帰ってきたアリス その2
不思議の国のアリスが大好きなんです。大好きだからこうなったみたいな……いったい何をとち狂ったらこうなるんでしょうね。
こちらは不定期更新ですが気長に続きを待ってやって下さい。
人は簡単に恋におちるものだ。
恋は人を狂わせ、歪ませる。だからこそ愛情は時に何よりも鋭い凶器にかわる。
それがわかっているにも関わらず、人は愛無しでは生きられない。
ああ……何てめんどくさいのだろう?
本当に……めんどくさい……
アリス・クロイドはそう思いながらシワ一つないワイシャツを羽織った。
寝起きでぼおっとする頭。少し動くだけで億劫な体。
やはり朝は苦手だ。
怠いし、明るいし、できることならもう少しだけ寝ていたい。
しかしそんな事、他ならない自分の真面目すぎる性格が許さなかった。
何事にもきちんとしていないと気がすまない。そうゆうめんどうな性格だ。だからだらしなくだらだらと過ごす事などけしてできない。
気怠い体を引きずりなんとか洗面台まで来ると、目を覚ますために冷たい水で顔を洗った。
数回流してから顔を上げ、タオルで顔をふく。
ふと視線を目の前にある鏡にやるとそこには当然だが自分の顔が写っていた。
やたらとはねる癖毛の金髪。いつでも不機嫌のようにつり上がった青色の瞳。
代わり映えしないとはいえ、相変わらず目つきが悪い。
こんな顔をしてるから外に出ただけで何かと訳のわからない奴に絡まれるんだ。
全く面倒くさい。
ため息をつきながら、胸ポケットを探り、眼鏡を取り出す。
細身の銀色の眼鏡。
それをかければ、僅かに目つきの悪さが改善されるが、今度は人に近寄りがたい印象を与えてしまっている。
まあ、別に他人にどう思われようが構わないが。
ワイシャツによっていた僅かなしわを直し、鏡の中の自身を睨みつけてから、踵を返す。
行き場所は決まっている。自分の寝室だ。いや、自分達の寝室と言う方が正しいか。
寝室の扉を開け、中の様子をそっと伺う。
そこはさっき、俺が出てきた時から何も変わっていなかった。
家具のほとんど置かれていない、飾り気のない小さな部屋。
その中央には人が一人寝るには十分すぎるほどの大きさのベットが一つ置かれている。
ベッドの方に視線をやれば、当然、布団が盛り上がっている。
「レノ…起きてるか?」
その問いかけに返事はない。
仕方なく、部屋の中へと入り、ベッドを覗き込む。
そこには一人の男が気持ち良さそうに寝ていた。
病的なまでに白い肌、ふっくらとした赤い唇、くるりとした漆黒の髪、ほどよくしまった身体。
年齢は自分よりもずっと上であるはずなのに、その容姿からそれを感じることは全くなく、その姿に不覚にも胸が高鳴る。
出会った頃と何一つ変わらない、美しい容姿。
「俺も重傷だな……」
相手は同じ男なのに。
「レノ、早く起きろ……」
わざとそっけなく声をかける。
当然ながら寝つきの良い彼がその程度で起きるはずがない。
さて、どうしたものか? 毎度のことながら、彼を起こすのにはひどく苦労させられる。
「レノ朝だ。さっさと起きろ」
仕方ない。
俺はため息をつきながら、ひとまず部屋を出た。
そのままの足で台所に向かうと棚の中から閉まっていたフライパンを取り出す。
それを握り、俺は再び寝室へ戻る。
やはり、まだ彼は寝ていた。
「レノ、起きろ」
先ほどより幾分か声を大きくしたのだが、反応はない。
「言っておくが、さっさと起きないお前が悪いんだからな」
だから、俺を恨むなよ。
彼が眠るベッドへと静かに近寄る。そしていっこうに起きる気配のない彼に向かってフライパンを構える。
俺は最後にちらりと彼の方を見てから、フライパンを力強く振り下ろした。
「っ!?」
ぼすりと音をたてて、さっきまで彼の頭があったはずのところにフライパンがおちる。
ちらりと床を見れば、振り下ろす寸前で横に飛び退いた彼が無様に転がっていた。
「いって……」
頭を抑えながら、彼がゆっくり起き上がる。
「おはようレノ」
いちよ朝の挨拶をすると彼の恨めしそうな目がこちらをじっと見てくる。
「アリスの……アリスのバカやろう!」
「人に向かってバカと言うな」
俺は呆れてそう言うが、レノはますます恨めしげに俺を睨む。
「バカ! バカ! バカ! バカ! いくらでも言ってやる!」
「朝からうるさい」
「何が朝からうるさいだ! お前は朝から何してるんだよ!?」
「見てわからないのか? お前を起こしてやったんだ」
「恋人をフライパンで殴って起こすやつがあるか!?」
「いつまでもたぬき寝入りなんかしているからそうなるんだ」
その言葉にレノが僅かに反応する。
それによって疑いが確信へと変わった。
彼はやはり最初から起きていたのだ。
起きていなければ、あのフライパンをよけれる筈がない。
もっとも彼が起きていると気づいたのはフライパンを振り下ろした後だったのだが。
「だからって……フライパンで殴らなくたっていいだろう……」
「フライパンじゃないなら何が良かったんだ? 鍋か? 金槌か?」
「そうじゃなくて……普通、そこは優しくキスして起こすもんだろう?」
そっとレノの腕が首に回される。
挑発するような笑みを浮かべながら、レノが顔を近づける。
「レノ……」
「何だ? やっとその気になったか? なんならこのまま……」
何がこのままだ。
これ以上調子にのる前にレノの頭を力の限り叩いた。
「いたっ!!?」
「……朝から何言ってんだお前は」
「な、何で叩たくんだよ!? こっちは裸だぞ。普通、裸の恋人に迫られたら喜びはしても怒らないだろう!?」
「黙れ。朝から騒ぐな。さっさと服を着ろ!」
いったいいつまで裸でいる気なんだ。
気にならないと言えば、嘘になるが、朝からそんな事をする気はこれっぽっちもない。
「全く……アリスは真面目ちゃんなんだから」
叩かれた頭をさすりながらレノはにっこりと笑う。
「まあ、そんなとこがまたいいんだけどよ」
「くだらない事言ってないでさっさと支度をしろ」
クローゼットから適当は服を取り出すと、レノの顔面に向かって投げつける。
レノはまだくだらない事をぶつぶつ言っていたが俺は気にせず、フライパンを拾い上げると部屋のドアへと向かう。
「おいアリス! ま、待てよ! お前は俺に対して愛が足りない。俺はお前の恋人なんだからもっと大事にされたっていいはずだろう!?」
「十分大事にされてるだろう」
そうじゃなきゃ、ここまで面倒などみてられるか。
文句を言おうと振り返った瞬間、強く腕を引かれた。
抵抗する間もなく、唇が重なり、直ぐに放れた。
驚いて、唇を重ねてきた相手を見れば、得意げな顔をして笑う。
「大事にしてるならこれぐらいしてもらわないとな」
これはやられた。
「さっさと服を着ろバカ」
冷静を装いつつ、ずれた眼鏡を押し上げて、直す。
動揺してるのが相手にばれる前にさっさと背を向け、俺は部屋を出た。