私は善意に殺された・短編
「分かってくれるなティアローズ。
カインの治療には異世界から召喚した聖女タチバナコトネ様のお力が必要なのだ」
「承知しております、陛下」
誰も悪くない。
王太子カイン様の母親の身分が低いのは、王妃様に長年子が生まれず、子だくさんの家系なら下位貴族でも構わないとお触れを出し、側室に迎えたから。
私が彼の婚約者に選ばれたのは、カイン様の後ろ盾には高位貴族の力が必要で、たまたま殿下と年が近い高位貴族の子女が私しかいなかったから。
王家と公爵家の婚約は、私が生まれた時から決まっていたようなもの。
陛下のお子様は殿下お一人。
その殿下が十六の誕生日に急な病を発症したのも。
病の治療には異世界から聖女を召喚する必要があったのも。
聖女様がこの世界にはいない黒髪に黒曜石の瞳の美少女だったのも。
殿下の看病をしているうちに聖女様が若く美しい殿下に惹かれ、殿下もまた神秘的な魅力の聖女様に惹かれたのも、ただ偶然が重なっただけ。
惹かれ合う二人を結婚させたい陛下のお心も、聖女様を側室にはできないという議会の判断も全部頭では理解できている。
異世界育ちでこの世界の情勢に疎くこの国の文字も読めない聖女様に、王太子妃の仕事はとてもこなせない。
だから私が殿下の側室になり聖女様の代わりに仕事をしてほしい、という陛下のお考えも分かる。
陛下は最初から私を殿下の側室にして飼い殺しにするつもりでなかったことはわかっている。
たまたま偶然が重なっただけ。
その偶然の良い部分を殿下と聖女様が受け、私は悪い部分を受けただけ。
殿下と初めて対面したのは私が八歳のときでした。
以来十年間、私が心の底に抱き続けてきた殿下への淡い恋心。
それを私が捨てさえすれば……全て丸く収まる。
国は聖女様の力で栄え、聖女様のお力で殿下の健康は保たれ、息子が幸せな結婚をすることで陛下の心の安寧を得る。
それは私が王太子妃にならない道(あなたと離れる道)、皆が幸せになれる道。
頭ではわかっているのに……なぜ私の胸はこんなにも痛むのでしょう……?
☆☆☆☆☆
四年後。
私は善意に殺された。
一時間仕事をすれば血反吐を吐いて一週間寝込む殿下。
殿下の治療にかかりきりで、王太子妃のマナーやこの国の文字を習う暇もない聖女様。
側室になって四年、私は働き詰めだった。
「ふーー、やっと終わった」
いつものように殿下と聖女様の仕事を代わりにこなした私は、執務室で窓から差し込む朝日を浴びながら背伸びをしていた。
「さすがに二十歳を越えてからの三徹はきついわ〜〜」
私は執務机の上のベルを鳴らしメイドを呼んだ。
早朝にも関わらずメイドは飛んできた。
「お呼びでございますか、ティアローズ様」
「熱々のコーヒーをブラックで頂戴。
それとチョコレートもよろしくね」
脳みそをフル稼働したあとは糖分が必要なのだ。
「承知いたしました」
メイドは一度下がるとワゴンにコーヒーとチョコレートを載せて戻ってきた。
「あらいい香りね?
コーヒーやチョコレートとは違うようだけど?」
「気持ちの落ち着く効果のあるお香をお持ちいたしました。
不快ならお下げしますが」
「いいえ、気に入ったわ。
そのままにしておいて」
「かしこまりました」
「もう下がっていいわ」
メイドは一礼して下がって言った。
「お香があるなら窓は開けない方がいいわね」
朝の新鮮な空気を吸い込みたかったが、もう少しあとからにしよう。
「ひと仕事終えたあとは甘いチョコレートとブラックコーヒーに限るわ〜〜」
口の中に入れたチョコレートが熱々のコーヒーによって溶けていく。
疲れた心と体に染みるわね。
でもほどほどにしないと、次のパーティーのために作らせたドレスが入らなくなったら困るもの。
「えっ……?」
ガシャーーン!
