第三話 記憶喪失?二重人格?
「おっ、俺・・・なのかこれは?」
鏡に向かって行う仕草は、間違いなく全て俺の動作だった。
お約束でほっぺたをつねってみたけどやっぱり痛いし、何よりも裸眼で直に見た自分の手が見慣れない女性のものだった。
その手でマッチョのポーズをした自分の腕を触ってみると、そこそこ鍛えていたはずの筋肉質と言える二の腕が、今は手の平で収まるくらいに細いし柔らかい。
身体を触った時の違和感はこれだったのか・・・
「あー、いー、うー、えー、おー」
さっきは驚いて上ずっただけと思ったが、よく聞くと声もぜんぜん違う。
女子高生のようなキャピキャピした声ではないが、普通の俺よりは明らかに高いし、何より声音が女性そのものだった。
つまり、どうあがいても俺が女であるという証拠しか出て来ない。
何が何だかわからず完全にパニックな俺と、挙動不審な俺にどうするべきかと様子を伺う少女。
気まずい空気が流れる・・・
「あー、えっとさぁ・・・」
「はっ、ははははいっ」
少女も何やら異常事態であると悟っているらしい。
あわわわと震える口元を長い袖で隠し、出来るだけ上体を反らせて俺から距離をとっている。
(まるでバケモノを見たかのような態度・・・とほほ)
今にも「痴漢ー、変態ー」とか叫んで逃げ出しそうな天使ちゃん。
涙目で申し訳ないくらいに怯えているのに、とりあえず俺の出かたを伺って様子を見てくれているみたいだ。
何か言わなくちゃ!挙動不審でせっかく来た天国から地獄に落とされちゃたまらない!
えーっと・・・こういう時は・・・。
刺激しないように距離をとったまま、頭をフル回転させて最適解を考える。
・・・・・・。
「あの、・・・ここはどこ?・・・私は誰?」
・・・・・・チーン(しばしの沈黙)。
お決まりすぎる問いかけに皆さんは苦笑いしか出ないだろう!
ならば一回同じ状況に陥ってみるといい!パニックになると人間みんなお決まりな行動しか出来なくなるからー!!
頭をポリポリ掻きながら、日本人の必殺技、「空気読んで!」を期待してニッコリ微笑む。
これは功を奏したのか、始め「意味が分からない」とばかりにぽかんと口を開け目を見開いていた天使ちゃんは、俺の言葉を反芻して次第に憐れむように瞳を揺らすと、這うように身を乗り出して一歩近づいてきた。
「えっと・・・姉姉?・・・まさか、もしかして、記憶がないのですか?」
「・・・・・・」
うーん。これは答えるのに戸惑う。
記憶がないか?と問われると「ある」のだ。
俺の記憶・・・長村直人(♂)日本人としての36年の人生は、まぁ、歳とともに曖昧になってきた幼稚園以前の時代を抜かせば、そこそこ思い出せる。
だけど推察するに今ここで問われているのは、天使ちゃんに「チェチェ」と呼ばれる人物・・・そしてそれはおそらく、この身体、明らかにティーンエイジャーだと思われる女の子、の事だろう。
こちらに関しては"残念ながら"一切ない。
本当に残念だ!!
でもそれならば・・・ここは一つ、天使ちゃんが勘違いしてくれている通りに記憶喪失のフリをして、今の状況を一から全部確認する方が得策ではないのか?
そうと決まれば!
「記憶・・・多分ない・・・君は誰?・・・俺っ・・・自分は?」
おおっと、記憶のないフリを演技しようとして、なんだか宇宙人みたいな片言になってしまった。
それにどう見てもこの身体は女の子みたいだから『俺』という人称はやめた方がいいな。
それでも、これまでのおかしな言動を納得させるほど『記憶喪失』という設定は天使ちゃんに有効だったらしい。
さらに一歩近づいてきて、手と足で突っ張るように体を持ち上げると顔と顔が真正面から向き合う。
先ほどまで不審の恐怖をこらえていた瞳は、今度は悲痛な色を湛えてうるみ始める。
震えながら手伸ばしてきた右手が、触れるのも恐れ多いかのように頬の少し先で止まった。
「ああぁ、あぁどうしましょう!・・・私の、私のせいです・・・」




