夢の蝋燭
マーレイとイリスとグランも、早くから来てくれた。
「おはようございます!ユメちゃん、おめでとうございます!」
イリスがニコッとしながら、籠入りの花と果物を渡してくれた。
「おはようございます。ユメ様、おめでとうございます」
「ユメ様、おめでとうございます」
マーレイとグランが、渡してくれた籠には、見慣れない花が入っていた。
「ありがとにゃ!おはようにゃ」
グランは、そのままベルフルールに行くらしい。
「リラによろしく言ってにゃ」
「はい!」
グランを見送ると、イリスが声をかけてきた。
「ユメちゃん、お手伝いいたしますので、どの辺に座って、皆さんをお待ちになりますか?」
「今日は、お店はしないのにゃ?」
「来客が、パラパラでしたら可能ですが、並ばれて、それどころではなくなるのではないかと思います」
そんなにいっぱい来てくれるかなぁ?
「イリスに任せるにゃ」
「でしたら、手前の大きいテーブルにユメちゃんは座っているようになさり、私が、お渡しするお菓子の数を揃えたりしましょう」
「わかったにゃ」
イリスの予想通り、このすぐあとから人がたくさん来はじめた。ユリとソウは、マーレイをつれて厨房に行ってしまったので、お店はイリスと二人きりで、てんてこ舞いになった。
「ユメ様!御生誕を心よりお喜び申し上げます!」
「ありがとにゃ」
「ユメ様、お誕生を御祝い申し上げます!」
「ありがとにゃ」
「ユメ様、この度は、」
「難しくかしこまらないでにゃ、お誕生日おめでとう!で良いにゃ」
「お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとにゃ」
以降、難しい挨拶をする人は減り、みんな、お誕生日おめでとうございますと言ってくれるようになった。
列の人が、「どうぞ、どうぞ」と避け、誰かを先に通してきた。
「ユメ様」
「来てくれたのにゃ!」
パープル侯爵と、ローズマリーと、マーガレットだった。
律儀に列に並ぼうとしたらしい。回りが驚いて、先に行って欲しいと、通してきたのだ。この地の領主なのだから、みんなが遠慮するのも致し方ない。
「ローズマリーありがとにゃ!」
「御祝いに駆けつけるのは、当然でございます」
私は、ローズマリーとマーガレットと話し込んでしまい、イリスはてんてこ舞いなので、見ていたキボウが気にしたらしく、パープル侯爵に話しかけていた。
「どーぞー。よぶー? おめでとしたー? 」
お菓子を受け取ったパープル侯爵は、少し困っていた。
「あ、えーと、キボウ様、ホシミ様はいらっしゃいますか?」
「わかったー」
キボウは、誰かを呼びに行ったみたい。
少しして、ユリが顔を出した。
「ハナノ様」
パープル侯爵がユリに声をかけると、全員がユリの方を見て固まっていた。
「皆さん、いらっしゃいませ。私は今日は店主ですよ」
全員が頭を下げて、列に戻っていた。
パープル侯爵の事は、ユリに任せてしまおう。
ユリが何か説明しているようだった。
「え? あ、琥珀糖ね。これはお菓子ですよ」
ユリが言ったとたん、店内にいた全員から声が上がった。
「え!」「えー!」「ええー!」「食べられるの!?」
「ユメちゃんの瞳色な感じでこれは青いですが、他の色もあります。ちょっと待っていてください」
ユリが、みんなで作った琥珀糖を持ってきてパープル侯爵に見せていた。
「ユメ様、あのお菓子はたくさん種類があるのですか?」
「ピンク色のは、私が作ったにゃ」
「私も拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「マーガレットと見てくると良いにゃ」
ローズマリーは、ユリのそばに行き、琥珀糖を確認していた。
「ユリ様、こちらはどのようなお色でも可能でございますか?」
ローズマリーは、これ絶対作る!との気合いが漏れ出ているように見える。たしかに、女性に評判が良いと思う。
「まあ、概ね可能です」
そのあと、何かユリと内緒話をして、パープル侯爵一家は帰っていった。
すぐあとに、トリヤとスノードロップの夫妻も来ていた。パープル侯爵とは、別に来たらしい。
レッド公爵夫妻と、ブルー公爵夫妻と、イエロー公爵が一緒に来た。並んでいた面々が緊張し、ちょっと困ったなと思っていたら、御祝いを言って、すぐに帰っていった。ユリやソウを呼ぶ暇もなかった。
そのすぐあと、ラベンダーとスマックが来た。
「ラベンダー、ユリは厨房にいるにゃ」
「伺ってもよろしいのですか?」
「ラベンダーなら、大丈夫にゃ」
