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帰ってきたアリス その5

白ウサギが登場して、いよいよ不思議の国のアリスらしくなってきました。

にこにこと笑う青年。それを睨みつける自分。



最悪だ。なにがどうなってこんな事になったんだか。



「で、お前は誰だ?」



目の前の青年は先ほどから笑顔で接してくるがもちろん自分と青年は初対面である。



相手が名前を知っていようと俺は知らない。



「チェシャ猫」



「チェシャ猫?」



「そう、そう呼んでくれればいいよ」



「呼んでくれればいい?」



名前を名乗る気はないのか。非常識な奴だ。



しかしだからこそ似合っているのかもしれない。これでまともな名前を答えられでもしたら、そっちの方が違和感を感じるだろう。



「で、なんのようだ?」




俺は忙しいんだ。早く家に帰りたいし、レノを一人にしておくのも不安だ。どうせろくな事にはなっていない。



「そんな急がなくたっていいんじゃないの? それとも帽子屋さんが心配?」



「ああ、心配だ」



本気で何をしでかすかわからないからな。



チェシャ猫はくすりと笑う。バカにされたようなその態度にやはり腹が立つ。



「アリス。大丈夫だよ。帽子屋さんは強いからね。そう簡単に誰かに襲われたりなんかしないよ?」



「知ってる」



普段どんなにふざけたような態度をとっていようといざとなるとレノはすごい。そんな事、自分が一番よくわかっている。




何か危うい事があれば、すぐに懐から拳銃を取り出す。



一瞬の迷いもなく撃ち出された銃弾は正確に相手をとらえ、その弾が外れたところを俺は見た事がない。



「きっと君よりも帽子屋さんは強いよ?」



「そうかもな」



当然だ。俺は常に拳銃を持ち歩いているような男ではない。



銃に関して言えば素人だ。引き金を弾けるかも怪しい。



「それなのに心配なの?」



そうだ。悪いか? 苛々しながらもそう答えれば、チェシャ猫はまた笑う。



こいつ……ひょっとして俺にケンカを売っているのか?



「いや~、今度のアリスは面白いね」



「面白いだと?」




俺は全然面白くない。



「いい加減にしろ。お前の戯言にこれ以上つきあう気はない。早く、用件を言え。じゃなきゃ、なかった事にしてこのまま帰るぞ?」



このままこんな訳のわからない奴と時間を無駄に過ごすよりはレノと買い物でもしていた方がまだましだ。



「もう、アリスがそんなやる気がない態度をとっちゃ駄目だよ。アリスは何にでも興味を持って、何故って自分から関心を持っていかないと謎はいつまでたっても解けないものなんだよ?」



