その聖女は過去最弱の聖女と呼ばれている――が。
「聖女エレイン! お前には失望した!」
学園の卒業式。
その式の最中にこの国の王子がとんでもないことを言い出した。
お付きを何人も従え、金糸の刺繍をされた清楚ながら豪奢な白いドレスを着た、ほっそりとした娘に対して。
お前如きが、と。
聖女を指差して。
「お前は聖女の地位をひけらかし、こちらにいる侯爵令嬢であるマルガリタに酷い言葉を投げかけているらしいな!」
王子は傍らにひとりの女性を伴っていた。それは王子と恋仲であるという侯爵家の末娘。
この学園において、王子と侯爵令嬢は恋人同士であると――誰もが知っていた。それが彼らが隠れることなく、むしろ悲恋に酔いしれて大袈裟に嘆く姿をみせていたからだ。
まわりからの忠告も聞かないで。
侯爵令嬢は王家の縁戚でもあり、王子とは幼なじみでもあった。
彼らは幼い頃からの仲。
それが恋心に変わったのはつい最近であったが。
聖女が現れたことにより、ふたりは引き裂かれたと思っていた。聖女が現れなければ、自分たちはきっと誰しもに祝福されて結ばれていただろう、と。
そう――聖女の婚約者として、この自分、王の子であるクレイグが選ばれたのだ、と……。
むしろそうでなければ、恋心になっただろうか。立ち塞がる壁があるからこそ、逆に燃えてしまった想いなのではないだろうか。それは今となってはわからないが。
もちろんそれは、様々な政治的な話し合いがなされたからで――そう、王はきちんと、クレイグの母に話したのだ。
「私はあの聖女と婚姻しなければならない定めなのだ……あの平民出でありながら、高慢な……」
聖女は学園に現れるのも、まれ。もし出席したとしても午前中、もしくは数時間で帰宅してしまう。彼女の世話人として神殿から付けられているのか、何人も引き連れて通学してくるから、クラスにいる生徒たちも大変だろうとクレイグは同情していた。クラスメイトたちは尋ねられたら決してそんなことはと、こたえただろうが。
しかしクレイグにはその姿が、行動が、高慢に見えていた。
好きなときにだけ。好きな授業だけ。
そんな出席態度も聖女だから許されるなど。
……王族の自分にも許されやしないのに。
それは彼の嫉妬ややっかみからの。王族の自分にもそんな特別扱いを、何故しない? してくれない?
「お可哀想なクレイグさま……あの方は聖女であるからと、わたくしにも酷い言葉を……」
「なんと……!」
「王子と婚姻するのはわたしだから、お前が如きが近づくなと、きつく、恐ろしい声で……!」
だというのに聖女はわざわざ嫌味を言いにくるとマルガリタはクレイグに訴えていた。
――マルガリタが聖女に何度も話している。それは実のところよくみかけられた。しかし即座に、すぐに帰宅してしまう聖女のお付きのものたちに、遮るようにされている姿も。
「わたくしは、クレイグさまとのことを、聖女さまにお話しを聞いていただきたいだけなのに……」
「なんて健気なのだ、マルガリタ……」
それを今、王子は聖女に問い糾す。
罪を自覚していないのならば、婚約者としての最後の情けで自分が正すまで。
卒業式の最中ならば逃げられまい。
これから聖女の儀式が行われるところなのだから。
そのために壇上に上がっている三人の生徒たちの刺すような視線を、王子は気がつかない。お前、何邪魔してんの、という。
「貴様など本来は平民ではないか! だというのに侯爵令嬢であるマルガリタに不敬である!」
聖女エレインは確かに平民の出身。
だがしかし、地位は高い。
この国において、王族とほぼ同じく。
同じくではあるが、王族に対すれば膝をつかねばならぬのはやはり彼女の方。暗黙のあれこれのしがらみ。
「そもそも貴様が聖女というのも疑わしいのであろう!? 何だ、幸運とは!? そんな詐欺のような能力、何の役にもたたん!」
――そう、王子が聖女を下に見るには理由があった。
聖女エレインは、過去最弱の聖女と呼ばれていた。
恩寵は「幸運」。
彼女の祈りにより、相手は幸運、幸福を得るというが――。
「しかも! たった三人! 三人だけにしか与えられない恩寵とはなんだ!?」
たったの三人だけ。それで限界だとは。
他国には恩寵により雨を降らせたりと、天候すら操れる聖女がいるというのに。
これだから最弱の聖女と呼ばれるのだ。他国からも馬鹿にされているに違いない。
聖女の恩寵は、年に二度、こうして与えられる。
一度はこうして卒業式にて。
この国の学園にて、卒業試験の上位三名までの成績優秀者たちに。それを目当てに日々学業を頑張るものも多い。
聖女の恩寵を卒業試験の褒美にした王家の目論見とおり。より良き人材育成。それこそ国の助けに。
もう一つは新年の言祝ぎにて。
国全体の幸福を祈るという。
それは小さくても、皆が、幸せでありますようにと。
