夢の販促
「ソウ、きたー」
部屋に訪ねてきたキボウの第一声がこれだった。
ソウが帰って来たら、また手伝うと思ったみたい。
「そろそろ厨房を見に行くにゃ?」
「みるー」
私は読んでいた小説を閉じ、タブレットの電源を落とした。
階段を下りると、ユリとソウの話が聞こえてきた。
「なら、どうする?」
「アルストロメリア会を、来月にすれば良いと思うわ」
「成る程な。それなら問題ないな」
「そもそも、まだ頼まれてすらいないからね」
「そういえば、そうだったな」
良くわからないけど、問題がないらしいことは良くわかった。なんだか安心だ。
私はそのままお店に行き、キャラメル包みでも手伝おうかと考えた。ところが、みんなが作業していたのは、キャラメル包みではなく、朝作った菊花ジャムのクッキーを小袋に入れる作業だった。しかも、もう終るみたい。
「キャラメルは包んでいないのにゃ?」
「今日は、クッキーの包装をしています」
イポミアが答えてくれた。何でも、昨日はクッキーを売るのに大変だったらしい。意外にも、たくさん買っていく人は少なく、1枚か2枚入りの注文が多く、たくさん買う人でも、2枚入りを何袋と注文していくそうだ。そのせいで、対応が本当に大変だったようだ。
「少し早いですが、ご飯にしましよう」
ユリとリラが、ご飯を運んできた。イリスとメリッサとイポミアも、慌ててご飯を運び始めた。アルバイト組は厨房に入れないので、仕方ない。私とキボウも、自分の分くらいは運ぼうと、手伝った。
ユリは帰るトゥリーパに、鶏丼に使う器に入れた何かと、ミルクコーヒーゼリーを渡していた。今日のおかずかな?
「今日は、重陽の節句なので、栗ご飯と、菊花の酢の物と、秋茄子の豚バラ巻き焼きです。デザートは、現在店で売っているものなら何でも構わないので、リクエストしてください」
食べ始めると、リラがいなかった。なんでだろう?
「ユリ、リラは食べないのにゃ?」
「シィスルちゃんとマリーゴールドちゃんと一緒に、厨房で食べているわよ。席が足りないからね」
そういえば、ご飯を取りに行ったとき、厨房にはシィスルとマリーゴールドがいた。お手伝いに来たのかな?
「忙しかったのにゃ?」
「今日はそんなに忙しくないわよ」
「シィスルとマリーゴールドは、何しに来てるのにゃ?」
「シソジュースに使った紫蘇の葉で、ふりかけを教えたらね、それが気に入って、作りに来ているのよ」
え、シソジュースの残った葉っぱは、ふりかけになるの? 私が不思議に思っていると、ユリがそのふりかけをもってきてくれた。
「栗ご飯だから出さなかったんだけど、少しだけ食べてみる?」
「食べてみるにゃ!」
「キボーも、キボーも!」
「あ、俺も食べたい」
ユリは小鉢に入ったふりかけを、希望者に分けていた。小鉢に濃い紫色をした粉が入っていて、小さなスプーンが入っている。私たちが取ったあと、たぶん全員希望したみたい。
少しだけご飯にかけて、食べてみた。
フワッと梅みたいな香りがして、酸っぱくなくて、塩気があって、何だか美味しい。
「美味しいにゃ!」
「おいしー、おいしー!」
「やっぱり旨いな」
味見した人たちも、みんな美味しいと言っていた。
これをベルフルールで出すために、シィスルとマリーゴールドは、作りに来たらしい。何と、倒れそうになるまで魔力を使って作っていたそうだ。
「大丈夫なのにゃ?」
「パウンドケーキは食べさせたんだけどね。食べたからこそ、無茶しないか心配よね」
「何に魔力を使うのにゃ?」
「乾燥させるのよ。ふりかけだからね」
私も少し手伝おうかな? 魔力なら、手伝えると思う。
食べ終った人たちがユリのそばに来て、食べたいデザートを頼んでいた。まずはこれを手伝おうかな。
ユリと一緒に厨房へ行くと、リラたちは食休みもせずに、ふりかけを作っていたみたいで、ユリに、食休みくらいはしっかりしなさいと怒られていた。
私がミルクコーヒーゼリーを出すと、手伝いに来たイリスとメリッサが、水玉サイダーを作って、イポミアがチョコソースをかけていた。ユリは、アフォガートを用意して持ってきた。
私とキボウは水玉サイダーを食べたあと、厨房でふりかけ作りを手伝った。
どうやら外に待っていた客を、ユリが店内に通したらしい。お手伝い組が帰ったからかな?