グラリとめまいがし、私の手からカップがスルリと滑り落ち、床に叩きつけられたカップが派手な音を立てた。
足に力が入らず、床に崩れ落ちた。
「なぜかしら……すごく眠い。
だめよ……シャワーを浴びたら……来週王城で開くパーティーの警備についての最終確認を大臣とする……予定なんだから……隣国の皇太子をお招きするのに……そそうがあったら大……変。
その後は会議に出席して……孤児院の建設について……話し合わなくちゃ……」
私は目を必死に開けようとしたが、まぶたが重くてとても動かせそうになかった。
早朝の執務室で私は死んだ。
死因は弱っていた体で過度の睡眠薬を摂取したことによる睡眠薬中毒。
……それは全て善意だった。
働き詰めの私を心配して殿下が睡眠薬入りのチョコレートを用意し、聖女様がコーヒーに睡眠薬を入れ、陛下が眠り薬入りのお香を差し入れしてくれたのだ。
全ては働きすぎの私を心配してのこと……。
ただそれぞれがバラバラに用意したものを一度に摂取したため、長年の疲労と睡眠不足でボロボロだった私の体は耐えられず、永久に眠りにつくことになったのだ。
なぜ私がこんなことを知っているのかというと……。
死後、幽霊になった私は神を名乗る男の元にいた。
神様は私に、懺悔の言葉を口にしながらビービー泣いてる陛下と、血を吐きながら泣いて謝る殿下と、涙と鼻水を垂らしながら謝罪している聖女様の映像を見せてくれたからだ。
彼らの謝罪対象は私のようだ。
「死にづらいわ……。
せめて悪意を込めて毒でも盛ってくれれば、来世で復讐するなり、時間を巻き戻して人生をやり直すなりできたのに……」
善意で殺されたので復讐しづらい。
ビービー泣かれたのでは成仏もし辛い。
「で、神様は私にこんな映像を見せてどうしたいの?」
「いや、君に後悔があるなら未練を晴らす手助けをしてあげようと思って」
イケメンで無駄にキラキラしてる神様はそう言った。
「後悔……?」
「そうだよ。家族で旅行に行きたかったとか、美味しいものを食べたかったとか、素敵な恋人が欲しかったとか、溺愛されたかったとか」
「そうね未練といえば……、
来週開く建国記念パーティーの警備の最終打ち合わせがまだだったし、
北部地方の水害対策会議に提出する資料が作成途中だったわ。
それから再来月に上位貴族の夫人を集めて社会福祉について話し合うお茶会の招待状の用意がまだだったし、
隣国の国王夫妻の誕生日プレゼント選びに、
来年度の王立学園の予算編成、
昨年のスタンピードの影響で親を亡くした子供たちのための孤児院の建設、
地方の農家の次男の人頭税を免除して学校に通わせる法案も通したかったし、
王都の井戸をポンプ式にしたかったし、
聖女様の国のアラビア数字を導入して計算をしやすくして、年貢を固定性から変動性に変えたかったわ!
考えてみたら私、未練が山程あるわ!」
「……えっ?
君の未練って仕事のことだけ??」
神様がドン引きしていた。
「王太子の側室の私に他にどんな未練があるとお思いですか?」
「王太子妃教育につかった時間で友達を作りたかったとか、家族でのんびり旅行に行きたかったとか、自分だけを愛してくれる恋人や夫がほしかったとか……」
「そんな気持ちは側室になるとき捨てました!
そんなネガティブな思いを抱えて睡眠時間一日平均二時間で四年も側室の激務をこなせるとお思いですか?」
「そんなものなんだ……」
「そんなものですわ。
かつて王国の虎と呼ばれ賢王として知られた陛下も今や高齢、
殿下は無理をすると吐血してしまうほど病弱、
王太子妃である聖女様は異世界人でこの国の文字も読めない、
側室の私の他に誰がこの国を守るというのですか!」
「分かった。
じゃあ未練を晴らしておいで、今度は過労死しないように丈夫な体を与えよう。
一人で国を守れるような強い体をね」
☆☆☆☆☆
そんなこんなで復活した私はロボットになっていた。
なんでも聖女様は前にいた世界で、史上最年少で大学を卒業したロボット工学の第一人者だったらしい。
そこに聖女パワーと神様の不思議パワーが加わり、私をロボットとして復活させることに成功したのだ。
「ティアローズ様、ごめんなざい! ごめんなざい゙っっ!
あ゙、あだしが……コーヒーに゙睡眠薬を入れたばがりに……ご、ごんなお姿に……!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、聖女様が抱きついてきた。
近くにあった置き鏡をチラリと覗く。
私の体は機械仕掛けのようですが、容姿や体型は前世のものに近いようです。
どうせならもう少し胸を大きくしウエストを細くし足を長くし十代の頃の顔にしてくれても……いや欲はかくまい。
ワンピースのような布切れが体に巻いてあるのがせめてもの救い。
機械の体でも人様に裸を見られるのは恥ずかしい。
「いや゙違うよコトネ!
ぼ、ぼぐがチョコレートに゙、眠り薬を入れだから……!」
「ぞれは違うぞ息子よ゙!
予が催眠作用のあるお香を……用意したぜいで……!」
陛下と殿下も涙と鼻水をベチャベチャと垂らしている。
謝罪する前にまずは顔を拭いてください。
「皆様、泣くのはおやめください。
私はこうして機械の体を手に入れ戻って参りました!
涙と鼻水を拭いて立ち上がるのです!