本当に広く浅く、薄らと。ちょっとした幸福だけど。国民全員にはそれが限界。
正しくは二度ではなく、王家の祝い事などに、聖女の祝福としたパフォーマンスを行われたりすることも、ときにはある。
祝い事ならば、と。国民にもお裾分けを、と。
三年ほど前の、王太子の結婚式とか。
一昨年に、他国に嫁がれる姫の出立のための宴とか。
しかし、幸福など。
――それは目に見えないもの。
「お前なぞを王族に加えるなど許しがたい! 婚姻しない! 婚約破棄だ!」
静まり返る式場。
皆が、聖女の返事をまった。
「……あんのぉ、今夜食うはきって、なんだすべ?」
そして聖女もまた問いかけた。
今夜食うはきとはなんだろ、と。
故郷の訛りのままに。
そう――まさに平民出といわれるままに。
この世界には聖女がいる。
それは神により愛された存在とも。
聖女には神により特別な力を与えられる。「恩寵」と言われているそれは、聖女ごとに違う力を。
この国の聖女が神により与えられたのは「幸運」。
それはあるかないか解らない力。
目に見えるものではないから。
だけれども、彼女が聖女で在ることは紛れもなく。
聖女がつつがなく過ごされていることが大事なのだ。その能力の如何関わらず。
何故ならば、聖女がいるだけで国は平穏であるからだ。
聖女が無事でいることで、神のお力が国を護るとも言われている――それが本当の聖女の存在理由。
聖女は神へと国の有様を映す存在なのだから。
「――そなたら、聖女さまがきついお言葉を投げたと言ったな?」
キョトンとしている空気に鞭を入れるように、王子たちに問いかけたのは聖女さまのお付きの女官。
「聖女さまはこのようにおっとりとしたお方。そして心優しきお方」
そんなことは「絶対に無い」と女官が言い切った。
そもそも訛りが酷いし、おっとりとしたしゃべり方しかできないから、お付きのひとたちが対応しているのは、なんか、こう……内緒。
聖女さまも、恥ずかしがってるし。
「で、ですが……」
「そもそも、我ら世話役が常にお側に侍っておる。そなたと話された事など、無い」
実際、強引に聖女に話しかけようとしてくるマルガリタを遮るようにしていたのは、こちらの世話役の女性たちである。きつい物言いをしたことはあるが、この甘やかされた侯爵家の末娘に対して常識を告げていただけである。
「ぶ、無礼な! わたくしは侯爵家の……」
マルガリタは自分の嘘を明らかされ、逃げ道として女官の口調や態度に憤慨することにした。身分を盾にしようと。クレイグもはっとして「不敬だぞ!」と叫ぶ。
――しかし。
「わたくしは王族ぞ?」
その初老女性は、明らかに彼らよりも威厳があった。身分に相応しく。
「わたくしは王の伯母ぞ?」
つまり、クレイグにとっては大伯母になる。
「な、え……?」
「ちなみにこちらの神官騎士殿はハーバリア公爵家御当主の弟君である」
聖女の護衛を兼ねる神官騎士は、そちらもまた、王家に連なる家系の。
そして何より。聖女の側に控え、侍女をしていたのは。
「わたくしはそなたの腹違いの姉ですよ? そなたは妾の子とはいえ、会ったことはありましてよ?」
地味な神官の服だから気がつかなった――気がついていなかった。それほど、彼らは田舎の平民聖女に仕えているものと見下していて。
そこにいたのは王子の姉――つまり、王女。
「パトリシア王女」
――正妃腹の正統な。
「たかが妾の子と、同じく側妃の娘が下賜された侯爵家如きの娘に、無礼と言われてもな?」
神殿は、王家と密な関係にある。
それはこの世界が神の慈悲によりあると、良く理解している国だからだ。
王家は決して神殿を――神をないがしろにはしていないと、名実にするために。
そのために、王家からも神官を出すことにしていた。
そして久しぶりに現れて下さった聖女の存在により、さらに。
聖女を守るため――田舎の平民と、このように勘違いをするものたちから守るため、身分あるものたちで周りを囲ったのだ。
それが正しかったと――情けなくもそうした王族側から明らかになってしまったと、女官であるウルピナ王女はため息をついた。
「だから早くクレイグも神官にしろと、あの子に言ったのに……」
あの子、つまり甥。つまり――王。
「いえ、大伯母さま。父は何度も妾に言っておりましたわ。愚弟を聖女さまに仕える神官にするか、どうするのか早く決めさせろと」
「……まぁ」
パトリシア王女はクレイグに怒っていた。弟は進路をいつまでも決めずに、幼なじみの同じく問題児な娘とふらふらと。いちゃいちゃと。王族としての覚悟も足らない振る舞い。
そろそろ彼女の堪忍袋の緒が切れるところ――弟の勘違いも同じタイミングとは。
「そもそも、どうして聖女さまと婚約していたと誤解を……」
神官たちの……大伯母と姉の話にクレイグはついていけていない。
「あ、私が、神官……?」
婚約者では?
