召喚刑事 12
『犯罪者は現場に戻る。と云うのが俺たちの世界の刑事の定説なんだが、こっちの世界でも格言じみたものはあるのか?』
永倉の言葉にリサリーは少し小首をかしげて見せる
『違法術式を使っている者ほど自分の星霊使用量に精通している。とキース主任に教わったな』
『私達連邦捜査官といえど星霊流脈を使用せずに自律人形から術式端末に星霊を直接供給すれば上司への報告義務がありますので』
リサリーの言葉にロゼが補足するように説明していると
「私をこのような場所へ連れてきて何をさせたいんだ」
背後から尊大にも聴こえる口調で一人の妖精が室内に入ってくる。
この場所は永倉が召喚された屋敷の部屋であり、リサリーの判断でおこなった時間凍結術式により断ち切られた星霊流脈の復旧は未だに行われていない。
『この現場の近くで星霊流脈に配置させていた私の部下の自律人形が何者かに術式を使わずに殺害されている。そのことについて何かしらの見解が有ればと思い同行を願いました』
「自律人形など消耗品だ。直ぐに新世代型が支給されるだろうが、リサリー捜査官のように旧式自律人形を補佐につけている者など他にはおらん」
『自律人形の疑似霊格は経験と共に成長します、それにロゼは霊格を収めた脳機関以外の機構は定期的に更新されています、外見が旧式のままなのは彼女自身の趣味のようなものです』
ヴォルフォス上級捜査官のセリフにリサリーは反論する
「偽りの生命体が我々(エルフ)と同等の霊格を認められているなど理解できんな」
『同等の霊格を認められているのは、私を含め自律人形たちの司令塔として設計された僅かな者たちだけです。それでもなお、不服ですか』
ロゼの主張をヴォルフォスはまるで聴こえていないかのような態度で歩みを進め、永倉に鋭い目線を向ける。
「リサリー捜査官なぜこのような者がこの場にいる、こいつは異界の怪物かもしれないというのにだ」
初対面の時と違い、ヴォルフォスは永倉に対して敵対心を隠そうともしていないが、リサリーは何喰わない顔で言う。
『気付いていましたか?この区画は精神疾患で近年、傷害事件などが多発しています。ヴォルフォス上級捜査官も何度か捜査を指揮していますが禁呪に関連なしと報告していますね』
「それがどうしたというのだ」
言葉は通じずともおおよその話の流れを予想して永倉は正面に立つ妖精に対し声を掛ける。
『どうやらこの妖精の国は術式に頼りすぎてそれ以外の古い技術に全く注意を払わない傾向があるようだな。俺と同じ世界の人間が居ればそれを利用しない手はないだろう…ロゼたのむ』
永倉の合図に合わせてロゼの全身が青白く発光し薄暗い部屋の壁を照らし出した。
「なんだこれは」壁一面に浮かび上がる謎の図形にヴォルフォスは眉根をよせる。
『紫外線で浮かび上がる単純な仕掛けだ。描かれているのは元素の周期表。そして神経伝達物質と覚醒剤の構造式だ。一応俺の分かる範囲で説明すると』いいつつ永倉は壁の一部を指差して
『ドーパミン ノンアドレナリン アドレナリン メタンフェタミン アンフェタミン クロフェクトン デフェクトン ドグマチール リタリン…』と呪文のような単語を呟き続ける
「どうなっているんだ、これは!こいつは何を言っている」
『彼と話をしたければロゼとヴォルフォス上級捜査官の術式端末をつないでください翻訳術式を転送します』
いつの間にかすぐ横に立つリサリーが提言するがヴォルフォスは剣吞な目で睨み返しただけだ
『術式端末を覗かれるのは都合が悪いですか?行動記録の改ざんが発覚するとあの時この区画にいたことが…』
