召喚刑事5
永倉が語る召喚されるまでの異世界での出来事をリサリーとロゼはただ静かに聴いている
かの人物は日本と云う国の治安維持に携わる警察官であり、違法薬物の密輸組織の幹部を張り込み中に相手の姦計に嵌り、
致命傷を負ったところをこの世界に召喚されたということらしい。
そこからは、永倉の意識は混濁しており記憶は曖昧らしいが、召喚後はこちらで記録が行われている為にあまり問題は無い
『そして気がつけば、背中の傷は治療されて痕すら残っていないし、結構な近眼だった筈だが視力まで回復している、
これほどクリアーに世界が視えるのは子供の頃以来だな』
永倉は一週間ぶりのコーヒーに口をつけ「ほう」と充足のため息をつく
『公共施設は全面禁煙とは…異世界でも喫煙者の肩身の狭さは同じか』
『煙草なんて前世期の遺物、この都市で吸っている者など片手で数えるほどしかいないぞ』
リサリーはテーブルの上に肘をつき、並べられた永倉の所持品を彼に確認させているのだが、当の本人は差し入れのコーヒーに夢中だった
『そこまで少なくは無いですよ』
ロゼがリサリーの言葉に訂正を入れるが『百分率だ』と答えリサリーは永倉のシステム手帳を手に取りパラパラとページを捲る。
そこには細かな字でびっしりと異世界の文字が書き込まれていて何が書いてあるのかは判らずともそれを記した人物の性格は見て取れた。
『大事な捜査資料らしいが、翻訳術式には多くの情報が必要なのでね、内容は調べさせてもらった』
『この世界では価値は無いだろう…構わないよ』
永倉は久々に自分の服に袖を通し、かなりくつろいでいる様子だったがテーブルの上の所持品から薄い板状の機械製品を手に取ると
片手で素早く操作するしぐさの後、落胆のため息をついた。
『充電が…いや、バッテリーが死んでいるのか?』
永倉のつぶやきにリサリーは申し訳なさそうに答える
『それは何らかの術式端末のようなものだろう?今ここにある品物は全て、こちら(連邦捜査局)の技術部が造った複製品だ
単純な構造物で有れば問題ないのだが、動力源が不明の物は使え無くなっていると思う』
『なんだって?じゃあ本物はどうなったんだ』
『異世界から召喚されたモノは基本的に処分される…それらの複製品もこちらの世界の物質で再構成されたものだ』
『云われなければ全く気がつかないな…』
空になったカップを置き永倉はリサリーを見つめる
『異世界からの召喚物は処分するのか。それは生き物でもそうなのか?』
『基本的にはそうなる。召喚生物は分類として攻撃型、共生型、侵略型に分けられるが
攻撃型は実際に攻撃的な猛獣に始まり,病原体のような微生物、それらを媒介する小型生物も含まれる、速やかな排除が行われる。
共生型はこちらの世界に害のない生物で、大体の場合はこちらの生物と同じような遺伝子情報を持っていて、保護観察もあり得る。
そして侵略型は一見、共生型と変わらないようだが、生態系のバランスを壊すほどの繁殖力を持ったモノで
この世界の脅威と判定されるまで時間がかかる、状況次第では排除もありうる。
異世界とはいえ召喚される生物はなぜかこちらの世界で生存できるモノばかりで、
そのあたりは過去に召喚術式が設計された時点でなんらかの意図があったのだろうが
現在、禁呪は研究そのものが禁止されているために我々(捜査局員)には知ることはできない状況だ』
リサリーはそこまで云うと一拍置く、永倉は無言で続く言葉を待っている様子だった
『今云った分類は捜査局が設立された当初のもので、現在では全ての生物は、ノアの塔と呼ばれる隔離施設に送られ時間凍結される』
『元の世界に帰る方法はないのか?』
永倉の質問は当然のモノだったが、リサリーは首を左右に振るしかなかった
『召喚術式が禁呪認定される以前は数多くの研究者が携わっていたようだが、こちらから異世界に行き帰ってきた者はいなかった。以来送還術式を試すものはいない』
永倉は残り少ない煙草を数え、一本を口にくわえるがロゼからの無言の圧力を感じ箱に戻すとテーブルの上の小物と一緒に背広のポケットに押し込んだ
『召喚術式が法に触れるのは理解できる、異世界の病原菌は確かに脅威だろう。
俺のいた世界でも最も多く人間を殺した生物は蚊と聞いたことがある
しかしだ、禁呪が理解出来るからこそ何故俺が召喚されたのかが理解できない、危険を冒してまで何故召喚を行う?』
『今回、貴方のような知的生命体の召喚と云う異例の事態が、ある意味このエルフの都市の在り方を見直すいい機会になるかもしれないな。術式と禁呪の歴史は貴方が召喚された現場に向かう道すがら話そう』
そう云うとリサリーは椅子から立ち上がる、彼女からみると見上げるほどの長身の永倉だったが彼は視線だけで相手を見下ろすような仕草はしなかった
『お手柔らかにたのむよ、ようやく言葉の通じる相手と会えたのに、すでに頭がパンクしそうだ』
リサリーは永倉の言動に好意的なものを感じながらもやや皮肉に微笑む
『この世界の情報はどのような物でも、君自身の役に立つものだ。パンクがどういう状態かわからないが、まあ頑張ってくれ』
病院内の隔離施設では外部の情報には一切触れることが出来なかった為、建物の外に足を踏み出した永倉から感嘆の声が上がるのは当然だったろう。