「悪いが人違いだ。俺はお前の言っているアリスじゃない」



チェシャ猫が笑う。くすくすと声を漏らして酷く可笑しそうに笑う。それがまたふざけてるようで、まともに付き合っていたこっちがバカみたいだ。



「いい加減にしろ。さっきから薄気味悪く笑って……ケンカ売ってんのか?」



「アリス、猫は笑うものなんだ。しょうがないよ。僕のせいじゃない」



「そうかお前のどこが猫なのか俺にわかりやすく教えてくれ。だいたいそんな猫聞いたことねえよ」



「僕だって君のようなアリスは始めてだよ。始めてだからどうしたらいいかスッゴく困ってるんだ」



「だからお前が想像しているアリスとは別人だと言ってるだろう?」



「別人? そんな事ないよ。アリスはアリスしかいないものなんだ。君がアリスという名を受け取った瞬間から君はアリスになるんだよ」




だから……何なんだよ? さっきからチェシャ猫の言ってる内容が俺には全く理解できない。



こいつ、本当に俺に用件があるのか? 何だかただの胡散臭さい奴に捕まってしまっただけな気がしてきたぞ。



「また、話がそれてるだろう。俺は早く用件を言えと言ってるんだ」



「わかったよ。僕としてはもっと君と話していたかったんだけどな」



「俺は嫌だ」



そう言われてもなお、チェシャ猫は笑顔を崩さない。本当に薄気味悪い奴だ。



「アリス、白ウサギが君をついに見つけたよ」



「何?」



新たにでてきた単語に呆れて何も言えない。猫の次はウサギかよ。



「白ウサギ?」




「そう、白ウサギ。君が白ウサギと出会う事がこのゲームの始まりの合図なんだ」



「ゲーム?」



いったい何のゲームだ? 尋ねようとした時、何かが目の前を横切った。



それとほぼ同時にチェシャ猫のもとに細い剣がふりおろされる。



寸前の所でチェシャ猫は後ろに飛び退き、それをよけた。



唖然とするこちらに関係なく、チェシャ猫はやっぱり笑顔を浮かべたまま、その横切った相手を真っ正面から見る。



「やあ、白ウサギ。思ったより早く来たんだね?」



チェシャ猫に白ウサギと呼ばれた少年は何も答えず、ただ剣の先だけをチェシャ猫に向ける。



「どけ、猫。お前なんかがアリスの視界に入ることさえおこがましい」



「ひどい言いようだ。いくら僕でも傷ついちゃうよ」



そうは言うわりには平気そうだ。



白ウサギはチェシャ猫を一睨みし、剣を向けたまま黙れと言う。



白ウサギと言われはしたものの少年はチェシャ猫同様、どう見てもウサギには見えない。



唯一それらしいところと言えば髪の色で、綺麗な白銀の髪が白ウサギの毛のように見えなくもない。



あとは得に普通の子供とそう変わりがない。ワイシャツの上にベストを羽織り、下は半ズボンでやや細めな生足が見えている。



なかなか可愛いらしい顔をしていて、少なくともチェシャ猫よりはまともそうに見える。





少なくともずっとにやけてる奴よりはいい。



「そんなに怒らないでよ。白ウサギ」



「うるさい! うるさい! アリスに僕よりも前に会うなんて猫のくせに生意気なんだ!」



言っている事はどこか幼稚に聞こえるが、白ウサギはそう怒鳴るとチェシャ猫に切りかかる。



しかしチェシャ猫は鮮やかにそれをよけるとひょいと俺達に背を向ける。



おい、待て、嫌な予感がしてきたぞ。



「全く、白ウサギったら短気なんだから、そんなんだからアリスにいつもふられちゃうんだよ。帽子屋さんを見てごらんよ。彼はついに自分のアリスを手に入れたみたいだよ」




チェシャ猫が笑って、こちらを見る。何なんだ。何なんだよ。



白ウサギもこちらをちらりと見る。唇を噛みしめ、その顔はいかにも悔しそうな表情だ。



「そうだ……あいつが勝手な事をするからいけないんだ。そのせいで僕はずっとアリスに会えなくてそれで……」



白ウサギが強く剣の柄を握りしめる。もう表情を見なくても彼が怒っているのがわかる。



それを見て、やっぱりチェシャ猫は笑う。



「じゃあ、アリス。僕の用件は終わったから行くね」



「なっ!? ふざけるな!」



こんな危なそうな奴と俺を残す気か? こっちは丸腰だぞ? 確実にやられるじゃないか!



「待て、チェシャ猫!」




「うわーい! アリスが名前を呼んでくれた」



「そんな事はどうでもいい! こいつ、お前の知り合いなんだろう? 行くならこいつも連れてけ!」



「白ウサギはアリスに用があるんだよ。不思議の国のアリスはまず白ウサギに会わなきゃゲームを始められない」



また、ゲームか? ゲームって何だよ!?



白ウサギがゆっくりとこちらに近づいてくる。その手にはもちろん剣がしっかりと握らている。



やばい。本気でやばいぞ。チェシャ猫の方を見れば、笑顔で俺に手を振り、そのまま堂々と逃げ出した。



「おいっ!? チェシャ猫!」




あの野郎! 本気で置いていきやがった!



どうする? どうすればいい? 白ウサギは剣を握りしめたままゆっくりと近づいてくる。



後ろへ後ずさるとすぐに背中が壁に当たった。



逃げる事はもうできない。戦いたくても武器がない。



追いつめられた。



白ウサギは静かにこちらを見る。血のように赤い瞳が光る。



「おかえり、アリス」



白ウサギが呟いた言葉。それは数年前、レノに言われた言葉と同じものだった。

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