召喚刑事 11
ロゼは資料室の一角にリサリーと永倉を案内する。
周囲には、ロゼと同じ自律人形がせわしなく動き回っているが不思議と喧騒のようものは感じない、自律人形は無駄話などはしないためだ。
連邦捜査局開局以来からの様々な記憶媒体の遍歴をたどることができる稀有な場所であり、今では博物館級の紙媒体の資料さえ保管されているのだが
自律人形は、ただ静かに作業に従事し、集められた情報を分類整理していく光景が広がっているだけだった。
永倉はまじかで、多くの自律人形が行きかう様を珍しそうに観察しているようすでしきりに視線をあちこちに走らせていた。
ロゼが二人をこの場所に連れてきたのは、資料の閲覧には通信術式でことたりるため、ここには自律人形以外が滅多に近づかないという理由があった。
『先ほどの、ポリネーターという人物になにかしらの心当たりがあるのでしょうか?』
図書館のバックヤードを連想させるような室内の片隅にある応接室のような場所でロゼは、リサリーと永倉の為にコーヒーを用意しながら質問する。
『ポリネーターというのは人名ではない。俺が日本で追っていた麻薬密売組織の重要人物と目される男が、末端の麻薬の売人をそう呼称していた
本来、ポリネーターは…送粉者と訳せばいいのか?花の蜜を食料にして、花粉を運び、植物の受粉を促す昆虫や鳥獣の総称で。
麻薬などの非合法薬物の多くが粉末状で売られていることを揶揄してそんな呼び名を使う悪趣味な奴だった』
『それは確か、永倉を罠にはめて瀕死の重傷を負わせた者だったか?』
リサリーのつぶやきに永倉は小さく頷く
『ああそうだ、名を鮫崎血治という薄汚い極道だ』
『本名不明、出生不明、おそらく二十代半ば、十五年前に指定暴力団「杜竜会」(トリュウカイ)の三代目組長、鮫崎冬呉に養子縁組され以後杜竜会構成員として頭角を現し始める、
それまでは杜竜会は違法賭博などで検挙されることはあっても、売春や麻薬密売には手を出さない昔気質の極道だった
しかし血治が五年前に若頭になり実質的に杜竜会の運営の全権を持つようになってからは、麻薬密売の市場に幅を利かせるように変わってしまった。
いまや麻薬密売は暴力団の資金源としては大きな割合を占める、小さな地方組織だつた杜竜会は数年の間に関東一円に影響を及ぼす組織になっていた。
にも拘らず鮫崎自身は一度も尻尾を出すこともなく、違法薬物取り締まり係に配属された俺は一年間麻薬の流れを追い続け、はじめて鮫崎の存在にたどり着いたのだが。
ようやく鮫島を追い込んだと思った矢先に同僚の裏切りに会い…死に損なって今に至るわけだ…』
そう語る永倉が何を思っているのか、ロゼにはわからない、リサリーはと見るとただ静かに、彼の言葉の真意を判断するために話を聞いている
『永倉さんはポリネーターと、鮫崎と云う、そちらの世界の犯罪者が同一人物と考えているのですか?』
ロゼの問いに永倉は暫く考えて、ポケットから煙草を取り出すとテーブルの上におく。
『まあ、思い返すと召還される前、鮫崎が俺の前から消えていた…ように思う…多分…』
『曖昧ですね』ロゼはいうが永倉は確信があるようだった、彼はテーブルの上の煙草の箱を指で軽く叩きながら
『鮫崎があの時持っていたのは、愛用の密造拳銃、奴の組織の主力商品「アサシン」と名付けられた覚醒剤入りの紙タバコだけのはずだ。
俺の持ち物はこちらの世界で複製された物だが、スマホの充電はできていない。』
『電気の概念は有ります、指示をもらえれば充電というのも可能なはずです』
『それだよ。日頃から使っている道具といえど、その構造を把握しているかといえば、そんな事はない、VAやHzを説明しろと言われても俺には無理だ。
タバコとは言え「アサシン」は覚醒剤の粉を入れただけの物とはわけが違う、タバコをそのまま複製したところで覚醒剤の成分だけを分離する方法を知っていたとはおもえない。
しかし、殺された警官もさっきの犯罪組織の妖精も注射器を使う、麻薬中毒者だった。
アサシンは覚醒作用を主体に置いたものだが、個人差はあってもこの異世界で既に普及していない注射器を使用するほどに中毒症状が出るにはかなりの時間が必要なはずだ…』
『それはどのくらいの時間が必要ですか』
『「アサシン」はアンフェタミン、メタンフェタミン、アモキサピンなどで調合されているが、効果に対して肉体の依存度は少ない、覚醒剤は精神的な依存が大きな割合をしめている。
使えば集中力や行動力が上がるが身体は耐性を持ち始め、同じ量を使っても効き目が弱くなっていく、その時点でやめるか、使用量を減らしていけば、また効くようになるが、
先の二人は薬を使用した場合の高揚感に溺れてしまったのだろ。
しかし、そのような状態になるのは個人差がありすぎてよく分からない、俺は仕事柄、多くの中毒者にあってきたが、
ヒロポンや大麻に一時的に手を出しても、あっさりとやめた人間も多く見てきているんだ』
『つまりどういうことですか?』ロゼの問いに答えるように、それまで静かに聞いていたリサリーが口を開く。
『永倉が召喚された時に他に召喚された者はいなかった。鮫崎という者が召喚されていたとすれば、それはかなり以前の事だろう、妖精の都市に覚醒剤の密売組織を作るほどに』
『そう俺は思っている、すでにこの都市で麻薬は流通しているのだろう。その中心に必ず鮫崎がいるはずだ』
『そうなると、やはり永倉の召喚にはなんらかの意図があったということなのか?』自問自答するようにつぶやくとリサリーは暫く考え込むしぐさをみせ、
