道に刻まれた物語、未だ誰も知らない物語
僕は雪が降った日の朝が好きだ。
真っ白な絨毯に刻まれた足跡が、僕にいろんな物語を教えてくれるから。
派手に転んだであろう尻もちの跡がある。
凹凸のない足跡を見るに、まだ大丈夫だと思ってスニーカーで歩いていたのかな。
長靴にしておけば良かった……。
雪の上に座りながら、きっとそう後悔したに違いない。
小さな足跡が縦横無尽に飛び交っている。
新雪に興奮した犬が、大喜びで駆け回ったのかな。
そしてそのすぐ近くにある大きな足跡は、きっと飼い主さんのものだ。
まっすぐに進めていない様子を見るに、だいぶ振り回されたのだろう。
朝から無理やり運動させられて大変だ。
道の端に、かわいい大の字の跡が二つ並んでいる。
登校中の小学生が、一緒に飛び込んだのだろう。
幼いときは僕もやっていたが、歳を重ねるにつれてやらなくなってしまった。
昔はさらけ出しになっていた好奇心は、知らず知らずのうちに積もった恥ずかしさや冷静さといった大人の感情に埋もれてしまったのかもしれない。
あのころの純粋さには、もう会えないのだろうか。
ふと、歩いてきた道を振り返ってみる。
僕らが描いてきた足跡の平行線が、こちらに向かってまっすぐ伸びてきていた。
この足跡は、見た人にいったいどんな物語を連想させるのだろう。
立ち止まった僕に、置いてっちゃうよーと彼女が呼んだ。
ちょっと雪を眺めてた。そう言って彼女の隣に追いつく。
「ねぇ、知ってた? 降ってくる雪を地面に落ちる前に掴むことができると幸せになれるんだよ」
「うーん、それって雪じゃなくて桜の話じゃない?」
「あれ、そうだっけ? まあ要するに、桜とか雪とかどっちでもよくて幸せになれたって思うことが大事ってことよ!」
「強引にいい感じの話でまとめたね」
「せっかく雪が積もったんだし一緒に飛び込もうよ。文字つくってさ。さっき道端に子供が飛び込んだ跡があって、それ見たら昔を思いだしてやりたくなった」
「それ僕も見たけど、でも僕らもう高三だよ?」
「楽しいことに年齢なんて関係ないよ。大きくなったって理由だけでやめちゃうのは悲しいよ」
「まあ、たしかにそのとおりかも。なんか、グッときた……」
「でしょー? ね、一緒にやろうよ」
「……わかった。じゃあ、あそこの雪の壁まで競争! よーい、ドンッ!」
「あ、ズルい! 乗り気じゃなかったくせに!」
なにも刻まれていない、まっさらな雪の道が目の前に続いている。
僕らの物語がこれから先どうなるかなんて、未だ誰も知らない。
でも、こんな幸せな時間が続いたらいいなと、僕はまたひとつ足跡を刻みつけた。
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