「ユメ様、ありがとうございます」
ラベンダーが、スッと厨房に行くと、ついていこうとしたスマックが、ソウの結界に阻まれたのか、立ち止まっていた。
「ユメ様、これは結界でしょうか?」
「ソウの結界だと思うにゃ」
「空気に押される感じがします!」
なんだか、結界に阻まれているスマックが楽しそうに見えた。
ラベンダーが呼んだのか、ユリとソウがお店に来た。
すると、結界を通れなかったスマックが、ハイテンションで、ソウに話しかけていた。
「凄いです!素晴らしいです!ラベンダーは素通りしたのに、私は触ることすらできませんでした!」
若干引きつって見えるソウが答えていた。
「ラベンダーは、ユリの弟子らしいからな」
「成る程!今後ともよろしくお願い致します!」
ユリとラベンダーは、にっこり笑って見ているだけだった。
「ユメ様、ホシミ様を怖がらない方もいらっしゃるのですね」
少しソウを不憫に思った。
「ソウが、怖いのは、ユリに危害を加えそうなのがいるときだけにゃ」
「ハナノ様に危害を?」
「ユリを大事にしていれば、怖くないにゃ」
「そうなのですね」
下らない話をしているうちに、ラベンダーたちは帰ったらしい。
さすがに王宮のメンバーは、直接来たりせず、手紙や、代理が御祝いに来ていた。
「12時過ぎたから、一旦閉店してご飯を食べたいんだけど、」
「無理だと思うにゃ」
ユリがお昼のお知らせに来た。まだたくさん並んでいる。ユリも列を見て、並ぶ人を気の毒に思ったらしい。
「ユメちゃん、ごはん食べながら受けとる?」
「そうするにゃ!」
ユリは、忙しそうにしているイリスに声をかけていた。
「イリスさん、マーレイさんと一緒に先に食べちゃってくれる?」
「かしこまりました。ユリ様はどうされるのですか?」
「ソウと二人で、ユメちゃんの横にいるわ。なんならそこで食べるし。うふふ」
「俺らが居れば、長居しないだろうしな!」
ユリ、一緒に食べるのかな?
イリスがいったん下がり、ユリとソウが相談しながら、色々並べてくれた。持ちきれなかったのか、イリスとマーレイも一緒に運んできていた。
「ユメちゃん、蝋燭は1本で良い?」
「一歳にゃ!」
そう、私はユメ、1歳なのだ!
ユリが火をつけてくれた蝋燭を、私はフッと吹き消した。
一度やってみたかった。みんなの前でケーキの蝋燭を吹き消すのを。
「お誕生日おめでとう!」「誕生日おめでとう!」
「おめでとー、おめでとー」
ユリと、ソウと、キボウにおめでとうを言われた。なんだか泣きそう。
「初めてにゃ」
「え?」
「お誕生日を祝って貰うのは、初めてにゃ」
「そうなの!?」「そうなのか!?」
「ありがとにゃ!」
昔は、誕生そのものを祝うことはあっても、誕生した日を祝う習慣がなかったし、川井翼の時は、誰も祝ってくれなかった。私の誕生日がはっきりしていなかったのも原因にあったけど、ケーキの蝋燭を吹き消す清子が羨ましかった。
「お祝いできて良かったわ」
ユリから言葉をもらい、とても心が温かくなった。
「そうだな。ユメ、これ誕生日プレゼントだ」
「はい。これは、私から」
「ユメー、あげるー」
三人からプレゼントを渡された。
「ありがとにゃ!ここで開けても大丈夫にゃ?」
「俺のは大丈夫だぞ」
「私のも大丈夫よ」
早速包みを開けると、ソウのプレゼントは、天体望遠鏡で、ユリのプレゼントは、ユリが作ったらしい服だった。キボウのプレゼントは、なんと私が生まれたときの映像だった。
ご飯を食べながら、再びプレゼントを受け取り始めた。
「ユメ様!お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとにゃ!これ、お返しのお菓子にゃ」
私が代表者に渡し、ソウが籠の人数分まとめて渡してくれていた。
「ユメちゃん、手渡しを休んでも、ちゃんとごはん食べてね」
「食べてるにゃ!」
食べる合間に、お菓子を渡していると、私のご飯を見た人が、美味しそうと言い始めた。
「ユメ様、美味しそうでございますね」
「美味しいにゃ!」
「午前中に間に合わず、ご迷惑をお掛けします」
「いっぱい並んでるから仕方ないのにゃ」
ユリも気になったのか、少し声をかけていた。
「何時ごろいらしたんですか?」
「ハナノ様! はい、10時頃に着きましたら、長蛇の列でございました」
みんな本当にありがたい。
少しして、騒いでいる人が来たみたい。
「あー、私は、来客じゃありません! ちょっと通してください!」
なんだろう?一人で来る女性は珍しい。