「黙れ!人形風情が」近づこうとするロゼを追い払うように大きく腕を振りヴォルフォスは怒鳴りつける
『ヴォルフォス上級捜査官。少なくとも貴方は妖精至上主義者であるからこそ、妖精にだけは危害を加えることはないとおもっていました。
この妖精の都市では正義をたがえることはないはずだと、それがなぜ』
リサリーは彼が傲慢な妖精であっても秩序を守る限り他種族に対しても公平であった事を知っていたが、今のヴォルフォスの態度は普段とはかけ離れている。
ヴォルフォスは詰め寄る者から距離を置くように数歩後退り、上着から煙草入れ(シガーケース)を出して、深紅のフィルターの煙草を選ぶ。
震える手で火をつけようとするが、術式の使えない部屋ではそれはかなわない。
『それは、アサシンだな鮫崎の扱っていた商品だ。どこでそれを手に入れた』
『俺が売ったものだよ』
ヴォルフォスへの永倉の問いに日本語で答えたのは、その場にいないはずの四人目の人物だった。
全員の視線を受けたその男はいつの間にか部屋の入口に立つていた。
『よう、永倉、久し振りだな。あんたの忌々しい顔をこれ程爽快な気分で見る日が来るとは、この糞みたいな世界であがいてきた甲斐があろうってもんだ』
『…』その場にいた四人を茫然自失とさせたまま、その男はそこが自室であるかのようにごく自然に振る舞いヴォルフォスの隣まで歩く
ポケットからジッポライターを取り出し、ヴォルフォスのタバコに火を付けると、さり気ないしぐさで彼のシガーケースを取り中身を確認する
「なんだ、もうアサシンを切らしているじゃないか。こいつは一日に二本までにしておけと教えておいたはずだぜ。四、五日に一回は休息日を設けろとも言っただろう」
術式も使わず流暢なエルフ語を話す異世界人にリサリーもロゼも警戒心を抱きはするが永倉とヴォルフォスの動向にも気を配っている為に迂闊に動くことが出来ない。
『妖精どもは術式に頼りすぎて古い技術にまるで耐性がない、この捜査官も覚醒剤のもたらす高揚感よりも、切れた時の喪失感が強くなってきているようだし、
直にアブリにも手を出すようになるだろうな、やれやれ困ったもんだぜ』
日本語とエルフ語を器用に使い分けながら、
取り出したシガーケースからアサシンをしヴォルフォスに手渡すと
手にしたオイルライターで火をつけ
永倉に向かい愚痴るように肩をすくめて見せる
『鮫崎!』と叫び、勢いよく踏み出そうとした永倉の足が寸前で止まり、体に緊張が走る。
鮫崎の右手にはいつの間にか拳銃が握られていて、銃口はピタリと永倉の心臓を捉えていた。
『この銃は永倉と一緒にこっちにきたヤツだ。俺の飼っていた警官が右手を捨て置いて、こいつだけ持つてきたもんだから、腹が立って殺っちまった。
いや~、失敗失敗。まだまだ使い道のある奴だったのになぁ~』
『…』リサリーとロゼは術式を使っていない鮫崎の日本語が理解出来ない為に、対応を永倉に任せざる得ず、覚醒剤煙草を夢中になって吸っているヴォルフォスからも注意を外すこともできない
四人が互いに手を伸ばせば届きそうな距離にありながら一歩も動くことが出来ない中で鮫崎だけは実に陽気に振舞っていた。
リサリーは慎重に鮫崎という異世界人を観察する、体格はそれ程大きくはなく永倉のように妖精と対等に向き合えるだけの身長はないが
かと言って半妖精や妖怪のように小さくもなく、この都市では殆ど見かけることのない獣人を思い起こさせた
しかし、狡猾な笑みを浮かべている表情は野生動物には感じることがない知的な恐怖心を呼び起こされる
