なろう劇場 悪役令嬢の末路編
「貴様のような悪女と結婚など出来ようはずもない。婚約は破棄し、国外追放に処す!」
とある王国のパーティで王子の宣言が響いた。
王子の腕の中には庇護欲をそそる美少女。それを守るように王子の側近達が周りを固めている。それに相対するキツめの顔立ちの少女は、孤独に崩れ落ちていた。
まるで物語のような断罪劇。その実、愚かな王子とそれを誑かした少女が、邪魔になった王子の婚約者を陥れるための冤罪ではあったが、公爵家の娘も王子の権力には逆らえなかったのだ。
しかし白い肌の大男がそれに待ったをかけた。
「殿下。彼女の処遇に関して聞きたいことがある」
「……猊下!?」
現れた大物に王子でさえ敬礼で迎えた。
北にある大国シベリウス聖教国は大陸でもっとも影響力を持つ宗教『聖教』の総本山でもあり、国の長として国王ではなく法王が立っている。故に陛下ではなく猊下という敬称で呼ばれるのだ。隣国のトップとなれば王子よりも格上。しかも聖教は国をまたいで広まっており、そのトップの発言力は国王などよりよほど大きい。
だが、宗教にあまり熱心ではない者からすれば、さほど敬意を抱かれていない国でもある。聖教国の国土の大半は高く聳える山岳地帯であり、標高の高さから通年の気温が低く、雪に閉ざされる期間も長い。その厳しい環境から宗教人の修行の地としては優れていたが、神よりも金や権力を信じる貴族達は『雪の監獄』などと忌み嫌っている。シベリウス大使館勤務、通称『シベリウス送り』は左遷の比喩としても有名だ。
あまり親密な関係とは言えないが、それでも他国の王であり、無視できない法王だ。パーティーの来賓として訪れているのは不思議ではない。まさか乱入されるとは王子の想定外だったが。
「いかに猊下といえど、他国の問題に口を挟むのは困ります」
「問題そのものに口を挟む気はないがね。気になるのは国外追放処分のことだ。罪人と呼ぶ彼女を一体どこに追放するというのか。まさか我が聖教国を『雪の監獄』などと流刑地呼ばわりするわけではなかろう」
王子は言葉に詰まった。貴族達はもちろん王族でも北国の厳しさを厭うているのは半ば公然の秘密ではある。口にはしなくとも、北に追い出して凍え死ねばいい、という思惑もなかったわけではない。が、公然でも秘密は秘密。監獄云々という蔑称は公に使うことはない。
「ま、まさか神聖なる霊峰をそのように汚すつもりはございません」
口ではそう否定するしかない。
こうなると黙っていられない人物がいた。聖教国とは異なる方面に隣接する国の参加者である。追放先に選ばれた国は流刑地同然の犯罪者国家と言われるわけだ。そのような侮辱を許すわけにはいかない。中には優秀な公爵令嬢を迎え入れたいと思っていた国もあったが、今迎え入れれば侮辱まで受け入れることになるため、表面上は反対しなければならなかった。
「それではどの国に送るのか、我々にも教えてほしい」
「よもや我が国ではないと思いますがねぇ」
「出来るなら同盟を見直すことになる返答は聞きたくないものです」
「あ、いや、違っ」
王子はあたふたと答えに迷っていた。
明確にどこと決めても国際問題に発展する。かといって国から出さずに死刑に処すのも不味い。すでに国外追放処分と決めた後でやっぱりやめたなどと。しかも王子の発言が迂闊だったのは各国が見ているのに処分を重くしては、無能な王子が責任を押し付けたと言われかねない。
そんな王子を見かねて、というわけでもなかったが、蚊帳の外になっていた公爵令嬢が初めて口を開いた。
「殿下。私はクロイルカ修道院に入りたいと思います。修道院は神のお膝元。国の権威の外でしょう。ならば国外と解釈しうる余地がある、と考えることが出来ます」
クロイルカ修道院は国内で知名度の高い修道院だ。敬虔な聖教の信徒が集い、厳しい戒律の下で清貧な生活を送っていることで知られている。地理的にもシベリウスに近く寒冷な土地で、貧しさと寒さに耐える生活は貴族には地獄である。そのため貴族への罰として送られることもある場所だった。
そのようなことを考えながら王子は仕方なく頷いた。他ならぬ公爵令嬢の言葉というのが王子には気に入らなかったものの、それを除けば確かに丸く収まる。詭弁を弄しているが領土的には国内なので他国に迷惑はかからない。罰としても重く、二度と戻ってこられないのは同じ。国際問題にもならず処分の撤回もせず罰にもなる。受け入れるべき、そう判断した。
「よかろう。神の下で贖罪に生きるがよい」
一件落着。外交問題にならず周囲の貴族達も安堵してパーティは再開された。
後日、修道院に到着した公爵令嬢は、建物に一歩足を踏み入れた段階で口を開いた。
「私、還俗いたします。お世話になりました」
修道院は刑務所ではない。宗教の道に入るのも自由だし、俗世に戻る権利もある。彼女はその権利を行使し、お世話になる間もなく来たばかりの馬車に乗って帰った。
罪に対する罰を受け、その刑たる『修道院へ入る』を果たすことで贖いは終わった。
社交界には出られないが、わざわざ不自由な生活を送らずともよい。むしろ貴族のしがらみから離れて自由を手に入れた。悪目立ちさえしなければ、これからは彼女の好きなように生きられるだろう。