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帰ってきたアリス その13

今回はチェシャ猫サイド。なのでまたしてもアリス達が出ていません。


序章が思ったより長かったな……

かちかちと部屋の壁にかけられた時計が時を刻む。



部屋の奥に置かれた机につき、本を読んでいた男がゆっくりと顔を上げ、時計を見る。



白銀の髪。深緑色の瞳。病人と言っていいほどの白い顔色に男にしては華奢な体。



服は装飾のついた豪華な物を着ていたが、細いせいか、その服は少し大きめに見える。



時計を見て、今の時刻を確認するとその顔が徐々に不安そうなものへと変わる。



未だに帰らない飼い猫の身に何かあったのではと危惧しているのだろうか?



そう思うとチェシャ猫の口元に自然と笑みが浮かんだ。



「そんな所で一人でほうけてどうしたの?」



声をかけると慌てて旦那様がこっちの方に顔を向ける。



最初のうちは驚いたようにこっちを見ていたけど、すぐに穏やかな笑顔が顔に浮かぶ。



「いつからそこにいたんだい?」



「いつからだと思う?」



床に山積みになった本を崩さないように注意しながら旦那様のもとへと移動する。



「ノックされた覚えがないんだが?」



そんなもの僕はしてないんだから聞こえなくて当然だ。



「窓から入ってきたからね」



ドアはノックするけど窓はしないでしょう?



そう言ったら、旦那様がくすりと笑う。



「全く、うちの猫はどうやらしつけがなっていないようだな」




そんな事ないよ。



「誰かさんが甘やかすからいけないんだ」



「私のせいかい?」



「そんな事は言ってないよ」



僕が旦那様を責めるわけがない。



旦那様の目の前までやって来ると旦那様が僕の腕を見て、あっと声を上げる。



「怪我をしたのかい?」



「ちょっと転んじゃってね」



ここに来る前に手当てをしてきて正解だったな。



もしも帽子屋さんに撃たれたと知ったら、旦那様は今以上に心配そうな顔をしたに違いない。



「大したことないよ」



これは本当だ。どこかを撃たれるなんて僕にしてみたらよくある事だ。別に大した事じゃない。




それでも旦那様は心配そうに巻かれた包帯を見つめる。



僕はわざと気づかないふりをして、いかにも何でもないような態度で、机の上に山積みにされた本を一冊手にとってパラパラとめくる。



見ただけで頭が痛くなるような文字の羅列にすぐさま本を閉じて、もとの場所に戻す。



旦那様の読む本はどれも内容が難しく、僕にはとうてい理解できるものじゃない。



部屋の本棚は既にいっぱいで部屋じゅうに本が溢れ、しまいには床まで占領している有り様だ。



昔から旦那様は本を読む事が好きな人ではあったけど、一日中暗い部屋に閉じこもり、本を読んでいるような人ではなかった。




それしかやる事がないのか。はたまたそうする事でしか正気を保てないのか。



どちらにしても僕としてはそれをあまりいい事だとは思わない。



そっと手を伸ばし、旦那様が手に持っていた読みかけの本を取り上げる。



旦那様は少し困惑したような顔をしたけど抵抗もせず、本を簡単に手放す。



「こんな小難しい本をよく読むよね」



タイトルを見るだけでもう頭が痛い。



「読めば何でも面白いさ。エルはもう少し本を読んだ方がいいかもしれないね」



「旦那様は読み過ぎだよ」



机の上に本を少し乱暴にほおる。



そのまま空いた手を旦那様の腰に回す。



子供みたいに抱きつけば、旦那様は驚いたような顔をしつつも、優しく頭を撫でてくれる。



「エル、どうしたんだい?」



「別に、何でもないよ」



ただこうしたいだけ。



旦那様は不思議そうに首を傾げながらも、離れろとも言わないし、嫌な顔もしない。



だから僕はついつい調子にのって、甘えてしまう。



「エル?」



「今日ね……アリスに会ってきたよ」



旦那様の手が止まる。



「アリス? 新しいアリスが来たのかい?」



「だいぶ前からね。今回は何故かアリスがいたのに白ウサギが気づかなかったんだ」



「白ウサギが気づかなかった? 何故? 白ウサギは毎回一番最初にアリスに気づいていたじゃないか」




そうだ。今までなら白ウサギがアリスに真っ先に気づいて、会いに行っていたはずだ。



それなのにそうならなかったということは……



「やっぱり今回のアリスは特別なのかもね」



新しいアリスは特別かもしれない。



しかし旦那様はそんな事実を気にしたりせず、アリスの心配をしだす。



「アリスは大丈夫なのかい? もうゲームは始まっているだろう?」



本当に心配そうな声。



さすがは旦那様というか、お人好しというか。



会った事もないアリスの心配をするなんて、つくづく旦那様は本当に優しい人だと思う。



その優しさが僕はすごく好きだけど、同時にそれがこの世界では命取りになる。




「さあね? どうだろうね?」



わざと意地悪な答え方をする。



旦那様はそれを責めたりせず、ひどく不安げな表情でこちらを見てくる。



あ……



失敗したな。



僕はそういう旦那様の表情に弱いんだ。



「ねえ、新しいアリスがそんなに心配? 何だったら連れて来てあげようか?」



「え?」



何の考えもなく言った一言だったけど、よくよく考えればそれはなかなかいい提案だ。



そうだ。アリスにここに来てもらおう。



「呼んできてあげるよ」



「できるのかい?」



「旦那様の頼みだったら」



僕は何でもできるよ。



もう一度強く抱きついてからパッと体を離す。



立ち上がり、さっきやってきた窓へと向かう。



「エル!」



旦那様に名前を呼ばれて、僕は笑顔で振り返る。



「何? どうしたの?」



「あっ、その……」



旦那様が何か迷うような表情をする。



どうしたと言うのだろうか?



何かを言おうとしつつも、旦那様は何も言わない。



「大丈夫だよ。新しいアリスはなかなかの変わり者だから話が僕と合うんだ。呼んだらすぐに来てくれるよ」



まあ、そう簡単にあの帽子屋さんが許すとは思わないけど、それはまた別問題。



まあ、何とかなるだろう。



「エル……」




「うん?」



「気をつけて……」


結局旦那様はそれだけ言うと黙り込んでしまった。



旦那様は昔からこうだ。



言いたい事があるなら言えばいいのにそれを言わずに自分の中にしまい込んでしまう。



自分の一言で何かが起こってしまうんじゃないのか。そんな不安を常に抱いてる。



旦那様はひどく臆病な人だ。



でも僕はそんな旦那様が嫌いじゃない。



むしろ……



「行ってきます」



出来るだけ嘘に見えない、自分ができる一番の笑顔を浮かべる。



とは言え、チェシャ猫の僕の笑顔なんて、どうせどれも嘘っぽく見えちゃうんだろうな。




それでも旦那様は少しだけ安心したような笑顔を浮かべてくれた。

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