妖精と同じ服装を多少気崩しながらも堂に入った立ち振る舞いには犯罪組織内において既に確固たる地位を確立しているだろう事は容易に想像出来た。
その知性を持った獣のような男が異世界語で永倉に対して声を掛ける
『ん~。この右手が気になるか?こいつは自律人形のモノだが実によくできた義手だぜ。引き金を引くのもスムーズだ、成果のほどはもう見ているんだろう?』
『永倉?』リサリーの呼びかけに永倉は視線を鮫崎から外すことなく答える。
『今、鮫崎が構えているのが拳銃だ、術式ではなく火薬で弾丸を打ち出す。先の警官殺しに使われたものだ』
永倉の説明は腑に落ちるものだったが、いざとなればロゼの内蔵星霊を使い術式の起動も可能である、が勝負を賭けるときかとリサリーが決断しかけた時
「ヴォルフォスいい加減落ち着いただろう。後は自分で決着を付けろ」
「済まない、少々取り乱したようだ」鮫崎の呼びかけにヴォルフォスは落ち着きを取り戻した声で応じた。次の瞬間
『危ない』ロゼの声と共にリサリーの身体が後ろに引かれてヴォルフォスとの間にロゼが割り込む。
突然の出来事になすすべなく、尻もちをついたリサリーが目にした光景は、ヴォルフォスの持つ細身の剣がロゼの腹部を貫いているものだった。
『ロゼ!』リサリーの叫びに『問題ありません』淡々とした口調でロゼが答えるが
「だろうな」ヴォルフォスの冷酷な声と共に剣が引き抜かれ、頭部を狙って再度鋭い突きが走るが、ロゼは両腕を交差させて受け、刃は二本の腕を貫くも眉間の寸前で辛うじて止まっていた。
一度目はリサリーの頭部を狙っていた為にロゼの腹に刺さり、二度目はロゼの頭部を狙った為受け止められている。
「お前の技は馬鹿正直過ぎると以前にも云ったはずだぜ」
からかうように笑う鮫崎の銃は微動だにしない、ゆえにこの状況でも永倉は動くことが出来ずにいた。
ロゼは串刺しにされた両腕をねじることによってそれ以上剣が深く刺さることを抑え込んでいるが、それにより刀身が歪み抜くこともできなくなっていた。
ヴォルフォスは執着など見せずにあっさりと剣を手放すとロゼの腹部の傷口を狙って蹴りを放つ、両腕の自由を奪われたロゼはなすすべもなく壁に激突し床に崩れ落ちた。
『身体の損傷が一定数を超えました。術式回路に再起動をかけます…』身体に術式回路図が浮かび上がっては消えるといった現象が起こりその期間ロゼの動きが完全に止まる。
ヴォルフォスは上着の内から手のひらサイズの金属片を取り出すと、左手の指の指輪で打ち鳴らす
小さな金属音と共にヴォルフォスの掌に新たな細剣が現れていた。
『術式を使わない、妖怪製の形状記憶合金だ。あの指輪型の共鳴器を使って形状を変化させる、制約も多いが直に銃にも応用出来る様になるだろう。
それを土産に日本へ帰るのが理想だがな』
鮫崎は永倉に笑いかける、その横を通り過ぎていくヴォルフォスの視線は倒れるロゼをとらえたままだ、と、その歩みを遮るようにリサリーが立ちふさがった。
「ヴォルフォス上級捜査官。どうして貴方が鮫崎と手を組んでいるのですか」
ロゼが再起動をかけている間、永倉との翻訳術式も停止しているし彼は鮫崎との対峙で動くことが出来ない、リサリーが一人でヴォルフォスを止めなければならない。
覚悟は決まっているが問わずにはいられなかった。
「貴方のエルフに対する正義感はどうなってしまったのですか」
「正義とは何だと思うかね。リサリー捜査官」ヴォルフォスは立ち止まり、タバコをくわえたまま実に不機嫌そうに口を開く。
