帰ってきたアリス その8
アリス達がとんでもない話をしています。要注意です。
「白ウサギ……お前!」
レノの目が鋭くなる。レノは俺から離れ、白ウサギの後を追おうとする。
慌ててそれを止めるために手を伸ばす。
しまったと思ったが遅かった。痛めた方の手を伸ばしてしまい、結局レノの肩をつかむ前に手に痛みが走り、思わず呻く。
しかしそれが良かった。
レノは慌てて振り返り、俺のもとへと駆け寄る。
血まみれの手を見ると血相を変え、レノは自らの首につけているスカーフを引き抜き、それを傷ついた手に優しく巻きつける。
「おい、そんな事したら……」
汚れる。言い終わるよりも前にあっという間にスカーフは真っ赤に染まっていく。
遅かったか。
まあ、どうせ言ってもレノは止めなかっただろう。
「うわっ、痛そう」
チェシャ猫がそう言って笑う。いや、こいつはいつでも笑ってるのか。
「結構深いね。ざっくり切っちゃったんだ。無理しちゃ駄目だよ」
「誰のせいだと思ってんだよ……」
責めるように見るが、チェシャ猫は気にしない。
「しょうがないよ。アリスは白ウサギに会うものだし、どうせ僕が会わせなくても白ウサギは君に会いに来てたよ」
そうゆう問題じゃない。
「俺を一人置いていって……少しは責任を感じたりしないのか?」
「してる。してる。スッゴくしてるよ」
えらく嘘くさい言い方だ。
「この野郎……」
一発ぐらい殴ってやろうかと思ったが、それよりも前にレノが動いた。
レノはあの愛用の拳銃を再び取り出し、銃口をチェシャ猫の額へとおしつける。
「いくらお前でもこの距離なら一撃で眠る事ができそうじゃないか?」
「うわっ、止めてよ。味方をやっちゃうなんて、帽子屋さんひどいよ」
「アリスをこんなめにあわせておきながら何が味方だ? ふざけるな。アリスの味方は俺だけだ」
レノが笑って、引き金をひこうとする。その直前、慌ててその腕をつかみ、止めさせる。
「おい、止めろ!」
「なっ、アリス、何で止めるんだ? こんな奴、別にどうなったっていいじゃねえか……」
確かにいいが、そうゆう問題じゃないだろう。
「殺す事はないだろう?」
「うわあーい。アリス、やっさしい~」
「やっぱ、撃っておくか……」
「え、あれ? アリス~? ちょっと、ごめんって、ごめんなさい。謝るから帽子屋さんを止めてよ。このままじゃ僕の額に穴が空いちゃうよ」
自分の事だと言うのにチェシャ猫は何とも軽く言う。銃口を向けられてここまで堂々としていられるなんて大した度胸だ。
こんな奴、助けてやるのもしゃくだが、これ以上面倒くさい事に巻き込まれたくない。
「レノ、銃を下ろせ……」
しかしこれにレノが難色を示す。
「何でだよ。何でこんな奴をアリスがかばうんだよ……」
「ごめんね、帽子屋さん。僕、人から好かれるたちだからさ」
どこが? そのどこが好かれる性格なんだよ?
「違う! アリスはお前なんか好いてない!」
間髪いれず、レノが怒鳴る。
「どうかな? アリスだってやっぱり若い方がいいんじゃない? 帽子屋さんとアリスじゃ年の差がだいぶあるし、やっぱり抱くなら可愛げのある方がいいでしょう?」
チェシャ猫はにやにやと笑う。
こいつ……わざとか。わざとレノをあおって、からかいたいのか。
誰が見てもわざとだとわかるのに単純なレノはあっさりとその挑発にのった。
「アリスはなあ! こう見えて、好みが渋いんだよ! すぐにじじいみたいな事言うし、夜の時なんかエロ親父みたいな発言を……」
「だあぁぁぁぁ!!? お前、何言って!?」
平気でそんな恥ずかしい事口にするな! 人に言うな!
どうゆう神経してるんだよ!?
だいたい何で俺の好みの話になってるんだよ!
そんな事どうでもいいだろうが!
「なら、ますます僕みたいな若い体の方が好みだね。きっとアリスだって一回抱いてみればくせになると思うよ? 僕、とっても従順だし」
何でそうなるんだ……
「だからアリスは俺が好きなんだ! お前みたいなひよっこの体になんかに興味を示す訳がないだろう!」
お前らはさっきから何を言ってるんだ……
少しは恥じらいというものを持て。
「え~、本当にそうかなぁ~」
チェシャ猫のこの発言にレノが遂にキレた。
「くそ! そんなに言うなら見せてやる!」
見せる? 何を?
俺が尋ねる前にレノは着ていた上着を脱ぎ捨てる。
何をする気なのか見ていると突然、レノが服のボタンを外し始めた。
こいつはいったい何をする気だ?
何となく予想はついたものの、俺はあえてその考えを否定し、とにかく視界に彼らをいれないようにした。
はっきり言って、もう関わり合いたくない。
しかし当然ながらそうもいかず、レノが俺の方を向く。
「何してんだ!? さっさと脱げよ!」
「聞きたくないが聞いてやる。お前はいったい何をする気だ?」
「決まってるだろう!? ここでやるんだ! さっさと脱げよ!」
誰が脱ぐかアホ。
俺は完全に無視を決め込み、さっさとこの場から離れようと立ち上がり、騒ぐ2人に背を向けた。
「あれ? アリス行っちゃうの?」
チェシャ猫の楽しげな声に俺は答える気にもならず、構わず、歩き出す。
「アリス!? お、おい!? どこ行くんだ?」
「帰る」
もう早く帰りたい。
「アリスが帰るなら僕もついて行こうかな」
「なっ!? ふざけんな! お前はさっさとご主人様のところにでも帰れ!」
「だって、僕、ご主人様に嫌われてるし。あ、じゃあ、アリスの猫にでもなろうかな」
「ふざけんな! 誰がそんな事許すか!」
案外あいつら仲がいいのかもな。ほっとけばいつまでも2人で言い合っていそうだ。
言い合うのは結構だが、そこに俺を巻き込まないで欲しい。
「待てよ! アリス!」
帰りかけた俺にレノはようやく追いつき、隣に並ぶ。
「今度は何だ?」
「他に怪我してねえな?」
レノの顔が真剣なものにかわる。
俺は足を止め、黙って頷いた。
「それだけですんで良かったね! 腕の一本ぐらい駄目にするかと思ってたよ」
「期待を裏切って悪かったな」
「これでも君が無事で喜んでるんだよ?」
とてもそうには見えないがな。
呆れながらそう言うとそっと怪我した手をレノが優しく触れる。
「レノ……?」
「悪い。もう二度とお前を一人になんかしない」
またか。
気にするなと言ったところで彼は聞きもしないだろう。
なにせ大事な大事なアリスに傷をおわせられたのだ。
あと一歩間違えれば、彼は再びアリスを失っていた。
もしもそんな事になっていたらどうなっていたか。考えたくもない。
「もう二度と怪我なんかさせねえ」
レノのその言葉に俺は黙って頷いた。