帰ってきたアリス その6
今回はチェシャ猫視点となっています。一人称って難しいですね。めげずに頑張ります。
「白ウサギったら、本当に冗談が通じないんだから」
チェシャ猫はそう言って笑う。
ちらりと後ろを振り返るがそこにはすでに彼らの姿はない。
「あ~あ、白ウサギも、もっと遅くにきてくれればいいのに」
そうすればもっと僕はアリスとお話できたんだけどな。
アリスがこの世界にずいぶん前からいたのは知っている。最初にその気配に気づいた時は僕でさえ驚きを隠せなかった。
だっていつもなら一番に気づくはずの白ウサギが気づかなかったから。
しばらく様子を見ていたけど、白ウサギはちっともアリスに会いに行こうとしない。だから痺れをきらして、アリスに会いに行ってみた。
最初に僕がアリスを見た時にはすでにその隣に帽子屋さんがいた。これにも僕は驚いたけど、もっと驚いたのはアリスが帽子屋さんを受け入れていた事だ。
仲よさげに歩く2人。
違うな、嬉しそうな顔をして歩く帽子屋さんと不機嫌な顔をして歩くアリス。
仲がいいかはわからなかったけど2人は確かに一緒にいた。
この時、会っても良かったんだけど、会ったらきっと帽子屋さんに撃たれると思って止めておいた。
それからしばらく、僕はアリスをずっと遠くから見ていた。
不思議だった。今度のアリスは前のアリスとどこかが違う。違うのはわかるのに何が違うかはちっともわからない。
それでも彼はアリスに間違いなかった。そして少し前の事、ようやく白ウサギがその存在に気づいた。
白ウサギはアリスに気づくと慌ててアリスを探しまわった。もう遅いとも知らずに。
そんな白ウサギを見て、もうすぐゲームが始まってしまうんだと思ったんだ。
だからその前にアリスに会いに出かけた。そうそれだけ。
それだけだったんだけどな。
このまま白ウサギにアリスを任せて帰ってしまう気でいたんだけどな。
足を止め、目の前に立つ男を見る。
黒い服に黒いシルクハットにそして額につきつけられた黒い拳銃。
スッゴく怖い顔をした帽子屋さんと目があう。漆黒の瞳が残忍に光る。
「やあ、帽子屋さん」
帽子屋さんが引き金に指をかけたまま言う。
「俺のアリスはどこだ?」
やだな。この距離じゃ逃げられないよ。
「俺のじゃないよ。みんなのアリスでしょう?」
「違う! あいつは俺の……俺だけのアリスだ!」
帽子屋さんがそう怒鳴る。その目は本気だ。このままだと確実に撃たれる。
「落ち着いてよ。わかったって、帽子屋さんのアリスね。帽子屋さんのアリスがいる居場所を何で僕が知ってるのさ」
「ふざけるな! お前がアリスを連れて行っただろう!」
ありゃあ、ばれてるよ。まずいな。本当にまずいよ。
「帽子屋さん、落ち着いて、とりあえず銃を下ろして話し合わない?」
そう言うとゆっくりと銃口が僕の腕へと向けられる。
「足を撃たれるのと腕を撃たれるの、どっちがいいんだ?」
「どっちも遠慮したいかな」
「ならさっさとアリスのいる所に俺を連れてけ!」
「言ってどうするの? アリスは今白ウサギと会ってるんだ。ゲームをしなければ白ウサギに殺されるし、ゲームをしたらみんなに殺されるよ?」
この軽口がいけなかった。銃声とともに腕を撃たれ、痛みが体を走り抜ける。
そっと撃たれた腕をみれば真っ赤な血が流れ落ちている。
「痛いじゃないか」
こんな時でも笑っていなきゃいけないなんて猫ってスッゴく大変だ。
「俺のアリスは殺させない。誰にも絶対に殺させない」
冷たい帽子屋さんの声が聞こえる。銃口が今度は逆の腕に向けられた。
足を狙わないところを見るとあくまで帽子屋さんは案内してもらう気らしい。
「……帽子屋さん、知らないよ? どうなったって、僕は知らないからね?」
帽子屋さんは何も言わない。
まあ、いっか。予定というものは必ず狂うものだ。
ゆっくりと僕は来た道を引き返す。それに帽子屋さんが後からついてきた。
「ねえ、帽子屋さん。何でアリスは君を受け入れたのかな?」
ずっと疑問に思っていた事。帽子屋さんは何も答えない。
しょうがない。後でアリスに聞いてみるか。
「ねえ、帽子屋さん。あのアリスは本物のアリスになれると思う?」
撃たれた腕をどつかれた。痛みに僅かに顔をしかめると帽子屋さんはこちらを睨んで言う。
「俺が本物にしてみせる」
その言葉に素で笑ってしまった。そんな事はできない、そうわかっているはずなのにそんな事を言う帽子屋さんがおかしかった。
今度のアリスはいったい何なんだろう?
白ウサギの目をくぐりぬけ、帽子屋さんを本気にさせて、そして全く可愛げがない。
今までのアリスとはやっぱりどこかが違うな。
「帽子屋さん、僕、決めたよ」
帽子屋さんが鋭い瞳をこちらにむける。それに負けずに笑う。
「僕、アリスの味方になるよ」
だって、今度こそ本物かもしれないじゃないか。
「ふざけるな。アリスの味方は俺だけだ」
本当に独占欲が強いんだから。しょうがない。じゃあ、僕はこっそりとアリスの味方になってあげよう。
通りを抜ける。さっきの場所につく。帽子屋さんがアリスを見つけて、走り出す。それを僕は笑顔で見送った。