「正義とは秩序の維持でなければならない、私はエルフの文明をこそ最も優れたものだと確信している、他種族の文明などいずれは淘汰される程度のものだ
世界はエルフのみによって統治されるのが正しい在り方だ」
「そう思うのであればなぜ」リサリーの疑問は当然だろう
「私は同じエルフの犯罪者こそが許せない、秩序の維持に不純物は要らない、その為には何でも利用する、異世界の犯罪者でもな。
私自身が悪に染まろうと全ての不純物を取り除いた後に、私自身を私が裁けばすべて収まる」
リサリーはジャケットから警杖を取出し構える、その表情には絶望の影が浮かんでいる、ヴォルフォスは目的のための手段を誤っていることに気付きもしていない。
緩やかに漂う紫煙が彼の瞳を曇らせているようだ。
警杖に蓄積した僅かな星霊を使いリサリーはトンファー型の警杖を自分の背丈ほどの棒状に変化させる
「ヴォルフォス貴方を逮捕します」リサリーが宣言し
「無駄なことだ、貴様らは全員ここで死ぬのだからな」ヴォルフォスが言い放つ
『奴にとっては、ここが正念場だ、お前達を殺してその罪を俺に着せ。そしてのうのうと自分は捜査官を続けるのであればな』
異世界人のやり取りを鮫崎は然も愉快そうに眺めている
『リサリーはそんな事を許さないだろう』
『随分と互いのことを理解できているようだが、あのお子様捜査官じゃあ奴には勝てないぜ、ヴォルフォスは古代妖精の細剣術に百年の研鑽を積んでいるらしい…
まあ、俺からすれば実戦を知らないお遊戯程度だが。術式を使えない状況下の妖精共の中じゃあ最強クラスだろうぜ』
『…』『…』永倉と鮫崎の間で臨界寸前まで緊張が高まり、その圧に押されるようにリサリーとヴォルフォスが息を吞む。
明らかに格上の戦士の存在に気付き武器を持つ掌に汗が滲んだ、視線を向けそうになるのを堪えリサリーが先に仕掛ける
体格差を利用し、更に低い姿勢から相手の脚を狙い何度も鋭い突きを繰り出し、時に回転運動を利用した足払いを仕掛けるが、
ヴォルフォスは突きを左右に避け、払い技は後方に素早く下がって、かすらせもしない、そして回避の間にもリサリーの小さな頭部を狙った突きを容赦なく繰り出す。
「気付いているのだろう?貴様では俺には勝てないことを」
余裕を持ってヴォルフォスはは打ち合いのさなかにもリサリーに声をかける、もちろん回答など期待していない独り言のようなものだ。
事実、リサリーは、全身全霊の猛攻を仕掛けているため、喋りに付き合う暇などない、集中力が高まり思考が加速し始めるが、それでもヴォルフォスの速度にあと一歩及ばない。
焦る気持ちを懸命に抑え込み、僅かなチャンスを待つ。
『嬢ちゃんは何かを狙っているみたいだな、見え見えの誘いだが、ヴォルフォスは気付いてないな。だからあいつはダメなんだ』
鮫崎は二人の死闘を眺めながら実に楽しそうに笑った。
一方で永倉はリサリーの動きに何かを感じ取ったのかゆっくりと体の向きを変えていく
『え~っ。言葉が通じなくなっても、心が通じ合っているとか?。ウケル』
永倉がリサリーを自分の背に隠すように移動するのを見て取り鮫崎は破顔一笑する『あんたのそういう所、マジスゲーと思うよ』
と表情を一転し「ヴォルフォス。さっさと決めろ!」同僚に中々とどめを刺さない妖精に怒鳴りつける。
鮫崎の激が効いたのかヴォルフォスの構えが僅かに変わる、リサリーはその瞬間を待ち構えていたこのように仕掛けた。
突きと左右の下段薙ぎ払いに終始していたのは、相手の視線を誘導するため、ヴォルフォスのの突きを紙一重で躱しつつ、手の持った警杖を背に隠すように武器と身体の位置を入れ替える。