ユリが厨房に冷茶を取りに来たみたいで、リラがさっと動こうとした。
「あなたはまだ休んでいなさい」
「手伝うにゃ!」
「てつだう、てつだうー!」
ユリが冷茶ポットを持ったので、私が空のグラスを持ち、キボウが、ラング・ド・シャを持ち、3人で運んだ。
ユリはお客と話すみたいなので、先に厨房へ戻った。
「リラ、乾燥手伝うにゃ」
「ユメちゃん、ありがとうございます」
「かんそー?」
「乾かすと言う意味にゃ」
「わかったー」
キボウがじっと見つめるなか、リラが作り方を説明してくれた。塩揉みとか、私には難しそう。
私に説明したあと、リラは店のそばに行って、聞き耳を立てているみたいだった。
「軽食を複数注文したいと思います」
「ご注文は決まっているのですか?」
「はい! ホットサンド2種類と、デザート全種類注文する予定です!」
リラは2台のホットサンドメーカーの電源を入れ、食パンにコンビーフサンドの中身を挟み、焼き始めた。
ユリが戻ってきて、リラを見てため息をついたあと、聞いていた。
「あなた、休まなくて良いの?」
「なんだか気の毒で」
「確かにね。アイスクリームは後だから、出しちゃいましょうか」
「はい」
とりあえず手伝えることはなさそうなので、私はキボウとおとなしく端に座って見ていた。
「キボウ、乾燥魔法使えるのにゃ?」
「わかんない」
「キボウの指示で葉っぱは乾燥するのにゃ?」
少し考えた素振りをしてからキボウが言った。
「あれー?」
キボウがシソを指差した。
「それにゃ」
「むりー」
「無理なのにゃ?」
「むりー」
菊との明確な違いはなんだろう?
「もしかして、植物として生きていないからにゃ?」
「わかんない」
どうやら、キボウもわからないらしい。
ユリとリラは、ホットサンドと水玉サイダーとミルクコーヒーゼリーを出すと、休憩に入るらしく、お客にも断りをいれていた。そういえば、シィスルとマリーゴールドは帰ったみたい。
私とキボウは、お店に行き、お客に声をかけた。
「遠くから来たのにゃ?」
「黒猫様、はい。王宮の転移陣を使わないと来られない距離から来ました」
「すぐに帰るのにゃ?」
「はい。この後、パープル侯爵邸から、帰ります」
「今日のおすすめは、菊花ジャムのクッキーにゃ。女性に喜ばれる味らしいにゃ。買って帰ると良いにゃ」
「それは、良い情報をありがとうございます。必ず買って帰ります」
「それだけにゃ」
「ありがとうございます!」
私とキボウは、店の外に出た。何と外には、結構な行列が出来ていた。
「何に並んでいるのにゃ?」
「これは黒猫様、珍しいクッキーが有ると聞きまして」
「菊の花で作ったジャムがのっているクッキーなのにゃ」
「花のジャムですか!?」
「もう少しだけ待っているのにゃ」
「はい!」
今日もお店は忙しそうだ。
厨房で座っていると、ユリとリラが戻ってきた。すぐに、イリス、メリッサ、イポミアも来た。今日は、12時45分からオープンらしい。
私とキボウは、ラング・ド・シャを配って回った。
「今日のサービスにゃ」
「こちらはなんでしょうか?」
「矢車菊ののったラング・ド・シャにゃ。食べられる花なのにゃ」
「素敵なクッキーですね。何のサービスなのですか?」
「重陽の節句という、菊を愛でる日らしいにゃ」
「おお、だからお店に菊の花がたくさん飾ってあるのですね!」
「たぶんそうにゃ」
すぐ他の客から声をかけられた。
「ユメ様、話題のクッキーはどれですか?」
「菊花ジャムのクッキーにゃ?」
「たぶんそれです。持ち帰りでお願いします」
「赤いのと黄色いのがあるにゃ」
「なら、双方でお願いします」
「何個要るのにゃ?」
「個数制限無いんですか?」
「今回は聞いてないにゃ」
「なら、とりあえず食べてみます」
「品物は用意するにゃ。値段は、他の人に聞いてにゃ」
赤いジャム、黄色いジャム、双方1つずつ皿にのせて持ってきた。
「イリスに頼んでおくにゃ」
「はい。持ち帰りは、イリスさんに頼みます」
私はイリスに引き継ぎ、運ぶだけを手伝うことにした。今回のクッキーは、店内と持ち帰りに、かなりの値段差があるらしい。しかも、個数によって、値段に統一性がなく、私には把握できない。包まれたクッキーの値段が、合計個数によって1個の単価が違うのだ。店内分は、1個60☆らしいので、わかりやすい。
新しく来た人にラング・ド・シャを配り、菊花ジャムのクッキーをおすすめしておく。
ほとんど全員買って帰っているみたいで、袋詰めされている菊花ジャムのクッキーが、どんどん売れていく。
閉店の頃には、かなり疲れてぐったりだった。
夕飯の後、ユリとソウはパープル邸に行くと言っていたけど、私は先に休ませて貰った。




