召喚刑事 13
「コ――ッ」と永倉は肺の空気をすべて入れ替えるような勢いで息を吐き、残心を持ってゆっくりとしたした動作で竹刀を振り下ろした姿勢から直立不動の態勢へと戻る
手ごたえは十分、足元に力なく突っ伏すヴォルフォスには何の反応もない。
竹刀を左手に持ち替え一歩後退り首を垂れる、結果的に一撃で決まったように見えるが強敵であった者に対するせめてもの礼儀であった。
「リサリー大丈夫か」目下の脅威がなくなりようやく、竹刀を床に置き片膝をついて彼女に向き合う。
リサリーは隣りに立つロゼの腰に片手を廻してもう片方の手に持った黒い束を永倉に対して差し出して苦笑いする。
「今迄、大した理由もなく伸ばしていた髪だが、十分な身代わりの役に立ってくれたようだ」
ひびの入った髪飾り型の個人術式端末とそれによって束ねられた艶やかな黒髪が小さな手のひらの上に載せられていた、いまや彼女の髪は肩口ほどの長さに乱暴に刈り揃えられたようになっていた。
「私は何も問題はない。ヴォルフォス上級捜査官は…」
「死んではいない」永倉は答える「本来ならば面打ちをするところだが、防具も付けていないしな、袈裟斬りにした。鎖骨は砕けているだろうが致命傷ではない」
「凄まじい斬撃でした」ロゼが感心したように云う
「どんな達人であろうと攻撃を仕掛ける瞬間が一番無防備になる、そこに合わせた」
「合わせたって…」リサリーがあきれたように呟く
「兆しを読み、相手より先に打ち込む。先の先。それが俺の流派の闘い方だ」驕ることなく淡々と永倉は云う
「見事です」ロゼが絶賛しリサリーは感嘆のため息をつく
「とにかく外に出ようここでは拘束具も使えない」リサリーの発言に永倉とロゼは一つ頷くとロゼはリサリーを支えるようにゆっくりとした所作で部屋の出口に向かう
永倉は誰に言われるまでもなく床に伏せるヴォルフォスを軽く肩に担ぎ上げそのあとを追った
車の前で三人は顔を見合わせた。ヴォルフォスは拘束具を付けられて後部座席に転がされている
「既に鮫崎の行方をたどるのは不可能だろう、今迄一度たりとも異世界人の召喚に成功したという話など寡聞にもない、それ程巧妙に身を隠していた者が今更痕跡など残す筈もない」
「しかし、リサリー捜査官の予測通り、永倉さんは意図されて召喚されたに違いないことが分かりました」悔しがるリサリーにロゼが声を掛けるがその言葉に反応したのは永倉であった
「鮫崎が俺を?」しばし考えこみ「いや違う、俺は物のついでに召喚されただけだとすれば…」
「どういう事だ…」リサリーは永倉の顔を見てはっと気付くことがあった「送還術式を構築するには座標が必要だそれは鮫崎にとって場所だけでなく時間も重要だったとすれば」
「鮫崎が召還しようとしたのはあいつ自身の右手だ」永倉は確信する、鮫崎の台詞を思い出す「右手を捨て置いて、拳銃だけを持ってきたもんだから、殺っちまった」と
「いま、鮫崎の右手は何処にある」
「コルム医師のいる病院で検査されていましたが、今日ノアの塔に輸送される予定になっています」ロゼが答える
「それだ!」」リサリーと永倉が同時に叫んだ。
「あちらも移動は車のはずです本部に連絡をして先回りしてもらいましょう」ロゼは星霊流脈で走る車の限界速度は決まっていて違法術式を使用していようと変えることはできないと云う
しかし永倉はしばし地面に視線を走らせ言う
「それは、術式を使用した物の事だろう」
「ここを見てくれ」永倉の指差す地面には黒い帯状の筋が幾条か強い力で擦り付けられたような跡が残っていた。
「これは。何の跡だ?」リサリーの疑問に永倉があっさりと答える
「二台のバイクがアクセルターンをした痕跡だ。鮫崎はこの世界でバイクまで造ってやがった」
術式を使用するためには地中に張り巡らされた星霊流脈から星霊の供給を受けなければならない、ゆえに車の速度は供給速度を超えることはできず時速100キロが限界で、
更に流脈から離れすぎてもいけないため地上10メートル以上を移動することもできないらしい。
勿論、建築物の内部は流脈が通されているため外壁に沿って移動は出来るが
それもまたあまり地面から離れすぎてはいけないため妖精の建築に高層ビルはなく
永倉が見たような緩やかな螺旋を描く高さのない裾の広がった円錐形のドームの内部にスマートシティのように区画整理されたものが道路で繋がり都市を形成していた。
「つまりどう急ごうが鮫崎には追い付けないと」移動中の車の中でロゼの説明を聴いていた永倉がポツリと言う
「リサリー捜査官がいまキース主任に連絡を取っています。私達が追いつけなくても鮫崎が捕まるのは時間の問題です。あなたの云うバイクという物がどれ程の速度を出せるのかが鍵になりますが」
「鮫崎が持つ知識でどれだけバイクが再現できたのかが分からないが、今ここで利用しているということは術式を利用する車より確実に速いということだ」
永倉は思案ににふける、「鮫崎一人の知識でここまでの事ができるだろうか?」と永倉が身に着けていたものは、こちらの技術で完全再現ができていた。しかしないものは…
壁一面に描かれた原子番号表を思い出す「一から造り上げたというのか。まさかな…」
「どうした永倉。何か懸念があるのか?」リサリーの声に意識を戻す
「いや…今考えたとしても仕方ないことだった。それよりもあとどれくらいかかる」
「一時間もは掛からない準備をして」言ってリサリーは永倉に自分の警杖を渡す
「キース主任に連絡は取れた、これは貴方が使って」
「いいのか」
「さっき、模擬剣にした時の形状は記憶させている。貴方は術式を使えないのだから、せめてね」
「すまない、借りる」差し出された警杖を永倉は受け取る
「ロゼは彼のサポートを」ロゼが静かに頷くを確認し、リサリーは言葉を続ける
「右手はまだ病院にあり、キース主任が確保に向かってくれている。本部と病院は同じ区画内にあるから相手に先んじる事ができるだろう」
自信をもって言うリサリーの言葉に永倉は懐疑的だ。
「鮫崎はこちらの世界で部下を使える立場にあるようだった。ずっと以前から事件は始まっていたのかもしれない」