同時にヴォルフォスも必殺の技に入っている、手首の回転だけで螺旋の捻じれを生じた細剣が刀身にかかった負荷によりフック状に曲がり、リサリーの後頭部を狙う。
リサリーは背後に隠した警杖を片手で引き抜くように上段からの振り下ろしを、ヴォルフォスは躱したとおもわせた背後からの攻撃を敢行する。
鈍い切断音を後頭部に聴きリサリーは死をすぐそばに迫るのを実感するが、その瞬間が訪れるまでは、まだまだあきらめてはいない。
ヴォルフォスは鈍い手ごたえを伝える剣を手元に引き寄せながらも、斬撃の衝撃にリサリーの手を離れ自分に向かい飛来する警杖を軽く躱し勝利を確信するが。
スポ抜けたように見えた警杖はヴォルフォスの背後に立つ永倉の手に収まっていた。リサリーは最初から躱されるのを見越してそうなる立ち位置へと移動していたのだ。
あまりにも突然現れたそれに対して鮫崎の反応が僅かに遅れる、構えた銃に永倉の電光石火の斬撃が襲うのを確信するが、引き金にかけた指を動かすことが出来ない
いま発砲すれば、反動で体の動きが悪くなる、目前にいる男は例え心臓に弾丸を撃ち込まれたとしても、絶命するまでに自分の首筋に必殺の一撃を叩き込んでくるだろう
それがわかるからこそ鮫崎は銃を捨てる、その場に銃だけを残すように素早く腕を引きつつ後方に倒れこみ、勢いのままに転がるように距離を取る
永倉は空中にある銃を歪ませる程の一撃を入れるが、一見無様な姿で逃げる鮫崎を追うことは出来ない。
手に持つリサリーの警杖を振りぬいた勢いのまま、体を廻しヴォルフォスと倒れ込んでいるリサリーとの間に割って入るように移動していた。
警杖を正眼に構えた異世界人が突如として正面に現れたよな錯覚にヴォルフォスは思わず一歩後退りする
『再起動に成功しました、破損個所の術式回路を破棄したため最大出力は八割程です』』ロゼの声が聴こえ、そしてそれに答えるようにリサリーの声があがる
『永倉への翻訳術式の制限解除、それと私の警杖の使用許可を。』後頭部を押さえながらゆっくりとした動作でリサリーは床に倒れ込んだいた姿勢から半身を起こす。
『承認を受諾しました』細剣が刺さったままの両腕が肘先から切り離される、鈍い音を立てて転げ落ちる腕とは逆に軽やかにロゼは立ち上がり、リサリーの元へ向かう。
「永倉さん、リサリー捜査官の警杖をあなたにも扱えるようにしました。ご自分の使い易い形状に変化させることができます、ただし細部まで思考で構築できなければいけませんが」
永倉はリサリーの警杖を握る手に力を込める、思う物は、最も使い慣れた武具…
警杖に細かな術式回路が照らし出され形を変える
「有り難い」永倉の顔に不敵な笑みが浮かぶ「竹刀か」
「なんだそれは、剣術練習用の模造刀か?」銜えたままの覚醒剤煙草からの紫煙越しにヴォルフォスは嘲笑う声が日本語として永倉の耳に入る「俺の細剣術と勝負するつもりか」
ヴォルフォスの馬鹿にしたような声が日本語で聞こえる、永倉の翻訳術式の制限が解除されたためだ。
「ヴォルフォス」鮫崎の鋭い声が部屋に響く「確実に殺せ」
絶えず視界の隅にとらえていたはずの鮫崎の傍らには、いつの間にか黒い自律人形が立っていた、ロゼや他の自律人形が乳白色の大理石から造られたギリシャ彫刻とすれば
鮫崎のの横に立つその者は、黒曜石から荒々しく削り出された仏像のような印象を永倉は受けた。
「鮫崎様。準備が完了致しました。」男性型の黒い自律人形が抑揚のない声で鮫崎に話しかける
