序章
「はぁ・・・」
盛大なため息と共に暗い水面をのぞきこむ顔には生気がない。
都会の片隅にある静かな川べり。
錆びて赤くなった橋の手すりに凭れながらポツリと呟いた。
「こんな場所がまだあるんだな・・・」
田舎育ちの自分には水の流れを感じるだけで心が安らいだ。
顔を上げると遠くの方に見えるネオンと喧騒。
ここ数日で起きた事に疲れ、フラフラと彷徨っているうちにたどり着いた場所だが、まるで導かれたようにぴったりの場所だった。
彼女に振られた。
きっと世の中大多数は軽い感じで「御愁傷様」と言うのだろう。
そんなのお前だけが不幸じゃないと・・・
そんな事くらい分かってる。
ただその振られた理由が、自分の上司と不倫していた挙句、その上司に手柄を横取り、そして嵌められてリストラされたとなったらもう少し同情が集まるのではないだろうか?
「ごめんね・・・」
いつでも優しくて一緒にいたら安らげる関係だと思ってた。
しかもアラフォーに足を踏み入れ結婚を視野に入れた矢先だ。
もちろん誰を好きになるかなんて自由だし、自分よりいい男は世の中にいっぱいいるだろう。
それでもあの上司はないんじゃないか?
脳内でいつもブランド物をこれ見よかがしに自慢しながら嫌味を言ったり、気分で部下に八つ当たりをする上司の顔が勝ち誇ったかのように笑っていた。
いつの間にか時間が経っていたらしい。
丸々とした満月高く上がり、川面をキラキラと光らせていた。
「あーあ、次に生まれる時は女になり手ェなぁ ・・・」
ーー「あぁ、生まれ変わるなら、どうか男にして下さい」
ポツリとつぶやいたその一言に
「・・・ん?」
気のせいかと思ったが川の方から聞こえてきた、気がする。
怪しく月影が揺らめき、光と闇に歪むその中に人影が映る。
(川の中に誰かいるっ!女・・・か?)
月を映す水面の下に女の顔が浮かび上がる。
両腕ごと縄で縛られブクブクを泡を吐いているその顔は、苦しさで歪んでいる。
ブンブンと首を振ってまるで水責めをされているようだ。
その時、無意識に身体が動いた。
「あっ・・・」
地を蹴った体は歪む月を浮かべた黒い塊に落ちてゆく。
水面に叩きつけられた頰が平手打ちを食らった様に痛み、あとは鈍くゴボゴボと聞こえる水泡に包まれてブラックアウト。
ーーそれが俺、長村直人の最後の記憶である。