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序章 帰ってきたアリス その1

警告は読みましたか?



まだ読んでない人は読んでから読むかどうか決めて下さい。



いいですか? ここから先は自己責任ですよ?



それでは狂愛の果てのアリスをお楽しみ下さい。

そこは何にもない場所だった。建物も木も何もない寂しい所。



気づいたらそこに自分はいて、気づいたらそこをただひたすらに歩いていた。



どうしてここにいるのかもどうして歩いているのかもわからない。



その時の自分は空っぽで、何にも持っていなくて、疑問にさえ思わないで、他にどうすればいいのかもわからなくて、ただただ無心に足だけを動かしていた。



そこはとにかく寂しくて奇妙な所だった。空は赤く、地面も赤かった。足下には無数の肉の塊と骨があり、しばらくしてからそれらが人の死骸だと気づいた。



鼻をつく血なまぐさいにおい。それでも足を止めることはせず、その上をは歩いた。




空っぽの自分には歩くこと以外することがない。



歩く度にぐちゃぐちゃと踏みしめた肉の塊が嫌な音をたてる。



それでもちっとも気にならない。自分は空っぽな存在なのだから当然と言えば当然だった。



その時、後ろに気配を感じたと同時に後頭部に何かを押し付けられた。



「お前……誰だ?」


低い声が耳元に響く。始めて耳を通った声。始めて味わう体を突き抜けるような感覚。これが……恐怖というやつなのかもしれない。



ゆっくりと声の方へ顔を向ける。そこに男が拳銃を構えて立っていた。



後頭部に押し付けられていたのは黒光りする拳銃だった。



拳銃から視線を男へとやる。まず目に映ったのは男のかぶっていた黒いシルクハット。どう見てもその帽子は男の頭より大きく、全くサイズがあっていない。



それからその趣味を疑いたくなるような黒尽くめの格好。頭の先からつま先まで全て黒一色で統一されている。



最後に彼のその整いすぎる顔に目を奪われた。



「知ってたか? ここはいかれ帽子屋の領土。つまり俺の領土だ。こんな所でガキが何してる?」



もちろん知る訳ない。こんな状況でさえどうしたらいいかわからなくて、無言で男の漆黒の瞳を見返す。



あれ? 何だ? ふとその瞳に見覚えがある気がした。



確か……あれは……



ふと男の手が震える。その目が見開き、こちらを驚いたように見つめる。



「お前……アリスか?」



震えていたのは手だけじゃない。その体も声も震えていた。



アリス? そう言われれば何だか聴いたことのあるような名前だ。聴いたことはありそうだが、自分の名前かどうかはやはりわからない。



勝手に返答する訳にもいかずに黙っていると男が突然抱きついてきた。



いや、違う。正しくはしがみついてきたのだ。震える体で縋るようにしがみつき、必死に言う。



「アリスだろう? そうだろう? 帰ってきてくれたんだろう? 俺達の世界にようやく帰ってきてくれたんだろう? 待ってたんだ。ずっと待ってたんだ。帰ってきてくれる、そうずっと信じてた……」



男はまるでもうはなさないと言うようにぎゅうと俺にしがみつく。



「アリス……アリス……」



譫言のように繰り返される名前。アリス、それがこの男にとってどれだけ必要な存在かは聞かなくてもわかった。



アリスじゃない。一言そう言って、その手を振り払えばいい。男は勝手に自分をアリスと勘違いしているのだから悪いのはこの男だ。自分じゃない。縋る手を払い、アリスじゃないそう言うだけ、それだけの事。



それだけの事が出来なかった。



また言葉を間違えた。出来なかったんじゃない、しなかったのだ。



縋るその手を優しく握りしめる。




「そうだ……俺はアリスだ……」



その一言に男は笑った。にっこりとこちらが見とれてしまうほどの笑みをアリスに、自分に見せる。



「アリス……やっと見つけた。俺だけのアリス。俺だけのアリスだ」



男は嬉しそうにそう言うと今度こそ本当に抱きついてきた。



痛みを感じるほどの包容。見れば、先ほど男が構えていた拳銃が地面に落ちていた。



「おかえり……アリス」



そう言って、男はそっと自らの唇を自分の唇に重ねる。始めてのキスにしては何ともあっけないものだった。

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