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憂鬱な日々の始まり その2

アリスとチェシャ猫のやりとり。説明ばかりでちょっとつまらないかもしれませんがしばらくこんなやりとりが続きます。

「待て……その旦那様って何なんだ?」



「何って、旦那様は旦那様だよ?」



チェシャ猫はにっこりと笑う。



「僕のご主人様の旦那様。だから僕も旦那様って呼んでるんだ」



ご主人様の旦那様?



と言う事はこいつのご主人様はまた別の人という事か。



「とっても優しい、いい人だよ。アリスを殺そうとかそうゆう恐い事は一切考えられない人だし、来てくれたらきっととびっきり甘い紅茶を大量のお菓子と一緒に出してくれるよ」



少し嬉しそうにしゃべるチェシャ猫。



意外と言うか、何というか、初めて嘘臭くない表情を見た気がする。



「うん? どうしたの? そんな変な顔して?」




「いや……お前、よっぽど旦那様が好きなんだな」



「え?」



別にその言葉に深い意味はない。



ただそこまで自慢するのだから、それなりに好きなのだろうと軽く思っただけだ。



しかしその言葉を聞いた瞬間、チェシャ猫の顔から一瞬だけ笑顔が消える。



普通の表情をすればチェシャ猫も案外まともな青年に見えるもんだ。



逆に笑っていない方がキリッと見えて、女性受けしそうだ。



いつでもにこにこして、ふざけた奴だなと思っていたがこんなまともな表情もできたのか。



しかしそう思ったのもつかの間、すぐにいつもの表情に戻る。



「何、言ってんのさ。僕はアリス一筋だよ?」




……今のは聞かなかった事にしておこう。



少しはまともかもしれないと思った俺がバカだった。



「で? どうするの?」



チェシャ猫の腕が何故だか俺の首に回される。



「もちろん、来てくれるよね?」



チェシャ猫は笑いながら顔を近づけてくる。



今のこの状況をレノが見たら、間違いなく大声で浮気者と叫ばれるだろう。



「離れろ。鬱陶しい」



「もう、アリスは照れ屋さんなんだから」



照れてない。



「帽子屋さんとはいつもこうゆう事してるんでしょう?」



「あのな……」



してる訳ないだろう。



いや、レノならやりそうだが少なくとも俺からはそんな事した事はない。




「やっぱり、帽子屋さんは特別?」



チェシャ猫がニヤリと笑う。



「恋人だから?」



「……何か文句でもあるのか?」



「文句なんかないよ。ただ、不思議なだけ。今まで帽子屋さんを受け入れたアリスはいなかったからね」



「どういう意味だ?」



「どういう意味でしょう?」



こいつ……やっぱり、むかつくな。



「何でも答えるんじゃなかったのか?」



「アリスが旦那様に会うって約束してくれたら、何でもしてあげるよ?」



何でもなんてしなくていいから、とりあえず俺とまともに会話してくれ。



首に回された腕をはずし、少しチェシャ猫と距離をとる。




チェシャ猫はそれに不満そうな顔もせず、ただにやにやと笑っている。



くっそ……



はっきり言って約束するぐらいどうという事もないのだが、何故だか負けた気がしてしまう。



だからと言って、俺が約束しなければ、チェシャ猫は絶対に教えてくれないだろう。



「……わかった。約束すればいいんだろう?」



何だか無性に悔しいがそれぐらいしてやる。



「わあ~、ありがとう、アリス」



何が、ありがとうだ。



半ば強制的にさせたくせに。



恨みがましい視線を送れば、チェシャ猫はそれにもちろん笑顔で答える。



本当にいけすかない奴だ。



「俺はお前の条件をのんだんだ。お前も約束通りにしろよ」



「もちろん、何でも教えてあげるよ。まあ、立ったままでもあれだし、ソファーにでも座ってゆっくり話そうよ」



我が物顔でソファーに座り、手招きしてくるチェシャ猫に呆れつつ、言ってる事はもっともなので言われた通りに座る。



「で、帽子屋さんはどこまで教えてくれたの?」



「アリスと呼ばれる少女が消えた事、それからやってきたアリスが本物かどうか見わけるためにゲームをする事、それぐらいだな」



「う~ん、さすが帽子屋さん」



何がさすがかはわからないが、チェシャ猫は感心したように頷いている。



「じゃあ、ゲームが何で始まったかはわかったよね?彼女がいなくなって以来、この世界には何年かに一度、自らをアリスと名乗る者が現れる。年齢や性別はその時によって違うけどやっぱり彼女みたいな女の子が一番多いかな?」