院内でエルフの医療師達とすれ違っても差ほどの驚きも見せなかったのに、(むしろすれ違うエルフ達はリサリーと永倉を興味深そうに遠目に眺めていた)
街並みを一目見ただけで表情を一変させた。
『施設内部や自律人形とやらを視る限りにおいて、てっきりSFかと思っていたのだけれど、やはりここは異世界なんだな』
『何にそれほど感心しているのか教えてもらってもいいかい』
好奇心からリサリーが訊ねると永倉は彼女に顔を向けてからもう一度街並みに視線をもどす、彼の指し示す先には公道があるだけだった。
都市では個人所有の車はないため、走っているのはライフライン維持の公用車か交通機関の車ぐらいしかないので交通量は落ち着いたものだ。
道幅は片側車線でゆうに30メートルは有り、中央に近いほど高速度帯になっていて中央分離帯には街路樹が整然と植えられている、
反対車線の向こう側には、底辺が広く頂点の低い螺旋を描く円錐形の建築物が点在しているのが見えた。
螺旋型の建物はエルフの都市においてありふれたデザインのモノでなんら珍しい物はリサリーには見受けられなかった。
『ここは始祖妖精の国だと言っていたが人口はどの程度なんだ?見渡す限りに高層建築物がないなんて日本じゃよほどの田舎でないと在り得ないぞ』
『アルカディアの首都だ、人口は1000万人ほどだが、過半数は自律人形だ彼らは都市の管理維持には不可欠だからな、
妖精の都市は必ず自律人形が働いている、この首都の人口比でいえば、60パーセントは自律人形、45%が妖精、
残りの5%が始祖精霊を含め、私のような半妖精か妖怪獣人達だ。
始祖妖精は1万人ほどだが、それが始祖精霊の全人口といっていい
あと貴方の云う高層建築だが、土地が有り余っているのになぜ高く立てる必要がある?
無駄に地面からはなれると術式の起動に必要な星霊を取り込みにくくなるだけだ』
リサリーの説明に永倉はやや茫然とした様子で訊ねる
『始祖精霊がこの国の支配者ではないのか?全人口が1万人というのは…少なすぎないか』
永倉はもしかすると始祖妖精と妖精と云うのは種族的なものではなくヒエラルキーの違いによるものかと考えを改めようとするが
その思考を読んだかのようにリサリーからの訂正が入る
『始祖妖精は5000年前の召喚大戦により人類と共にすでに絶滅が確定している』
『人類と共に…絶滅だと?』
首都の人工についての説明時に無かった種族名を永倉が訊き返す、
翻訳術式が正確に機能しているのであれば彼女の云う人類とは自分と同じ人間と云うことだろうか
『その辺りも移動しながら話そう、ロゼ、車を』
リサリーの指示にロゼが首肯すると彼女の正面の道路の地面が地下へ坂を作るように沈み、その坂を登るようにして車が地上へと現れる
乳白色の外見だけは永倉にも馴染みのあるスポーツカーを思わせる流線型の平らなものだったがタイヤらしきものは無く、
平坦な底辺が地面に接触しているように見えた
『タイヤがないが、空でも飛ぶのか?』
永倉の独り言のような疑問に律義に答えたのはロゼであった
『摩擦係数操作術式により動いています。地面と移動方向の空気抵抗をなくすことにより大気圧が車体を押してくれます
星霊流脈の張り巡らされた都市内でしか走ることはできませんが、
エルフの都市には外部からの…妖怪や獣人の都市の車両は乗り入れることが禁止されているので、唯一の移動手段と云えます』
車体の側面が羽のように上方に開き、三人が乗り込むと車は滑るように移動をはじめる
内部は3人掛けのシートが前後に向かい合っている構造で外部の様子は観ることはできない、
永倉が隔離されていた病室と同じく壁自体が発光しているように見え、なぜか、閉鎖的な感覚は受けない
『外の様子は観れないのか?』
『外?代わり映えのない風景など見てどうする』
進行方向側のシートに座る永倉の正面にリサリーが腰かけ、その後に乗り込んだロゼがそのまま、リサリーの隣に座っていた。
外部が見えず振動すら感じない車内で乗り込んだ3人は何もせず只、向かい合っている、永倉には本当に移動しているのかすら知る事ができない。
『俺が召喚された現場に向かうといっていたが、時間はどのくらいかかるんだ』
『それほど遠くは無い、隣の州との州境だ、1時間ほどで到着する、それまでの間に妖精と術式と禁呪について話しておこう』
『私から説明しましょうか。』
ロゼの進言をリサリーは片手をあげて制する
『今、彼に必要な知識は、歴史書や事典のようなものではなく、ざっくりとしたモノでいいと思う。
要は自分の状況と立場が判れば良い。協力的な態度を取ってくれているかぎり我々は味方であると知っていてほしい』
後半の言葉は永倉に向けたモノだったが、彼はそれを理解し頷く
『君からの質問は取り敢えず後回しにして、私の話の聞き役に徹してほしい』
『ああ、判った。それから俺のことは永倉でも匡一郎でも発音しやすい方でよんでくれていい。リサリー・マキャフリー捜査官』
永倉の提案にリサリーはしばらく声に出さず唇を動かすようにしていたがやがて意を決したように
『そうか永倉。では私のことはリサリーでかまわない、彼女のこともロゼと呼んでくれ』
笑顔で応じるリサリーに永倉は彼女が思ったより根は気さくな人物らしいと思った。