「そなたはいったい、誰からそのような話を?」
「え、だって母さまもお祖父さまも……」
ああ……――と神官の王族たちが眉をひそめてため息をついた。
クレイグの生まれはいっそ哀れでもある。
クレイグの母は――妾だ。
彼女は男爵令嬢でありながら、王に恋をした。
身分違いの憧れを。
かつて王が学園に通っているときに、一つ年下の彼女も在籍していた。
そこで彼女は、先輩であった王に一目惚れをした。
確かに王は美姫であった王太后ゆずりの美形であり、子であるこのクレイグもまた美男子であろうか。
王は長く婚約者であった公爵令嬢と愛を育んでいて、彼女の入り込む隙など無かった。
――はずだった。
その頃、この国は冷夏やまた長引いた冬により作物の不作が起きていた。
長い不作により、他国に食べ物を買い付けに、借金もかさみ。
そこに――隙が。
男爵は、元は商売により貴族位を買ったほどの財をもっていた。
そして娘の恋により――欲も、野心ももった。
男爵は困窮していた王家に――国に。
王が娘を娶るなら、金を出す、と。
男爵令嬢は望みとおり王の妾になり――それでも王の第一の愛は変わらなく正妃にある。
かつて学園にて憧れていた方を助けたい――そんな淡い想いは、いつしか大人の愛憎に深く染まっていた。
もちろん、助けになってくれた男爵家を王も王妃もないがしろにはしてはいなかった。
男爵家は伯爵に位を上げて。
男爵令嬢とて、ちゃんとそのように大事に扱った。
ただ、男爵令嬢が望んだのは――王に妾としてではなく、愛を囁かれ、抱きしめられ、皆の前で一番にされることだった。
けれども王の愛は正妃にある。
それは仕方が無いことだ。誰もが彼女はその覚悟で妾になったのだと思っていた。そのためにわざわざ金で。
違ったのだ。
彼女は憧れを、夢を、見ていた。
覚悟は皆とは違ったのだ――方向が。
その夢の欠片が叶い、王に抱かれて――夢は、王に正妃と同じく。いや、別れて自分を王妃にして愛してくれるはずだった。
それが「話が違う」と王を独占したいと騒ぎ出した妾を。彼女の望みは「王妃になること」であったと、皆が気がついて――腫れ物に触るような扱いになっていったのは仕方がないだろう。
そもそも男爵令嬢――しかも商人が貴族位を買ったばかりの――では、王妃になれるはずもなく。側妃にすら。
だから。
「あなたは聖女さまを娶るのよ?」
王に「聖女さまに仕えるかどうするか」と、子の将来のことを案じられた彼女は。王の子である自分の子が。まさかただの「神官となるか」と話されているとは思いもしなかったのだ。
たかが妾の子が。
それでも王の子として、皆には――国を助けてくれた今は伯爵の孫だからと、それなりに大事にはされていたのに。
クレイグがもし神官にならないのなら、祖父である伯爵の家を与えるかと、王たちは考えていた。
まさかその祖父も娘から話を聞いて、本気で「聖女の婚約者」と思っていたとは。
商売により貴族になった彼は、ようやく貴族の世界を解ってはきたが。自分の孫がまさか「聖女さまの相手」に選ばれるなどと――むしろ恐れ多いが光栄で。それだけ孫が優秀なのかと……。
伯爵は後に話を聞いて――自分のその勘違いはさすがに、と反省した。その頃には娘が王妃になりたかったということにも、顔を青くしていた。そこまで大きな野心ではなく、せいぜいさらに高位貴族との販路を広げるくらいだったから。
その結果が今――クレイグのこの状況だ。だから彼女は正妃には到底なれるはずがなく。
侯爵家は、そんな裕福な男爵――伯爵に、擦り寄っていたという関係だ。伯爵は妾となる娘の後見人になってくれた侯爵家に感謝し。高位貴族の仕来りを代わりに侯爵家に習っていたが、それは後に――今、裏目にでた。
だからマルガリタはクレイグと出会ってしまった。幼なじみと一応呼べる関係だ。
過去に曾祖母が、身分低い側妃腹の王女でも下賜された家格なことだけを誇りに思っていれば良かったものを。