「そうか。永倉、俺はこの後も仕事があるからもう行かせてもらう。あんたの最期を確認できないのは残念だが、替えの利かない要件なんでな」
「ヴォルフォスお前の前に立つ男は俺のもと居た世界じゃぁ剣の達人だ、せいぜい返り討ちにあうなよ」
二人にそれぞれの言葉で話しかけ、名残惜しさも見せず義手をわざとらしく振りながら鮫崎は黒い自律人形と共に部屋を出て行った。
ヴォルフォスは臨戦態勢のまま永倉の前に立ちふさがっている、当然道を譲るつもりは無いようだった。
「今の俺に勝てる者などいない…お前達はここで死ぬ事になっている」ヴォルフォスは随分と短くなった覚醒剤煙草を未だ唇の端に引掛けたまま、不敵に笑う
「ドーピングで反応速度が上がっているのかもしれないが、鮫崎の言う通り、お前の甘さは太刀筋を見れば解る。今迄勝てる相手としか勝負をしようとしたことがないのだろう?」
静かに正眼に構える永倉に対して、ヴォルフォスは右半身を前に出す、
右肩に顎を乗せるように半身を引き寄せ、右手に持った細剣の柄は頬に当たるほど近い。
それでいて切っ先は真っ直ぐに永倉を捉えたままだった。
本来左手には盾替わりの手甲がつけられるが今は、バランスを取るように背に廻されている
両足には何時でも前方に飛び出せるように力を蓄える。
「永倉…」永倉の背後からリサリーのつぶやきが聞こえるが、「大丈夫だ、殺しはしない」永倉の自信に満ちた返答にヴォルフォスの頭に血が上る
「シッ」短い呼吸音と同時にヴォルフォスの剣が永倉の眉間目掛けて走るが殆ど同時に。
「小手―――ッ」永倉の裂ぱくの気合と竹刀がヴォルフォスのの右手首を叩き折っていた。
「ぐわーっっ」まるで物のように地面に向かい垂れ下がり今まさに落ちようとしている右手首をヴォルフォスは懸命に押さえようとするが折れた骨が繋がるわけもなく
星霊流脈の途切れたこの部屋で思わず術式を使おうとしてしまう。ロゼやリサリーのように予め内臓星霊を準備をしていれば可能であったが、ヴォルフォスにその用意はなかった。
「竹刀であれど、骨ぐらいはたやすく折れる、すぐに治療しなければ二度と剣が持てなくなるぞ」
永倉の台詞にヴォルフォスの顔面が醜くゆがむ
「貴様ら異世界の下等生物にこの俺が二度も敗北する訳がない」
歯を食いしばり片手で乱暴に上着をはだけ、右袖はそのままに上着全体で手首を覆い包帯代わりに首から吊るすように巻き付ける。
その際に床の上に金属片が数枚散らばる、ヴォルフォスは足元の一枚を拾い上げ新たな細剣へと変化させた。痛みは問題ない覚醒剤がもたらす高揚感が身体に力を漲らせている。
床に落ちたシガーケースに視線を向けそうになるが、唇に張り付いていた煙草のフィルターを唾と共に吐き捨て、目前の敵を睨み付けた。「悠長に待っているとは、余裕のつもりか」
ヴォルフォスは左半身を前に構えを変える、左手に持った細剣を床を指すように下段に、腰を落とした姿勢から棒立ちになったように真っ直ぐに立つ。
「あんたは強敵だよ…ヴォルフォス。異世界人の俺にあんたを裁く権利はないかもしれないが」対して永倉は上段に構える
「だが、現代剣道は下等生物とやらには扱えないと教えておこうと思ってな」
「死ね下等生物が」ヴォルフォスは下段から跳ね上げるように細剣を振るう、手首から伝える回転が切っ先へと、狙いはフック状に曲げた剣先を真下から敵の喉元へ
「勝った」とヴォルフォスは確信する。
最も視認しにくい真下からの攻撃に対応できる者などいないはずだった、今まさに剣が喉に届かんとする瞬間、突然ヴォルフォスの意識は闇に飲まれた。




