表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

3月12日 父の話

(3)3月12日


 私は今では珍しくなった喫煙者だ。その日は外回りから支店に戻ってきた後、喫煙所に向かっていた。銀行の行員専用出入口は、来客用の出入口とは違って薄暗い。出入口にある警備室にいつも挨拶する警備員の山本がいる。私が山本に「お疲れ様です」と言って出入口から出ようとすると、「副支店長」と山本に呼び止められた。

 私が「どうかしましたか?」と聞くと、山本は「ちょっと相談したいことがありまして、今日の夜時間ありますか?」と言った。


 山本が私に相談することなど今まで一度もない。そもそも、山本は丸の内銀行が契約している警備会社の社員だから、待遇などの面で私が山本の役に立てることはない。だから、支店の部下が私に相談するのとは全く次元が異なる。

 山本は静かな言い方だったが、私に何か重要なことを伝えようとしているようにも思えた。


 私が「夜の7時以降でしたら大丈夫です」と伝えたら、「終わったら電話して下さい。これが私の携帯電話です」と山本からメモを渡された。


 ***


 私の仕事が片付いたのが7時過ぎ、支店を出て山本に電話をしたのが7時10分だった。私が電話をすると、山本は兜町支店から少し離れた飲食店を待ち合わせ場所に指定してきた。その飲食店は茅場町駅を通り過ぎたビルの地下にあり、兜町支店の行員が普段使う店ではない。

 私が店に入ると、先に来ていた山本が私に手を振った。


 私は店員に案内されて席に着くと、飲み物を注文してから「どうしましたか?」と山本に尋ねた。


「実は・・・、安里副支店長のことです」

「安里副支店長がどうかしましたか?」

「昨日の巡回中だったのですが、非常階段のところで安里副支店長が取引先の社長と電話していたのを聞いたのです」

「どういう内容でしたか?」

「会話の内容は、『書類の偽造が宍戸副支店長にバレるところだった』とか『もう振込んでくれたか?』という話でした」


 私が書類の偽造を疑ったのは芝浦興産だから、電話の相手は芝浦興産の村木社長だ。そうすると、安里は改竄した決算書を使って芝浦興産に20億円の融資を実行し、キックバックを受取ったのだろう。

 私がこの不正融資をどう対処すべきか考えていたら、山本は私の前にUSBメモリを差し出した。


「これは?」

「不正の証拠だと思いましたから、安里副支店長の会話を録音しました。携帯電話の録音機能を使いましたから、雑音が混ざっていると思いますが」


 私は「ありがとうございます」と言ってUSBメモリを受取った。

 私が2日前に見た芝浦興産の決算書は、昨日の時点で修正されていたから証拠にはならない。それに、芝浦興産から安里への送金は丸の内銀行以外の銀行口座を利用しているはずだから、私では送金内容を調査できない。

 山本から受け取った録音データは不正融資の事実を示す重要な証拠だ。これを入手できたのは有難い。


 他の行員がこの店に来ないとは限らないから、私はこの場に長居するのは避けた方がいいと考えた。「お会計はこれでお願いします」と言って山本に1万円札を渡して店を出た。


― やっぱりな・・・


 私は以前から安里の良くない噂を聞いていた。金に関わる商売をしているとよくあることだ。今は支店長が休暇中だから支店長権限を代理している私が対応することになる。だが、さすがに若杉に一言も相談せずに支店内の不正の告発するのはまずいだろう。


 ここで一つの疑問が私の中に生まれた。


― 支店長が共犯という可能性はないだろうか?


 安里は6年間も芝浦興産と取引があるが、若杉が兜町支店に赴任してきたのは2年前だ。可能性は高いとは言えないが、共犯の可能性はある。

 もし若杉が安里と共犯であれば、若杉に連絡すると証拠を隠蔽するために私に圧力を掛けてくるだろう。


 私は若杉が安里の共犯の可能性を捨てきれないから、信頼できる同期の望月にも不正融資の件を伝えておこうと考えた。望月は審査部の次長をしている同期だ。お互いに出世が早くないが、私の信頼できる仲間だ。

 私は望月に電話して不正の概要を伝えて、証拠の音声データは行内便で明日送ることにした。


 望月に不正の事実を伝えた後、私は若杉の携帯電話に連絡をした。休暇中ではあるが緊急事態だから許されるだろう。私の電話に出た若杉は、不正の事実を聞いた後、「2日後に出勤するからそれまで公表しないように」と私に言った。若杉が言うには、「支店の管理者として自分が対応しないといけない」とのことだ。支店長が不在の間に不正が行われ、発覚した不正を支店長不在のまま報告されると出世に響くと思ったのだろう。


 私も銀行員だから若杉の気持ちは理解できる。私は若杉に「分かりました」と言って電話を終えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