「し、しかし、聖女エレインが傲慢であったことは間違いないだろ――でしょう!?」
そこで己の母の勘違いに。己の思い上がりに反省し、謝っていたら、彼にはまた違う未来があったろうか。
クレイグは自分の話のすべてが間違いでは無かったと、そこに縋ることにした。
「聖女がたまにしか、好きなときしか授業を受けないなどと――」
「仕方ないでしょう。お身体が弱いんだから」
「……はい?」
聖女エレインはたまにしか、しかも午前中のわずかな時間しか授業を受けないのは。
正しくは、わずかな時間しか授業を受けられない、であるのだ。
「聖女エレインはお身体が弱い」
過去最弱と呼ばれるほどに。
だからこんなにもほっそいのだと、その場にいた皆は納得した。
すぐに熱が出るし、咳も出る。好き嫌いは少ないが、熱が出てると胃が食べ物を受け付けない。
それは彼女が田舎にいたころから。
家族も田舎の友人たちも、皆。彼女が聖女になれば、都会で最新の医療が受けられると――期待して送り出した。
しかしやはり王都の空気と水が合わない。田舎にいた頃よりは多少は豊富な食べ物や、高価な薬で健康になれたかもだが。
聖女というお役目上、警護の問題もあるしやはり王都にいてほしい。
……が。
さすがにそろそろ神殿ごと空気がきれいな田舎に引っ越しますかと、ウルピナたちが計画案を出しているところだ。聖女のお役目は引き続き年一くらいにして。
「そ、そんなのが授業を受けに来たら迷惑だろう!? 安静にしてろよ! なぁ!?」
クレイグは聖女のクラスのものたちに問いかけた。彼らを自分が代弁しているのだと――。
「ふざくるんじゃねぇ!」
「テメっ! エレちゃんに学園さ来るなつったか!?」
「オラたつだってエレインに会いたいベ!」
三人の若者たちが立ち上がった。いや、彼らを中心として聖女のクラスメイトたちが。
「我らも聖女さまがともに授業を受けることを、迷惑とは思ったことありません」
「学びたいことの邪魔は誰にもできません。尊きことです!」
「偉いじゃないですか。勉強したいって」
「聖女さまは宿題を忘れたことだってない!」
彼らは聖女が身体が弱いながらもしっかりと教科書を持ち帰り、読み込み、課題をこなしているのを知っている。確かにはじめは迷惑と思ったこともあったが、頑張りは伝わるのだ。
「みんなぁ……」
それを見て聖女も涙ぐむ。
それにはじめに立ち上がった三人は。
彼らは聖女エレインの幼なじみ。
田舎で暮らしていた四人は、身体が弱いエレインを守りながら、仲良く育っていた。
エレインを末っ子に、一番に力持ちでリーダー格のジャン。賢くまとめ役なミゲル。そして判断力がありエレインを実の妹のように思っているララ。ジャンとララは双子でもある。
けれどそんな田舎暮らしのある日、エレインが聖女であると判明した。
エレインのために――都会の方が良いお薬があるかもしんねぇ。聖女さまになったら大事にしてもらえる。そう彼らも、大人たちの説得に頷いた。エレインの親ですら泣きながら送り出すことを選んだのだから。
しかし。
彼らはまた、頑張った。
仲間をひとりぽっちにしておけるもんか。
田舎の神殿に駆け込み、伝手を作りまくって。そして勉強を教えてもらって、神官騎士に鍛えてもらって。
何と三人して王都の学園の入学試験に挑み乗り込み、合格したのだ。学費は村の皆がカンパしてくれたから、いつか、必ず村に返すと約束を。
俺たち、聖女になったエレインの役に立つからな、と。
エレインの親が一番彼らに感謝をしていた。親御さんが聖女に逢いたい時の旅費として使うようにと渡されていた金を全額、彼らの学費にあてたのだ。自分たちの一時の幸せより、娘を思ってくれる友たちに。それもまた、先を見れば娘のため。
