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帰ってきたアリス その7

白ウサギが危ない。ちょっと狂ってますがここの住人はみんなこんな感じです。これが当たり前なんです。

お帰りって言われてもなあ……



アリスは僅かに苦笑する。



別にどこか遠くへ行っていた訳でも何でもない。そうは思うが今この状況でそんな事を言えるはずもない。



相手は少年だが、先ほどの動きからして相当の手練だ。



下手な事をすれば迷わず切られる。



どうする?



チェシャ猫はすでにこの場から逃げおおせたようで姿さえ見えない。



あの野郎。今度会ったら覚えておけよ。



白ウサギと呼ばれた少年はゆっくりと近づいてくる。



ああ、くっそ。だから外になんか出たくなかったんだよ。



レノの奴。ちゃんと一人で帰ってればいいが……



白ウサギが足を止め、ゆっくりと顔を上げる。





「アリス……」



その顔を見て、思わず、俺は固まった。



華のような笑顔とはこういうものに使うべき言葉なのか。



さっきまでの不機嫌な顔はどこへやら、ひどく嬉しそうな少年らしいきらきらとした笑みを今は浮かべている。



「やっと会えたね、アリス!」



満面の笑顔。実に可愛らしいが、その手に握られている剣が不気味に光っている。



「僕は白ウサギ。この国の案内人、よろしくね、アリス」



よろしくはいいが、とりあえずその手に握られている剣をしまってくれ。



こちらの心中など相手は知るよしもなく、嬉しそうに話を続ける。



「ごめんね。さっきは邪魔が入っちゃって……猫のくせにアリスに僕よりも前に会うなんて許せないよね。大丈夫、後で二度とアリスの目の前に現れないようにしてあげるから」



誰もそこまでやってくれとは言っていない。



と言うか、いい加減剣をおろせ。あぶないだろうが。



「僕、スッゴくアリスに会いたかったんだ。ずっとずっとアリスが来るのを待ってた」



僅かに白ウサギはうつむき、ぽつんと言う。



「でも、上手くいかなくて……僕がアリスに会うのがこんなに遅くなっちゃった」



ごめんね。そう言って白ウサギはすまなそうに謝る。



いや、そんな事は謝らなくていいから、今この状況を謝ってくれ。




どうするんだよ、この状況。



「でも、大丈夫。もう僕がいるからね。これからはずっと僕が一緒にいてあげる。ゲームなんかしなくても僕がアリスを本物のアリスにしてあげるよ」



「ゲームって何だ?」



ずっと気になっていた事を尋ねると白ウサギは笑顔で答える。



「ゲームはゲーム。不思議の国にやってきたアリスをみんなで本物かどうか判断するんだ」



本物かどうか判断するだと?



「どうやって?」



白ウサギは笑う。



「みんなでアリスを殺しあうんだよ」



目の前が僅かに霞んだ。



「不思議の国のみんなはアリスを殺そうとして、アリスは殺されないようにするんだ。生き残れたらアリスの勝ち。アリスは本物のアリスになれる」



それがゲーム。



なるほど、そうゆう事か。そうなったら自分のやる事は一つ。



一瞬の隙をついて、一気に走り出す。



今、俺にできることは逃げることしかない。どんなに困難だとしてもこの状況で他に助かる道はない。



しかし白ウサギは予想以上に速かった。



隣を走り抜けたその瞬間、白ウサギに腕を捕まれ、そのまま勢いよく押し倒される。



嘘だろう!?