『いや。それは当然だろう、誰だって望まぬ召喚には逆らうだろう、送還術式を探しているのか?』と結論付ける
リサリーは先程の取調室でのやりとりを思い出す、あの男は永倉に対して何と言っていたか
『「お前はどの時代から来た」と言っていた。既に召喚術式は完成しているんだ。永倉を召還したのがその証拠だ。
しかし、送還術式はまだ完成していないはずだ、送還術式を作るには召喚術式の術図が必要だが、その完成形が永倉を召還した術式だろう』
『現場検証により確認できた召喚術式図は一部の欠損が見られます、しかし我々には組織の性質上、復元作業を行うことは出来ません』
ロゼの解説にリサリーは頷く
『元々、召喚術式が完了すると同時に術式を残さないように、自滅術式を組み込んでいたのだろう。永倉が召喚された事実を鮫崎が知れば本格的に送還術式の製作に取りかかるだろう…』
『しかし、本当に送還術式の製作は可能なのでしょうか?』
ロゼの疑問は当然の事だろう、そもそも召喚術式は特定の時空間を対象に発動するようになっていなかったはずで、鮫崎という異世界の人間が一人で出来ることではない。
大掛かりな違法術式組織が背後についたとしてもいったいどれほどの時間が必要なのかロゼにすら考えもつかないことだった。
『当然のことだが鮫崎という犯罪者をこちらの世界に召還した組織が存在する、その組織と鮫崎が利害関係を持つに至ったのだろうが。
召還したされた永倉が此方の言葉を喋れないように、鮫崎とその組織の者が互いの言語の理解にどれほどの時間を必要としたのだろうか?
『ロゼ、最近、通訳術式が使用された痕跡がないか星霊流脈管理局で調べられるか』リサリーの指示にロゼは頷き周辺で作業している自律人形達に伝える。
『私たちが使用しているような既製品であれば可能ですが、未許可の違法術式の類であれば追跡は困難でしょう、摘発された違法術式の検索も行っていますが過去百年に該当する事案は見つかりませんでした』
ロゼの返答を聴きリサリーは永倉を見ながら訪ねるように云う
『それ以上に遡っても意味はなさそうだな、人類の寿命は百年前後だと聴いている、半妖精と同じぐらいだが、鮫崎は既に二十代半ばであるとすれば活動期間は七十年ほどだろう』
『…五年…鮫崎が麻薬市場で台頭するのに掛かった年数だ。異世界で奴がどのように立ち回ったかはわからないが、そのあたりになにかしらの不審な事件がなかったか? 鮫崎は臆病な程に自分の存在を隠そうとする割に行動自体は大胆不敵だ、必ず何らかの形で君たちに違和感のある事柄が見付かるはずだ。』
永倉の問いにロゼは首をかしげる、自律人形たちに任せてもいづれは見つける事ができるだろうが、起点となるものがないと時間を必要とする。
瞬発的な発想力を期待すならやはりと、リサリーに表情の動かない顔を向ける、彼女ならば意図を汲んでくれるはずで、リサリーはその視線を受け記憶に集中するように目を閉じる。
『私がまだ州警察で違法術式の取り締まりをしていたころに、幻覚症状患者が多発した時期があったな。
当初、精神操作系の違法術式との考えで捜査を進めて、そこでヴォルフォス上級捜査官と知り合い、キース主任に見いだされるきっかけとなった』
『結局あの事件は術式の関与しない、集団幻覚として処理された筈だ…投薬か…そんな原始的なことを妖精が行っているとは考えもしなかった。
私が気付かなければ誰もが同じだったろう、あの頃既に妖精社会の常識に染まっていたということか』悔やむように呟きリサリーはロゼに視線を戻す
『術式組織の絡まない事件発生件数と平均的な星霊流量を各州区画ごとに可視化して』
リサリー従いロゼは近くにいた自律人形に一人に指示を出すと、その自律人形はテーブルの上に一枚のシートをひろげる
『すみません、ここ(資料室)の施設は設備は老朽化しているので術式端末を通じて直接視覚に情報を送れません、一世代前の技術を使います』
玉虫色に光るシルクのような布地の上に映し出された大陸地図を物珍しそうに見る永倉を横目にリサリーはロゼに疑問の表情をみせた
『ここは術式的に直接外部との繋がりがありません、この場にいる自律人形が外に出ない限り情報漏洩の心配はなく、今この場の自律人形はすべて私の支配下にあります』
『連邦捜査局内部に裏切者がいると考えているんだな』ロゼのセリフを聴いて永倉が口を開き、二人は頷くことで肯定する。
『地図を見てくれ、違法術式と関連がないとされる犯罪が多くの尚且つ星霊流量に異常がない区画がある、
召喚術式と生贄機関が関連すれば必ず星霊流量に異常がでる、違法術式の調査方法の逆だ、禁呪捜査課が調べないところを重点的に…』リサリーの説明に永倉が口をはさむ
『麻薬がらみには揉め事がつきものだ近所付き合いでの些細な傷害事件も見落とさないでほしい』
『ありました、人格異常が見受けられるも洗脳術式等の反応は出ずに捜査から外された事例がここ数年で頻発している区画があります。そしてそれらの事件で指揮を執っている捜査関係者は…』
『有り得ない…』ロゼによって指摘された捜査関係者の名を見てリサリーは愕然と呟く、リストの中には殺された警官の名も当然のように記載されていて彼女の見立ての正しさを証明しているようだった。
『確かめる必要がありそうだな』表示された文字を読むことはできないが、何かを感じ取って永倉はリサリーの小さな肩に手を置き、やさしく声をかけた。




