夢の寸劇
とうとうこの日になった。
ユリを人前に出す覚悟を決めないと。
ユリの着替えは、ラベンダーが一人で行った。
私の着替えはローズマリーが一人では無理なので、城のメイドが手伝った。
私のもとには、ソウが転移でユリとラベンダーを連れてきた。
着替えを手伝った者のうち、ローズマリー以外を下がらせ、ユリに認識阻害の魔法をかけた。
これで、今ここに居る者以外からは、ユリとは認識されなくなる。
ユリが自力で破るか、私以上の魔力をもって破るか、ユリの魔力性質が変わらない限り、私が解くまでは認識阻害は解けないはずである。
これで、不測の事態が起こっても、何とかなると思われる。
聖女認定がされていない現在、ユリの身分は無いも同じなのだ。例えば、王族からベールをはずせと言われたら現時点では逆らえない。
ローズマリーとラベンダーが、王族や公爵に対し、自分達についての不安を口にしたので、強制をもって、話すことができないようにした。
無言の誓いである。
嫌がるかと思ったら、むしろこれで安心ですわ!と喜んでいた。
「ユリ、何と呼ばれたい?」
女王として、聖女に尋ねた。
「聖女ではなく、魔法使いと」
「Sorcière guérisseuse.ソルシエールだな」
ソウが外国語を話した。
「ん?どういう意味?」
ユリもわからなかったようで聞き返していた。
「フランス語で『癒しの魔女』、ソルシエールは、女性の魔法使い」
ソウが説明してくれた。音がきれいでユリにあっているように思う。
「なら、それで」
「では、ソルシエールとしよう。この国にはフランス語を解するものは居らぬ、ちょうどよかろう」
ユリが聖女の衣装を着ているときの呼び名も決まり、ラベンダーは、ブツブツと呼び名を繰り返していた。
やがて時間になり、全ての貴族の集まる広間に、口許まで顔を隠したラベンダーを先頭に、花籠を持ち完全ベール姿のユリと、手を組んで高く構えた7人の巫女が続き、最初に入場した。
ユリが入場したのを確認し、ドアの外からローズマリーを伴って、会場に転移で登場した。
ユリには、何があっても絶対にしゃべらないことを約束してもらった。
質問は前回とほとんど同じだった。
発言権の無い下位貴族から、心配する声が上がるが、魔力値を理由に断り、同行を拒絶した。
なのに、ソウにやられた。
芝居がかった台詞で登場してきた。
初めて見る礼装はかなり派手で、あれは確かに普段着てこないわけだ。と納得するキラキラ具合だった。
「ユグドラシル・L・グリーン・カラー陛下に申し上げます!
わたくしは魔法を極めし者。必ずやお役にたてましょう」
斜め前のユリがビクッとしたのが見えた。
そうか、ユリも知らなかったのか。
「必ずや陛下の盾になりましょう。どうかわたくしをお連れください」
「そなたは何が出来ると申すか?」
もう、しかたない。乗ってやるか!
「わたくしは、この国一の結界の使い手。どのような者からも破られませぬ」
「なれば、我に付き従え」
「ありがたき幸せ」
次はラベンダーが振り返り、大袈裟な身ぶり手振りで踊るように挨拶を始めた。
「わたくしは、ソルシエールの使い、ソルシエールが陛下を癒しましょう」
「そなたに何が出来ると申すか?」
これ、同じ流れか・・・。
どうやっても ついてくるのだな。
「ソルシエールは、この国一の癒しの使い手。どのような病も治してみせましょう」
「証明して見せよ」
「さあ、ソルシエール様、お力をお見せください」
メイプルが子供を抱いて登場した。魔鉱石を握っている。予定と同じなのは、これだけだ・・・。
会場がざわついているのが聞こえる。
「あれは第一王子、あの子供はいったい・・・」
「あの面差しは王家の・・・」
「まさか、非公開の王女・・・」
後ろから来たメイドが、ユリの前にクーファンを置き、メイプルが子供をその中の下ろしていった。
すぐにユリは、手足をさわっていった。
子供の体から光が弾け飛び、見ていた者から歓声が上がる。
「本物の聖女だ!」
「聖女の再来だ!」
ガヤガヤと、興奮した声が途絶えなかった。
再びラベンダーが話し出す。
「ソルシエールが幼子を救いました」
「我に付き従え」
「ありがたき幸せにございます」
メイプルがすぐに来て、子供抱き上げた。
抱き締め、静かに涙を流している。
ユリに頭を下げ、おとなしく下がっていった。
更に予定外というか、予想外の音声が聞こえた。
これは、この声はカエンだ。
「わたくしは先読みの巫女、先行きを正しく導きましょう」
声だけで、カエンがここに居るわけではないらしい。
「そなたは何が出来ると申すか?」
「わたくしは今この場に居りません。必要とあらば、お呼びください。最善の道を示しましょう」
「我に付き従え」
「ありがたき幸せにございます」
もう、どうしてもみんなついてくるらしい。
嬉しいような、困ったような複雑な気分だった。
いや。嬉しいのだと思う。
ユリは、百合の花束を受け取っていた。
もしかして、ルレーブの花だろうか?
ラベンダーが話し出す。
「陛下に献上すべき物がございます。この花は、『ルレーブ』という名の百合の花でございます。どうかお納めください。ソルシエールが持参いたしました。花の名前は、『夢』という意味でございます」
ラベンダーはローズマリーに渡し、簡単に確認してから渡された。
「我の名である『ルレーブ』であるか。良き花である」
桃色の百合は、話に聞いていたよりも更に上品で美しい花だった。
少し眺めたあと、花をローズマリーに渡した。
再度状況を説明する。
「結界は、あと60日ほどで消え始め、73日ほどで完全に消滅する。我の命を懸けて結界の再構築をしてみせよう。故に、王太子の決定権を現王に戻す。以上だ」
ざわめいている間に、ローズマリーをつれ転移で部屋に戻った。
ユリとラベンダーはソウが連れ出す予定になっている。
ローズマリーを部屋に残し、塔の私室に残りの宝石や私物を取りに行った。
もう使うこともないので、このエメラルドも下賜しよう。
戻るとメイプルとアネモネが来ていて、お礼を言われた。
先ほど、ソウの部屋に出向き、聖女にもお礼を言って来たと聞かされ、しまった!と思ったが、この先正体を探るようなことは決していたしませんと言われ、深く感謝していることを理解した。