「女の子じゃなくて悪かったな」



何となくむっとして言い返すとチェシャ猫が可笑しそうに笑う。



「やだな、いじけないでよ。何も僕らは彼女みたいな女の子に来てもらいたい訳じゃないんだよ。僕らにとって重要なのはやってきた子が本物のアリスかどうかって事だけ」



本物のアリスかどうかね。



こいつらをこれだけ夢中にさせたアリスっていったいどんな奴なんだよ……



俺の乏しい想像力では全くその姿が思い描けない。




「何でそんなに本物にこだわるんだ?」



「本物のアリスが必要だからだよ。僕らには彼女が必要なんだ」



「えらい執着心だな」



「帽子屋さんを見てるとわかるでしょう? 彼は典型的なアリス依存者だよ。アリスがいなければ正気さえ保てない哀れな男さ」



哀れな男だと?



ピクリとその言葉に反応し、チェシャ猫を睨みつける。



いくら俺でも自分の恋人をそう言われて平気な訳がない。



それにチェシャ猫も気づいたのか、クスリと笑って、ごめんと謝ってくる。



「アリスは帽子屋さんの恋人だもんね。ちょっと言い方があれだったね。でも、帽子屋さんが他の住人よりもアリスに依存してるのは本当だよ。だから人からイカレた帽子屋なんて呼ばれているんだ」



「……前から思っていたがその呼び名は何なんだ?」



帽子屋とかチェシャ猫とか白ウサギとか名前とは違う、訳のわからない呼び名で住人達はお互いを呼び合っている。



チェシャ猫など顔見知りのくせにレノの名前さえ知らずにいた様子だ。



しかもこの呼び名。何か統一性とかがある訳でもない。



「ああ、名前の事?」



名前?



あれはあだ名か何かじゃないのか?



俺の表情からその疑問を読み取ったのかチェシャ猫が笑いながら説明してくる。



「う~ん、通り名とでも言うのかな? アリスがつけた僕らの名前だよ。まあ、正確にはあだ名みたいなものなんだけどね。僕らはいまだにそれを使っていて、住人達も本当の名前で呼び合うよりこっちの名前で呼び合う方が多いんだ」



あだ名が帽子屋か……



全く、本物だか何だか知らないが俺の恋人に何て名前をつけてくれたんだ。



「うん? どうしたの? あ、もしかして帽子屋さんの名前が気に入らない?」



当たり前だ。帽子屋という名前には気狂いとかあまりよくない意味が含まれている。



レノはバカだが、それほど狂った奴だとは俺は思わない。



「僕はぴったりだと思うけどな」



「どういう意味だ?」




むかつくぐらいの爽やかな笑みを浮かべたその顔を睨みつける。



チェシャ猫はただ笑う。



「恋は盲目だね。アリスが思っている以上に帽子屋さんは狂ってるよ」



レノが狂ってるだと?



「君への執着を見ればわかるでしょう? あれはもはや異常なレベルだよ」



本当はわかってるでしょう?



チェシャ猫のその言葉に俺は黙り込む。



レノが俺に異常なまでに執着しているのはわかる。



いや、俺にではなくアリスに異常なほどレノは執着している。



よっぽどアリスが欲しくて欲しくてたまらなかったのだろう。



普段だって鬱陶しいほどにべたつき、甘えてくる。




それをいつも邪険に扱っているのだが、時より悲しげな瞳で見つめられるとたまらず、ついつい誘いにのってしまう。



結局、俺もレノに甘いのだ。



恋は盲目か。あながち間違ってないかもな。

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