聖女さまの幼なじみぞと、神殿からの推薦も少しはあったが、それが関係ないほど彼らの頑張りもすごかった。大事な仲間のためならえんやこら。慣れない都会生活も。何せ一番頑張っているのはエレインだ。
彼らをみていたら、クラスメイトも団結するというもの。一生懸命頑張るものをみていたら応援したくなるというもの。自分も姿勢を正したくなるというもの。まっすぐに顔を上げて。
実は平民クラスだが、彼らによって田舎者や平民にも実力あるものがいるぞと、国が考えをまた良い方に進めるのは、それはまた後の話し。
ジャンは聖女を守る神官騎士を目指し。
ミゲルは神官そのものを目指し。
ララは女官を、一番近くにいられる侍女を目指し。
俺たちの妹を守るだよ。
ウルピナは田舎に聖女を迎えに行ったときの、仲良く――俺たちも絶対におめぇを守りに行くからなと、誓っていた子たちが、まさか本当に王都に来たことに驚いたのを思い出す。
聖女さまが無理をしてでも学園に通いたいのは、彼らに逢いたいのもあるだろう。
それが生きる気力になっている。
苦い薬も頑張って飲むし、食事の量も増えた。
ありがたいことだ。
それにエレインの力は――恩寵は、実のところ、とんでもない。
幸運。
それにより、国は救われた。
貧しいこの国が。
例えば……今、壇上で待つ三人だ。
「隣の大陸にある大学に進学したいです。間にある難所である海峡を、どうか無事に」
最優秀者である彼は、さらに学んで国の役に立ちたいと、隣にある大陸に渡ることを目指していた。しかし船でしか行けないうえに危険な海峡がある。
船乗りたちも渋る難所だが、聖女の祝福持ちが同船するとあれば船を出しても良いとギルドに言われて。
「新薬を開発するために、どうしても必要な植物を採取しにいきたいのです」
どうしても必要な植物。それを見つけることができたらどれほどの人が助かるか。そのためにも確率を上げたい。
「私ではなく、身体が弱い妹に。手術が成功するように」
彼はなんと、大事な家族のために祝福を受けたいと頑張ってきたのだ。
三人目の願いに、同じく身体が弱い聖女は手術前に必ずと、固く約束をした。
話を聞いて、一人目は大陸の医学を学ぶために海峡を渡るのだと。「新しい医学を必ず国に持ち帰ります」と決意を強めた。
二人目は「まさに自分は副作用の少ない麻酔薬を開発したいのだ」と、三人目の妹さんのような方のためにますます頑張ると聖女の祝福に感謝をして。
それは神による恩寵だ。「幸運」も命がけには、大きな救い。
恩寵を使い、ふらふらと青い顔で倒れた聖女に――一人後回しで二人でも大変なのだと、クレイグがようやく理解した。
彼女の恩寵は――神の域に触れる。
本来の運を上げることは、それほどに。
それは運命の改変。
聖女だから許された御業――本来は神の愛し子にだけに。
他の聖女にもできぬこと。
聖女エレインはそれを他者にも分け与える心優しさがあり。だからそれ故に神も目こぼししているのであろう。
そう――彼女の身体が弱いことはその引き換えなのか。ならば乱用はできないと、神殿も王族も――それでも彼女の優しさと恩寵に縋るしかない、まだまだ弱い国だ。
年に一度しか使えないのかとクレイグのようなものは言う。
年に一度も国全体に使ったら……――。
――そうして、クレイグは聖女に対しての不敬で、遥か極寒の北の神殿に。神官のそのさらに下の下働きとして送られることになった。マルガリタも同じく。
結局は、立場から甘やかされた愚か者たちのやらかしであった。
伯爵への恩で彼を大事にしすぎた大人たちも悪いが、クレイグがしっかりと立場を理解してきちんと授業を受けたりすれば、すべて簡単に解ることばかりだったのだから。大事にされていることに、また、彼も感謝を返していたら……。
マルガリタも彼女が何故に嘘をついたか。それは呆れるほど、幼なじみと同じだった。自分も聖女のように特別扱いされないことが不満だったらしい。いや、クレイグの愚痴を聞く度に、聖女を傲慢だと思い、また話しかける度に遮るお付きのものたちの言葉を、聖女に言われたと思い込むようになったというが……。
