、トトの気持ちはちゃんと頂いた、と言って胸を一つ叩いてから、木の根元を掘り起こして丁寧に深く深く埋めてしまった。
どうしてか? 危険だから。ゴスは自分が危険だと聞こえる言い方をしていたが、おそらく本当に危険なのはトトで、その危険を遠ざけるために、ゴスは宝を手放したのだ。持っていたことで事故があってはいけないからと。涙結晶は不思議な石で、土に埋めると溶けて消えてしまうんだって。「宝物取扱講習で、絶対やったらだめなことって教わったけど、実際やることになるとは思わなかった」と笑っていた。
「あー……と、さ。トト。もしもさ、行くとこないなら、……俺んとこ、来ない?」
「ゴスの、とこ?」
「探索者だから、旅から旅へで落ち着かんけどさ。その分、トトの正体はばれにくいと思う。一人旅は俺もいい加減しんどくて、旅の仲間が欲しかったとこだし……銀だから、それなりには戦えるし強いし、それにトトの魔法が加わりゃ百人力だろ?」
「いいの?」
「もちろん! 良くなきゃ誘わんよ」
差し出された大きな手に、少しだけ戸惑う。
良いんだろうか、この手を取って。だって僕は厄ネタの塊だ。恐る恐る、差し出された手に指を乗せると。ぎゅっとにぎられ握手した。よろしくな! と笑う彼の笑顔は太陽みたいに温かくて明るかった。
そうして握手したときの彼の瞳の色を、僕はきっと、一生忘れることはないだろう。
とても深くて複雑で、何を考えているのかちっとも分からなかったのだけど、ただ一つだけ、なぜか分かったことがあった。
僕たちはきっと運命のつがいだ。
――――――――――――――――――――――――――――――
トト:妖精、82歳(見た目は7~9歳程度)
背中の羽は魔物にやられて再生不可レベルでボロボロになった。
魔法が使える系異世界転生者。
好きな子のことを親友も好きだったのなら、彼にお願いしたことは彼を
傷つけてしまったかもしれないと後悔し、後悔したことで実はその子より
親友のことが好きだったことにも気がついてしまった。割と最悪。
ゴス:人間、27歳
銀級の探索者で強い。剣が使える系異世界転生者。
転生前前世で親友を嘘呼び出しして怖がらせて助け自作自演で好感度を稼ごうと
したら、その親友がその場所で事故死してしまった。本当に最悪。
責任取って親友の好きだった子のことは友人として大切にし、生涯面倒を見た。
なお実は結婚はしていない(リングは親友分もお墓に供えた3人おそろの品)。
トトは親友の面影があるので拾った時点で相当にきょどったし、旅に誘ったのも
かつての親友に対する贖罪込み。本人とは気づいてない。
多分この後、トトは誘拐されたり命や貞操の危機などがあり、それをゴスに助けられて、なんやかんやでお互いの前世のことも伝え合ってちゃんと結ばれることになると思います。たぶん。