憂鬱な日々の始まり その7
今回はシリアスな話です。白ウサギ視点なのでアリス達は出てきません。たまには真面目な話だって書きます。まあ、長続きはしないですが。
どこまでものびる変わりばえのない廊下。床にひかれた真っ赤な絨毯。無駄に洒落た家具。
全て、全て、彼女の趣味。
全くうんざりする。
白ウサギはそう思い、嫌そうな顔をして、城の廊下を足早に進む。
趣味の悪い城に趣味の悪い奴らに趣味の悪い服。
もう、こんなの嫌だ。いつか絶対にこんな所から抜け出してやる。
そういくら思ったところで僕がそれをするには今の状況ではあまりにもリスクが大きすぎる。
今は駄目だ。もう少ししたら……時がきたらその時は……
「おいおい、もっとゆっくり歩こうぜ? 何、急いでるんだよ?」
聞くだけで苛立つような声によって、僕の思考が突然遮られる。
「お前……」
何で、僕の後についてくるんだよ!?
足を止め、後ろからのんびりとついてくるトカゲを睨みつける。
トカゲはそれにニヤリと笑い、そんな怖い顔すんなよっとおどけて見せる。
その態度が余計にムカつく。
「何でついてくんだよ!? 僕の視界に入るな! 目障りだ!」
「ああ? 部下にたいしてそれはねえだろう? せっかく上司を心配してついてきてやってるのに」
「……っ」
何を偉そうに……
それが迷惑だって、僕は言ってるんだ!
「ついてくるな! 僕、一人で大丈夫だ!」
「そんなに強がんなよ。そんなんだから帽子屋なんかにアリスをとられるんだ」
「お前……」
人の気にしてる事をよくもぬけぬけと……
これじゃあ傷口に塩を塗り込むのと同じじゃないか。
相手の性格の悪さに、怒りを通り越して憎悪さえ抱く。
こんな奴が僕の直属の部下だなんて思いたくない。
いや、僕はそんなの絶対に認めない。
「団長殿に会いに行くんだろう? 下手な事言えば、即斬られるぜ?」
うるさい!
そんな事、僕だってわかってる。
「あいつは斬ることしか能がないからな」
この言葉にトカゲが冷ややかに笑う。
「そんな事言ってるとまじで斬られるぞ? なにせ相手は不思議の国一の剣士だからな」
そんな事知ってる。
だからこうして命令通りに従ってやってるんじゃないか。
僕から好きでもない奴に会いに行くなんて本来絶対にしない事なんだ。
わざわざこうしてあんな奴に会いに行くなんて……
あんな奴に比べればまだトカゲの方がましだ。
「何だ?」
「別に」
もちろん、そんな事は絶対に言ってやらないけど。
「何だよ? 言いたい事があるなら言えよ」
「うるさい。僕は急いでるんだ。お前なんかに構ってられるか」
トカゲに背を向け、僕はさっさと歩き出す。
しばらく廊下を真っすぐ進んで行くと、目的地であった大広間にたどり着く。
しかしそこには既に先客がいた。
僕を呼びだした張本人は広間のちょうど中心に立って、剣の柄に手をかけている。
栗色の髪に、何の感情もうつさない瞳、騎士団長という名に相応しい鍛えられた体。
不思議の国で最強と呼ばれる男、そして女王様のお気に入り。
人は彼を尊敬と畏怖を込めて「処刑人」と呼ぶ。
女王の忠実な僕め。
何度その手でアリスを葬り去ってきた事か。
その顔を見ただけで、腸が煮え返りそうだ。
あいつは僕が来た事に気づいていないのか、こちらをちらりとも見ず、足下に跪く男を見据えている。
見知らぬ男は哀れにも両手を拘束され、許しをこうように床にひれ伏している。
ああ、何て運がないんだろう……。
僕はどうやら処刑の場にいきあってしまったらしい。
「私じゃありません! 本当に私じゃないんです!」
男は必死にそう訴え、縋るように周りを見渡す。
周りには男を囲むように円陣にトランプ兵が並び、逃げ道をふさいでいた。
「違うんです! 本当に私じゃないです! どうか、どうかもう一度お調べを……」
泣きながらそう叫ぶ男の声が広間に響く。
男のその言葉に誰も何も言わない。
もしかしたら男の言葉は本当なのかもしれない。
男は本当は無実で何の罪もないのかもしれない。
しかしここまできたら、そんな事は関係ない。
例えそうだったとしても、もうどうにもならない。
あいつが慣れた手つきで腰から剣を抜く。
常に手入れのされた刃はいかにも切れ味が良さそうに見え、まるで血に飢えた獣のようにギラギラと光る。
あいつは無言で男の首に剣を向ける。
男は必死に何かを喚き、暴れ出したが、それをすかさずトランプ兵達が抑える。
男の悲鳴が上がる。
そして……
何の躊躇いもなく、あいつは男の首をはねた。
床に広がる真っ赤な血。鼻にくる独特の臭い。音を立てて転がる男の首。
トランプ兵が手を離すと男はさっきまでの暴れていたのが嘘みたいにあっさりと床に倒れる。
何とも呆気ない最後だった。
「あ~あ、あんなに床を汚して、片付けんのが面倒じゃねえか。だから城の中で処刑なんかすんなって言ってんのに」
トカゲは不機嫌そうに汚れた床を見て、しきりにそう文句を言う。
その目にはおそらく男の死体など全くうつっていないのだろう。
「お前は……他に言う事がないのか?」
「あ? 他に? 団長様の太刀筋は相変わらず綺麗だなとか相変わらずおっかねえなとかか?」
「……もういい」
お前なんかに聞いた僕がバカだった。
しばらくぼんやりと見ているとトランプ兵達が男の死体を運びだす。
その扱いは酷く、まるでものでも扱うような乱暴さで、男を引きずっていく。
それを見送りながら、ぽつりと呟く。
「あの男……どんな罪を犯したんだろうな……」
トカゲはさあとどうでもよさそうに答える。
実際、どうでもいいのだろう。
どうせ死体なんか珍しいものでもない。
トカゲは少し考えてから言う。
「誰かのパイでも食べたんじゃねえか?」
冗談のつもりだろうか?
それにしては全く笑えない。
「パイを食べただけであんなふうに殺されるのか?」
「殺されるさ。この世界はみんな狂ってるからな」
みんなみんな狂ってる。
アリス、君がいなくなって、僕らはどんどん狂っていく。
ねえ、どうしていなくなってしまったの?
僕はこんな世界だって君さえいてくれればそれだけで満足だったのに……