聖女が如何に真面目で、授業を受けたくて頑張っているかも。それもまたすぐ解ることであろうに。
彼らは何も問題なく健康で、学費さえ気にせず、授業を受けることができたのだから。どれだけ恵まれた場所にいたことか、それが本当にどれほどありがたいことかを彼らが理解していたら。
祖父である伯爵は、自ら爵位を返上し、娘を引き取り、また平民に戻った。彼に感謝をしていた王たちも、そこまでしかかばえなかった。商会はお咎め無しにそのままであるから、貧しい思いはしないですむようにと。
娘と孫の命を助けてくれただけでもありがたいことだと、彼は理解をしていて。その上商会まで。多少は評判は落ちるだろうが。
こんなことならば、娘の恋を叶えず、身の丈に合う思いをさせるべきだったと、彼は末期にも。娘は終ぞ夢の中。
才能のある商人であったが、年老いた身には最早辛かろう。彼は孫を心配したが北の地には行かなかった。
クレイグたちは、その幼なじみで昔からの愛しい相手と共にいられるのだから良いだろうと皆に言われるが、今まで水桶一つ運んだことがない、甘やかされたものたちだから、察し余り。
二人のことはそのまま、歴史にもなく。
その幼なじみたちのかわり。
後の世に――。
瘴気振りまく魔竜を退治したと、隣の大陸にまで名をはせた剣聖ジャン。
古代魔術を読み解き友人たちを助け、新たな魔術の祖とされる賢者ミゲル。
聖女のもっとも近しい侍女でありながら護衛でもあり、拳聖として兄と名を並べたララ。
彼らの良き先輩。良き友であった王女パトリシアが後の世にそう記すことがある。
彼らの中心には心優しき――史上最強の恩寵を持ちながら、過去最弱と呼ばれた聖女エレインがいたという。
だけど……。
「エレー! 魔猪とったどー! 焼いて食って精つけるだ!」
「そんな血塗れでばっちいのに近よんでねー! 馬鹿兄貴!」
「いや、殴るとララもほら、返り血が……」
「いやぁ、焼き肉、食えっかなぁ……」
今はまだ、学園を卒業したばかり。
皆して空気がきれいな――ど田舎の神殿に引っ越してきたばかりであった。
「聖女エレインと愉快な仲間たち……だめね、そのまんまだわ」
「姫さま、何書いてるべ?」
「……日記よ?」
彼らの冒険はこれからだ!
最弱。しかし、それは体力が。でした。
お正月にお宮参りする、今年一年の家内安全平和祈願などが、少ぅうし、本当になる程度の…ある意味すごい祝福。これが本当になるのが一番大事。でも実は貧しい国だからそれでもありがたすぎた背景。
そして成績優秀ご褒美は、その短期間強化バフなやつ。個人的に運て人生のすごい岐路の一つだと思います。運が良くないと宝くじは当たりませんし。当たりたいし。当たれ。
幼なじみファイヤー!(某ようちえんじくんたちのような)が、書きたくて。良い村で育ちました。因習なんてきっとない。
そう、キーワードは幼なじみ。どちらサイドも。
たまには。まわりがちゃんとしているのに本人がどうしようもなく性根が怠けもので救われない子もいるよな、と。
クレイグくんたちは、ちゃんと授業受けたりまわりの話を聞いていたら、簡単に解ることばかりでした。自業自得。
聖女さまもいっぱいいっぱい頑張っているぞと。
あと、君の母上、ちょっとアレだよ、と…。冒頭を二周してもらうと、誰も彼を婚約者扱いしてないのが、わかるよ…哀しみ…。
さすがに使ったら命があるだけましな力もあるよね、と。人の運命は決められているのかどうか。
それは神さまのお目こぼし。
「いや、さすがに…やばい力付けちゃった…早いとこ回収したいけど、まわりの守りがすごいなぁ…本人も頑張ってるし、もう少しいいかな…」
神に愛されているという聖女の身体が弱いのは……つまりは。それも神のお目こぼし。猶予。