小柄な外見とは裏腹、凄まじい力で、白ウサギは俺の上に乗り、片腕完璧に抑えこみ、剣先を首筋に押し付ける。



「アリス。このゲームに勝ってさあ、本物のアリスになりたくない?」




白ウサギが笑う。その笑顔を少しでも可愛いいと思った自分が腹立たしい。



「アリスだって、他の住人に殺されたくなんかないでしょう? そうでしょう?」



目が危ない。こいつ……本気だ。



「僕と一緒にいようよ。そうすればゲームなんか関係ない。僕がアリスを守ってあげる。僕がアリスを本物にしてあげる」



抑えつけられている腕が痛む。何とか態勢を直そうとするが上に白ウサギが馬乗りになっているため、身動きが上手くとれない。



「アリス……ねえ、アリス……僕のアリスになってよ……」



白ウサギが今にも消えてしまいそうなか細い声で囁く。



それが誰かと重なる。



ああ、こいつ。




なんとなく最初に会った頃のレノに似ている。



必死にアリスを求めるその姿、声、思い、全てがよく似ていた。



ゆっくりと息を吸う。



それでもこのまま黙ってやられるつもりはない。



「悪いな。俺はもう帽子屋のアリスなんだよ」



その言葉に白ウサギの目が見開く。



わなわなと体が震え、そう思ったら、その目が信じられないほどきつくなり、はっきりとした殺意がうつる。



「何で……何で、あんないかれた帽子屋に……僕のアリスをとられなきゃいけないんだ!」



白ウサギはそう叫ぶと一気に剣先を推し進めようとする。



肌に刃が当たる寸前で空いている片腕でそれをつかみ、押しとどめる。




「……っ!?」



両方とも、もう片方の手は抑えあっているため、片手しか動かない。いかに白ウサギが凄腕の剣豪だとしても見た目はか弱い少年。力で負けるはずがない。



だからと言って余裕はない。



刃は抑えている手に食い込み、少しでも刃をつかむ指の力を緩めれば、たちまちその手を切られ、手だけでなく、首まで飛ぶ事になるだろう。



しかもこの態勢では絶対によけれないし、いくら力があろうと態勢的に不利なこっちの方が早く限界がくる。



この手が刃を抑えられなくなったら俺の負けだ。



食い込む刃のおかげで肉が切れ、真っ赤な血が伝う。



痛みもある。徐々に手が痺れ、手が無意識に震える。




こんなところで死ぬ訳にはいかない。こんなところで死んだらいけない。俺は……俺は……



その時、銃声がなった。



「うあっ!?」



白ウサギの腕から血が流れ、持っていた剣が飛ぶ。



からんと音をたてて、白ウサギの剣が地面に転がる。



ゆっくりと視線を銃声のした方へと向ける。



見慣れたサイズの合わない帽子に真っ黒な服、その手に握られた愛用の黒い拳銃。



「レノ……」



レノは今までに見た事がないほどの冷たい目で白ウサギを睨みつける。



銃口は白ウサギの頭に向けられ、いつでも撃てるように引き金に指がかけられている。



「白ウサギ……俺のアリスから離れろ」




声がいつもより低い。



普段とは全く違う様子に俺は僅かに驚く。



レノが怒った事ならいくらでもあった。俺だってけんかぐらいした事がある。



それでもそんな目を向けられた事は一度もなかった。



まるで別人だ。そう思ってしまうほどレノは怒っていた。



「止めておきなよ、白ウサギ。今の帽子屋さんはきっと君の事、本気で撃っちゃうよ?」



「チェシャ猫……」



もとはと言えばお前のせいだというのに何をえらそうに……



白ウサギは忌々しそうにレノとチェシャ猫を見る。


しばらくして、小さく舌打ちをすると、ゆっくりと俺の上から降り、黙って地面に落ちた剣を拾いに行く。



やっと終わった。





安堵したのもつかの間、レノが走ってこちらにやって来るのが見える。



あっという間にすぐそばにくると、体を起こしかけていた俺にレノが抱きつく。



「おいっ!?」



痛いと思うほどに抱きしめてくるレノ。



体に回された腕がレノの体が震えている。



止めろとは言えなかった。



そっと震えるレノを抱き返し、その頭を痛めていない手の方で撫でてやる。



レノは俺の胸に顔を押しつけ、何も言わない。



「あ~あ、アリスったら、帽子屋さんを泣かせちゃった」



チェシャ猫がからかう。その顔はやっぱり笑っている。



「誰のせいだと思ってるんだ?」




「僕のせい? いけないのは白ウサギじゃないの?」



楽しげなチェシャ猫の口調にもう責める気にもならない。



「アリス……無事で良かった……」



ようやくレノはそう言うと、ようやく顔を上げる。



「俺は見てのとおり大丈夫だ」



だからそんな顔するな。



かちりと金属の当たる音がし、はっとして見れば、そこには剣を鞘に納める白ウサギの姿があった。



「白ウサギ……」



白ウサギがゆっくり振り返る。その目が真っすぐと俺をとらえる。



「アリス……いつかその男を選んだ事をきっと後悔するよ?」



後悔するだと?



「帽子屋はいかれてる。そいつはすでに何人ものアリスを殺してる。アリスもそのうち、他のアリスと同じように殺されちゃうんだ」



白ウサギは笑う。その笑顔が歪んでいく。



「アリス、ゲームは始まった。もう戻れないよ?」



白ウサギはそう言って歩きだす。



その後ろ姿をただ静かに見つめた。

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