召喚刑事 10
取調室を前にしてリサリーは同僚と話をしている。彼女が検査入院中に捜査を一時的に引き継いでい た者だ
『チャンドラー、取り調べを押し付ける形になってしまいすまなかった。』
「かまわねーよ、どの道、進捗状況は芳しくねーんだ」
そう答えたのは緩やかにウエーブのある赤みがかった、長い髪と髭を持つ妖怪の男で、身長はタニスと同じぐらいだが体重は優に3倍はありそうだった。
長く伸ばした髪を首の後ろで一つに纏め、顎髭も伸ばし放題で顔のほとんどが毛で隠れ年齢がまるで判別できない。
最初に見た妖怪がタリスであった為か、永倉から見て巌のような筋肉に脂肪を纏わせたチャンドラーは、まるで小さな相撲取りのように思えた。
『口は堅いか?』
リサリーの疑問にチャンドラーは軽く肩をすくめるようなしぐさをみせる
「いいや、言っていることが支離滅裂だ、仮にも召喚術式を執り行っていた者とは思えない、情緒不安定も甚だしい」
『どういう事だ?』
「自分で確認してみるのがはやいんじゃね」
チャンドラーは言うとリサリーの隣に立つ永倉を見上げた。
「リサリーが発見したミッシングリンクっうのはこいつのことだろ?
エルフのようでいてエルフとは違う、まるで成長したハーフリンクだ。報告は受けていたが…百聞は一見に如かずとはこのことだよな」
チャンドラーの永倉を観察する目は、正しく珍獣を発見した探検家のそれに似ていた
『彼は絶滅した人類ではないし、私が発見した訳でもない、召喚術式の犠牲だ。知性と感情を持っている事を忘れるなよ』
「わかっているよ、ドワーフも長くエルフの統治下にあったからな。自由は勝ち取らねばならないこのミッシングリンクもそうだろ」
『…』
リサリーはチャンドラーの軽口には何も答えもせず、扉に視線を移して「取調室にいるのは相棒のレイモンドか、我々と変わるように伝えてくれ」とにべもなく言う
「我々ってその兄ちゃんもか?レイモンドがなんていうかな、あいつはエルフとしては話の分かる方だが流石に部外者は…」
『責任は私が取る』
「そうは言ってもなぁ」渋るチャンドラーの背後でドアが開き
「責任を持ってくれると言っているんだ。やらせればいい」
部屋から出てきた妖精の男が言った。先ほどのヴォルフォスと同じく均整の取れた顔立ちと長身の妖精であったが、よほどの睡眠不足なのか眼の下のクマが酷い
「レイモンド、いいのかよ?」
「元々はリサリーの仕事だ。自律人形に取り調べを任せておけないから、引き受けてみたが、埒が明かない」
『お手上げですか』
ロゼのセリフにレイモンドは鋭い一瞥をおくるが口に出しては何もいわなかった。
何か収穫があれば自分の手柄にしようとする、皮算用があったことをロゼに見抜かれているだろうことは、レイモンド自身分かっているからだ。
リサリーの手に入れた情報はいずれは部下の自律人形達に共有されるが、それを悠長に待ってばかりはいられない。
同期のヴォルフォスは次期主任の有力候補とされているが、未だレイモンドは新人のリサリーと同じ階級どまりである。
「洗脳術式を受けた反応はない、だがあれはどう見ても狂人だな」
『精神に異常があれば術式を起動できないはずだが…とにかくあってみるか』
異世界の取調室とは言っても、永倉から見てそれは実に見慣れたものと変わらない。
差して広くもない室内の中央に簡素な机と向かい合わせの椅子が一対、部屋の奥側に容疑者が座り、向かいにリサリーが腰を下ろし、彼女のやや後ろにロゼと永倉が立つ
召喚術式を執り行っていた組織の一員のはずの男のエルフが、椅子に座り自分の右手の爪を食いちぎる勢いで噛んでいた、何か聞き取れないほどの声でぶつぶつとつぶやいているが、
もとより言葉の通じない永倉には意味のない単語の羅列でしかない。
落ち着かない様子で部屋中に視線を走らせたり壁の一点を見つめたまま、同じ単語を繰り返しだす、そして固まったように動かなくなるが、
それも長くは続かずに小さく身体を動かすせてまるで凍えているような様子を見せたりした。
リサリーは根気強く話しかけているようだが相手はこちらに気付いてさえいないようだ。
『少しいいか』永倉はリサリーに断りを入れると妖精の男の左腕を取り服の袖をめくりあげる。
『それは!』リサリーもすぐに気が付いた
『覚醒剤というやつの跡か?』
『ああ…この男の所持品に注射器はなかったか?』
『原始的な医療器具ですよね?いえ、ありませんが』
ロゼが答える間にも妖精の男は永倉の手を払おうと暴れだし、その時になってはじめて永倉のことを相手は認識したようだった。
「なっ‼ポリネーターが、なぜここに!待ってくれ。まだ俺は働ける。見捨てないでくれ、薬さえあればまだ…」
『薬というのは…覚醒剤のことだよな』
リサリーは謎の人物に怯える妖精の男を問い詰めようと迫るが、ロゼは永倉の様子にこそ注意を払っていた。
『どうかしましたか』
『今、この男はポリネーターと言ったのか?こちらの世界にある言葉なのか?』
『ポリネーターですか?いえ妖精語ではありません名前にしても聞きなじみのない発音ですね』
『こちらの世界の言葉は俺にとって聞きなじみのないものだ。だからこそ、この男が発音しにくいであろうポリネーターの単語が聞き取りやすく感じたのだろう、しかし問題はこの男にその単語を教えた人物だ』
永倉はリサリーの肩に手を置き話しかける
『ポリネーターと呼ぶ人物について訊いてくれ、なぜ俺をその人物と見間違えたのか、そこが重要だ。この世界では俺は妖精でも妖怪でも半妖精でもない
謎の種族に見えているはずだ、この者が知る人物がもし俺の予想通りだとしたら、この事件に俺はただの被害者としてかかわってはいけない、俺自身の命を懸けても取り組むべき事だ』
永倉の決意を見て取ったリサリーは男には問いかけ、自分の殻に閉じこもっていた妖精はようやく永倉本人とむきあった
「お前はポリネーターではないな…くくくっ…そうか召喚術式は成功していたのか…お前は日本人か?いや問題は…お前はどの時代から来た…ひっ…ははははははっあああああ、やった俺はやり遂げた…」
妖精の男は既に正気をたもてなくなっているようすで口角から泡をふいて大笑いしている、その視線は定まることもなくせわしなく天井に這わせていた。
『おそらくこれ以上の事情聴取は不可能だろう』永倉はリサリーに力なく伝える
『彼ははもう末期の中毒患者だ、更生にはかなりに時間を必要だろう。』(この世界にそのノウハウがあるかは不明だが…)と後に続く言葉は飲み込む
『永倉さんは気になる事があるようですね、少し場所を変えて情報をまとめてみましょう』
ロゼの提案にリサリーも永倉も異論はなかった。




