帰ってきたアリス その11
文章力の無さを痛感する近頃。やっぱり文章を書くのって難しいですね。最近やたらとそう思います。
どこか怯えたような、はたまた泣きそうな顔をして、レノはこちらを見る。
「俺が何を言いたいのか……わかっているだろう?」
その問いかけにレノは答えない。
そっとレノの手を握り、その目を覗き込む。
漆黒の綺麗な瞳が明らかに動揺している。
「最初に出会った時、お前はアリスを求めていた。だから俺はお前が求めるアリスになった。俺はお前のアリスだ。だが、アリスはどうやら俺以外にもいたみたいだな」
一人や二人ではないはずだ。レノは何も言わないがおそらく何人もいたに違いない。
何も言わないレノに構わず、先を続ける。
「お前が言いたくないなら別にいい。無理に問いつめたりはしない」
その言葉にレノが驚いたような顔をする。
「いいのか?」
「無理に聞いても、どうせお前は何も言わないだろう?」
レノが視線を気まずげにそらす。
本当に言わない気か。
レノは一度こうと決めるとなかなかそれを人に譲らない。
その口を割らせるのはおそらく至難のわさだろう。
まあ、いいさ。
わざわざレノに聞かなくても、他にあてがある。
そっと手を伸ばし、柔らかな頬に触れる。
そのままできるだけ優しく、そらされた視線をこちらに向けさせる。
「別に深くはお前に聞かない。だから、一つだけ、これだけは答えてくれ」
向けられる怯えた視線。それを真っすぐと見つめ返す。
「俺以外にお前のアリスになった奴はいたのか?」
レノの目がゆっくりと見開かれる。
わかっていた。最初からレノが俺ではない、何かを求めていると。
俺を通して、別の誰かを見ていると知っていた。わかっていた。
それでも別に俺は構わなかった。
誰かの代わりでもいい。お前が望むなら俺はお前のアリスだ。
だから教えてくれ。
俺の他に誰かがお前のそばにいたのか。俺じゃない誰かがその隣にいたのか。
それだけでいい。俺に教えてくれ。
そうしなければ自分の内に潜む黒い感情が表に出てしまうかもしれない。
それだけは駄目だ。
不意にレノの腕が伸びる。そのまま、その腕が俺の首に回され、抱きしめられる。
たったそれだけで自分の中で渦巻いていた黒い感情が消える。
暖かな温もり。柔らかな感触。
甘いにおいが微かに香る。
「昔な、一人の女の子がいたんだ」
まるで小さな子供におとぎ話を聞かせるようにレノが語りだす。
「とても優しい、可愛いらしい、小さな女の子。何でだろうな。その子には不思議な魅力があって、誰もがあの子を好きになった」
もちろんそっちの意味じゃないからな。小さくレノがそう付け足す。
「何だでだろうな。変わった子で、何でかみんなしてあの子の気をひきたくて、躍起になって、誰かがあの子といるだけで羨ましくさえ思えて……」
なるほど、それがアリスか。
この国の住人達がもっとも求めている存在。
レノはふっと笑う。その顔が心なしか寂しげに見えた。
「ある日な、その子が何の前ぶれもなく、突然いなくなったんだ」
「いなくなった?」
何故?
