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帰ってきたアリス その9

何だかんだ言ってても結局のところ、アリスは帽子屋にスッゴく弱いのです。

俺とレノのやりとりを見て、チェシャ猫がくすくすと笑う。



急に妙なこそばゆさを感じ、レノから視線をそらす。



また相手のペースにのせられてしまった。



いつもの事だが、どうもレノと話していると調子が狂う。



「何、笑ってんだよ!?」



俺と話していた時とは打って変わり、不機嫌そうな顔をしてレノがチェシャ猫を睨む。



それにチェシャ猫はやはり笑顔で答える。



「いやいや、帽子屋さんとアリスって仲いいなと思って……」



「当たり前だ! アリスと俺は仲いいに決まってるだろう? なにせ恋人だからな!」




自信満々にそう言うレノに思わず苦笑する。



本当にしょうがない奴だ。



「あはは、恋人か。でも帽子屋さんも気をつけないと、すぐに誰かにアリスをとられちゃうよ?」



レノの表情が一瞬にして強張る。それを見てチェシャ猫はにやりと意地悪く笑う。



「みんなみんなアリスが好きだからさ、油断してればすぐにとられちゃうよ。そうでしょう? 帽子屋さん」



「あのな……」



くだらない事を言うチェシャ猫を睨みつけて、黙らせる。



そっと一人固まっているレノの肩に手を回し、自分の方に引き寄せる。



レノが驚いたような顔をしてこちらを見る。



当たり前か。俺からこんな事をする事はめったにないからな。



「お前なあ、あんまりこいつで遊ぶなよ」



ただでさえ単純な奴なのだ。相手のたった一言によって簡単に迷い、不安になってしまう。



「ごめんね。僕だってからかって言ってる訳じゃないんだ。これはアリスにとって大事な事だから言ってるんだよ」



俺にとってそのどこが大事なんだか、訳がわからない。



「今回だって帽子屋さんのせいで怪我したしさあ」



「これは……レノのせいじゃない」



むしろお前のせいだろうが。



しかしそう言うよりも前にチェシャ猫が答える。



「帽子屋さんのせいだよ。帽子屋さんがいけないんだよ。大事なアリスから少しでも目を離した帽子屋さんがいけないんだよ」



チェシャ猫が笑う。やはりいけ好かない奴だ。俺はこいつがどうしても好きになれない。



「だからアリスは怪我したんだよ。帽子屋さんがちゃんと見てなかったから、帽子屋さんがちゃんと守ってなかったからアリスは怪我をしたんだよ」



レノの体が僅かに震える。ちらりと顔を見れば、顔色がほぼ蒼白に近いほど悪い。



「帽子屋さんのせいでいつかアリスも他のアリスみたいに死んじゃうよ?」




レノの手がぎゅうと俺の服をつかみ、すがりつく。



単なる戯言。しかも、ものすごいこじつけなそれにここまで怯えなくてもいいだろう。それなのにレノは必死に俺にすがりつき、離れない。



全く、本当にろくな事をしない猫だ。



「ねえ、アリス。帽子屋さんをやめて僕にしない?」



チェシャ猫が怯えるレノを面白そうに見つめたまま言う。



「僕ならアリスに怪我なんかさせないよ。ずっと目をはなさないし、一人にもしない。帽子屋さんほど独占欲も強くないし一緒にいてスッゴく楽だと思うよ? どう?」



チェシャ猫の目が僅かに変化する。細めれた目が真っすぐとこっちを見る。



あながち冗談で言ってる訳ではないらしい。



「ア、リス……」




レノが不安げに名前を呼ぶ。その声はすでに涙声で、おそらくもう少しすればレノは耐えきれずに泣き出してしまうだろう。



本当に面倒くさい事になったもんだ。



「お前なら俺を守れるって言うのか?」



「もちろん、僕はチェシャ猫だからね」



何でチェシャ猫だからが理由なんだよ。意味がわからない。



「確かにチェシャ猫様は強そうだな」



「……っ!?」



皮肉を言ったのだが、何を勘違いしたのかレノは息を呑み、恐る恐る俺の顔を覗いてくる。



何をそんなに怯えてるんだか。



小さくため息をつくと何を思ったのかレノの瞳から涙が溢れ出す。




「アリ、ス……っ、やだぁ……アリスは……俺、のだ……」



いい年した大人がぐずぐずと泣きながらそんな事を言う。



全く、本当にバカな奴だ。今さら俺が他の奴を選ぶはずがないのに。



「本当にしょうがない奴だな」



震える体を優しく抱き寄せて、あやしながらチェシャ猫に笑いかける。



「悪いな。こんな可愛い奴を一人にする気なんか俺にはさらさらない」



それを聞いてレノがぴくりと反応する。上目遣いでじっと見つめられれば俺の方がお手上げだ。



怪我していない方の手をレノの手に滑りこませ、手を繋いでやる。



それだけで涙が止まり、レノの目が輝く。




「それに俺は守られて満足するようなたちじゃないんだ」



チェシャ猫はしばらくきょとんとしてこちらを見ていたが、やがてまたいつもの笑顔を浮かべる。



「あははっ。やっぱり今度のアリスは変わってるね。スッゴく面白い」



「それはどーも」



チェシャ猫に背を向けるとレノの手を引く。



「アリス……」



「帰るぞ。もう俺は疲れた」



指を絡め直し、さっきよりも強く握ってやれば、すぐにそれ以上の力で握り返される。



「うん!」



やはり単純だ。すっかり元気になったレノが笑顔で隣に並んだ。

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