やるべきことは山程あるのですから……!」
私は立ち上がり空を見上げ皆を鼓舞する。
瓦礫が散乱した室内、壊れた天井、かすかに漂う焦げた匂い。
天井って壊れると空がよく見えますのね、太陽が眩しいですわ。
私をロボットとして復活させるとき、聖女様がパワーを放出しすぎたのと、神様が力のコントロールを間違ったのと、たまたま雷が鳴っていたのと、色々な要素が重なって城の半分が吹っ飛んでしまったのだ。
だが城にいた人たちは髪がパーマをかけたようにチリチリになり、顔はすすで真っ黒になり、服の一部が破れるだけで済んだ。
「ゲホッ、死ぬかと思った……!」と漏らしながら瓦礫の中から復活してきたので、全員かすり傷一つ負っていない。
だからナイスミドルな陛下も、薄幸の美男子の殿下も、美人と評判の聖女様も、髪の毛がチリチリで顔はすすだらけ、服もボロボロだ。
「くすっ、まずは皆様お顔を洗うところから始めた方がよろしいですわね」
「ティアローズが……」
「笑った……?」
「あたし、ティアローズ様が笑うところ初めて見ました!!」
皆が私が笑ったことに驚いている。
機械の体は感情がストレートに顔に出てやりにくいですわ。
「ティアローズ、僕はこれからは体を鍛えるよ!
吐血しながら筋トレして、仕事をしても吐血しない強い肉体を作るよ!」
「あたしも殿下に治療魔法をかけながら、民に治療を施し、モンスターが侵入しない結界を張りながら、この国の言葉や文化や王太子妃としてのマナーを勉強をします!」
「予も老体に鞭打って働くぞ!
若い頃は二徹や三徹など当たり前だったのだ!
今でも若い者には負けん!」
皆様急にやる気を取り戻しましたね。
「ありがとうございます。
でも無理をなさらないでくださいね」
「ゲホッゲホッゲホッゲホッ!」
言ってるそばからカイン様が吐血。
「カイン様しっかり! ヒール!」
「持病の腰痛が……!」
「陛下しっかり! ヒール! 魔力切れで貧血が……」
陛下は腰痛を再発、聖女様は魔力切れで貧血。
この軟弱ども……。
「皆様心配は無用ですわ!
鋼の肉体を持って生まれ変わった私が、今までの二十倍働きますので、年寄りと病人と貧弱な異世界人はすっこんでいてくださいな!」
私の言葉を聞いた三人はポカンとしている。
あらいけない。
機械の体だと思ったことをストレートに言ってしまいますわ。
ごめんあそばせ。
☆☆☆☆☆
機械の体を手に入れた私は生前の二十倍働いた。
十年後。
「やはり仕事のあとの高級オイルは最高ですわ〜〜!」
十日間連続で北の森の魔物を倒したあと、王都内の孤児院を周り、学園で特別講義を終え、国際会議に参加し、建国パーティーに参加し隣国の大商人と絹の独占売買の商談をまとめた私は、六徹して執務を片付け、バルコニーで高級オイルの入ったグラスを片手に朝日に乾杯していた。
太陽の光が眩しい。
三杯目のオイルを口にしたとき、
「グハッ……!」
口からオイルが漏れ、グラスが手をすり抜け床に落ち砕け散った。
機械の体が倒れバルコニーの手すりを乗り越え、地面に落下した。
……それはやはり善意だった。
陛下の用意した体の動きの良くなるオイルと、殿下の用意したのど越しスッキリオイルと、聖女様が用意した体内の汚れが落ちるオイルを立て続けに飲んだのが良くなかったのだろう。
私の体は地面にめり込んだまま動かなくなった。
だめよ……この体を作るのに、国家予算何年分の経費を使ったと思ってるのよ……。
まだ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ……働かないと……元が取れないわ。
元を取るまでは死ねないんだから……あと百年は不眠不休で働かないと……。
☆☆☆☆☆
そして後悔を残して死んだ私はまた神様の元に行くことになる。
今度は殿下と聖女様の子供として、眠らなくても死なない、あらゆる言語に精通し、一億桁の算術を一瞬で暗算でき、速読と瞬間記憶能力を持ち、人様の一万倍早く事務仕事をこなすことが可能で、ゴーレムを素手で砕ける怪力と、ドラゴンの灼熱のブレスを浴びても火傷一つ負わない強靭な肉体を持って生まれてくることになる。
――終わり――
※読んで下さりありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。執筆の励みになります。
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※聖女「タチバナコトネ」は異世界から召喚されていますが、彼女は主人公ではなく脇役なので「異世界転移」のタグはつけておりません。(小説家になろうの規約に主人公以外の登場人物が異世界に転移している場合にはタグ不要とあるので)
※また主人公は転生していますが、同じ世界から同じ世界への転生なので「異世界転生」タグはつけておりません。
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【完結】「約束を覚えていたのは私だけでした〜婚約者に蔑ろにされた枯葉姫は隣国の皇太子に溺愛される」
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地味だけど健気な令嬢が主人公のお話です。
こちらもよろしくお願いします!
【完結】「不治の病にかかった婚約者の為に危険を犯して不死鳥の葉を取ってきた辺境伯令嬢、枕元で王太子の手を握っていただけの公爵令嬢に負け婚約破棄される。王太子の病が再発したそうですが知りません」 https://ncode.syosetu.com/n5420ic/ #narou #narouN5420IC
婚約破棄&ざまぁものです!
よろしくお願いします!