レノは小さく首を振る。
「わかんねえよ。ある日、突然、俺達の前からあの子は消えた。俺達は必死になってあの子を探したがとうとう見つける事ができなかった」
アリスが消えた。
「あの子はみんなのものだったんだ。みんなみんなあの子を欲しがっていたけどみんな我慢していた。それなのに、あの子はいなくなっちまった」
聞こえてくる声が徐々にか細く、震える。
ゆっくりと抱き返し、あやすようにその震える背中をさすってやる。
「誰かが言ったんだ。誰かがアリスを一人じめにしたんじゃないかって」
何の根拠もない一言。しかし、一人が言い出したらそれは一気に周りに広まる。
「そっからはあれだ。みんなして会うたびに切り合ったり、撃ち合ったり、そんなのが続いてある日どこからかまた女の子がやってきた」
そしてその少女は自分をアリスだと名乗った。
それが2人目のアリス。
「最初のうちは良かった。みんなあの子が帰ってきたと思って、喜んでた」
アリスの代わりが現れた。これで何もかも元通りになる。
「バカみたいだな」
例えどんなに似てようとその子は最初のアリスではないのに。
代わりは所詮は代わり。いつまでたっても代わりでしかない。
「ああ、バカみたいだろう? それに俺達も気づいてそれからみんな可笑しくなっていったんだ」
本当に欲しいのはただ一人。偽物なんかじゃない、本物のアリス。
それが欲しい。
醜い欲求がふくれ上がり、やがてそれが押さえ込む事ができなくなってくる。
「それでゲームか……」
本物のアリスを見つけるために始まったそれ。
やがてルールはより厳しく、残酷なものとなり、こんな恐ろしいゲームが出来上がった。
本物じゃなければこの国にいる必要がない。本物じゃないアリスなんか死んでも構わない。
そうやって何人ものアリスが死んでいったのだろう。
そっとレノが少し離れ、俺の顔を見る。
「俺は……お前が例え本物のアリスじゃなくてもいいんだ。お前が俺だけのアリスなら、それでいい。お前はやっと手に入れた……俺だけのアリスだ……」
幸せそうに微笑むレノ。
その顔に俺は何も言えず、静かに見返す。
「お前だけだ。お前だけが……俺のアリスだ……」
それはどうしても聞いておきたかった一言。
その言葉に思わず口元が緩む。
俺だけのアリスか。
何の根拠もない。単なる言葉。もしかしたらレノは俺にまだ何か嘘をついてるかもしれない。
それでもいい。一番大事な事が聞けた。
「全く……面倒な事になったもんだ……」
レノは本物のアリスにならなくてもいいと言ったが、自分が生きて、そばに居続けるには本物のアリスになるしか道がない。
「なあ……怒ってるか?」
何がなんて聞かなくてもわかる。
「怒ってるように見えるか?」
「アリスはいつだって怒ってるように見える……」
それはつまり普段から目つきが悪いと言いたいのか?
目つきが悪くて、悪かったな。生まれつきなんだからしょうがないだろう。
別に怒っている訳じゃない。むしろ機嫌は良い方だ。
「アリス……俺は……俺はな……別に隠してた訳じゃ……ただ……」
必死に言葉を繋ごうとするレノを見て、ため息をつく。
俺はやはりこいつに甘い。レノの頭をくしゃり撫で、もういいと言ってやる。
レノは泣きそうな顔をしながら、こっちを見る。
俺はそれに仕方なく笑ってやり、ぐしゃぐしゃとわざと髪が跳ねるぐらいに大きく撫でてやる。
「アリス……?」
「レノ、もう俺は疲れた。一回寝るからな」
レノの頭から手を遠ざける。
それをレノは名残惜しそうに見つめる。
部屋の扉まで向かってから、ゆっくりと振り返る。
どうしたらいいかわからず立ち尽くしているレノと目があう。
本当にしょうがない奴だ。
「何してるんだ? 早く来い」
行ってもいいの? レノの目が不安げにそう尋ねてくる。
本当にバカな奴だ。今さら遠慮してどうするんだよ。
「約束しただろう?」
きょとんとするレノににやりとした笑みを浮かべてやる。
「約束どおり、甘やかしてやる」
俺からそんな事を言い出すなんてめったにない事だぞ?
扉に向き直り、さっさと部屋を後にする。
すぐに騒がしい足音がして、後ろから勢いよく抱きつかれる。
衝撃で体が大きくよろめく。
いつもなら文句の一つや二つ言うところだが、今日は仕方ないと思い、開きかけた口を閉じる。
その場しのぎとはいえ、約束してしまったのは自分だ。
しょうがないから、今日だけは甘やかしてやる。
後ろから回されたレノ腕をつかむとそれを持ち上げ、手の甲にそっとキスをした。