夢の七草
朝ご飯の後、部屋で本を読んでいた。
魔法の無い異世界に生まれ変わる話で、まるで私のようだと思いながら読んでいた。
そう言えば、黒猫になる少し前、意識だけが漂っていた頃、こんな感じの小説を読んだ気がする。
元々あやふやだった漂っていた頃の記憶は、年を明けてから、更にあやふやさを増して、ぼんやりとしか覚えていない。
私の記憶は、段々失くなっていくのだろうか?
大好きな人たちを傷つけないと良いな。
迷惑をかけないと良いな。
小説を読み終わった後、借りてきた図鑑を見た。
アルストロメリアの花の説明に、ユメユリソウ、ユリズイセン等と呼ぶこともある。と書いてあった。ユリに名前の秘密を教えられ、ソウに図鑑を見てみると良いと言われた時、その話の衝撃に、すっかり図鑑を見るのを忘れていた。
本当に書いてあることに、なんだかホッとして、とても嬉しくなった。
一人ニヤニヤ図鑑を見ていると、キボウが呼びに来た。
「ユメー、ごはんー」
「キボウ、ありがとにゃ」
リビングに行くと、ユリはいなくて、煮魚とだし巻き玉子と、緑色の葉っぱが入ったお粥のようなものがおいてあった。
後から、ユリとソウがリビングに入ってきた。
ユリは、ソウを呼びに行っていたらしい。
みんなが席につくと、ユリが説明してくれた。
今日は七草らしい。
思い出してみると、明確に食べた記憶はないのに、世界樹の森で見せられた記憶で、美味しくなかったという気持ちだけが残っていて、食べたくないと思った。
「昔食べたにゃ。食が進まなかった記憶だけがあるにゃ」
「子供の頃、これ、出されるのが苦痛でさぁ」
「やさい!やさい!」
なんと、ソウも苦手らしい。ユリが作ったものを拒否するソウを初めて見た気がする。キボウだけは、野菜入りだと喜んでいた。
「それだけを食べようと思うから食べにくいのだと思うのよね。特製あんかけをかけるか、海苔の佃煮と一緒に食べるか、味のついたおかずと食べれば食べられるわよ」
七草粥は、そのまま食べないらしい。
でも、しょっぱいおかずと一緒でも、食べにくかったように思う。なのにユリは、あんかけか海苔の佃煮という選択肢を提示していた。多分知らない食べ方だと思う。
「あんかけにゃ?」
「これ、作ったから、試してみてね」
ユリがすすめるのだからと、すぐにそのあんかけをかけてみた。
恐る恐る食べた七草粥は、あんかけのおかげで、ものすごく食べやすい、むしろ美味しいものだった!
「美味しいにゃ! ユリ凄いにゃ!」
「俺も食べてみる」
私の様子を見ていたソウも、あんかけをかけて食べたようだ。
「お!旨いな! あと引く味で、さらっと食べ終わる」
「キボーも!キボーも!」
ソウも喜んでいた。ユリは、キボウの七草粥にもあんかけをかけてやり、にこにこしてみんなを見ていた。
「おいしー!おいしー!」
あれ? そう言えば、ユリは食べないの?
私の視線を感じたのか、ユリが話し始めた。
「私もお粥が苦手でね。どうにかして美味しく食べられないかと思ってね」
七草粥ではなく、お粥そのもの?
「お粥が苦手なのにゃ?」
「病人食みたいでしょ。子供の頃、風邪を引いて一人で寂しかったのを思い出しちゃうのよ」
「あー、ユリのところ、ご夫婦で仕事してたもんな」
看病してほしかったのかな。
私は、悪夢の呪いをかけられたとき、ユリが助けてくれたのが本当に嬉しかったと覚えている。
そばにいてくれるのって、とても大事で、とても大変なことなんだと思う。
「でも今考えると、わざわざお粥を作ってくれたのよね。私は炊飯器で手軽に作ったけど、きっと父は、米から鍋で作ったと思うし、手がかかっていたのよね」
炊飯器で作れるの!?
あれ?お父さんが作ったの?
「ユリのお母さんは作らなかったのにゃ?」
「母は、桜花餅以外は、たまーに真ん丸のおにぎりを作るくらいね。新婚の頃にコロッケを爆発させて以来、料理はしていないと話していたわね」
コロッケって、爆発するの?
「お餅は作れたのにゃ?」
「餅つき機があったからね、あ、餅つき機借りてきたから、桜花餅作る?」
「作るにゃ!」
「つくるー!つくるー!」
ソウの実家から借りてきたという餅つき機は、お米10合がお餅になる餅つき機だった。
餅つき機は、研いだ餅米と水を入れておけば餅ができるらしい。
炊飯器の普通のお米とは少し違う匂いがして、餅米が炊き上がった後、ガタガタと凄い音がして、機械が壊れたかと思ったら、機械の餅つきの音らしい。
お餅がつき上がると、ユリはお餅全部に桜の塩漬けを入れ、桜花餅を作っていた。
桜が混ざったお餅は、半分に分け、長細くしてから潰すようにしていた。
そうか、食べていた桜花餅は、これを切ってあったのか。
ユリがナマコ餅と呼んでいる形にすると、半分をソウに渡していた。
半分の桜花餅は、餅つき機のレンタル代らしい。




