コードネームは名探偵と文学少女。二人のひと時の季節の記憶。
幕末に農民から出世をし、新選組を率いた彼の様になりたかった。
伝説の必殺技をコントロールし、ドラゴンを駆り聖女と共に大魔王と戦う世界に憧れた。綺麗な姫を守る忍者にも。
だけど現実は違う。しがないサラリーマンの俺。有り難い事に、ブラック企業では無い普通の社で働いている。
君と出会ったのは、私ね夢が叶ったの!おねぇになったのよと、幼馴染の鉄之助からメールが来た日。
覚えているよ。
「ああ!破れちゃったぁ」
声と共にドサリと音。振り向けば破れた紙袋を手にした君が本を集め抱えていた。エコバッグを持ってた俺は、君にそれを差し出したのが、二人の始まり。
―― コードネームで連絡しようよ。
君は笑ってそう言った。
「じゃぁ君は、文学少女。本の虫だろ?」
「んじゃ、貴方は名探偵、推理ドラマ好きだし、ボロアパートに住んでるしぴったし」
つけつけ言う君は可愛くて。大好きな君。
誕生日には、ストリートショップで偽物だけど夏空の様な、透き通った青い石の指輪を買って、プレゼントをした。
「嬉しい、名探偵」
手渡せば君は直ぐに指にはめ、公園の木々が繁り、森の木漏れ日の様なエメラルドグリーンの光に、それをかざして眺めていた。
その下で初めてキスをしたんだ。
覚えているよ。
「おにぎりに牛乳って変だろ」
「だって好きなんだもん」
ひまわりが花咲く大きな公園で、一緒に食べた昼ごはん。タラコのおにぎりをパクつく君は、冷たい牛乳を飲んで美味しいと笑っていた。
覚えているよ。
ずっと続くと思っていた世界。
ギシギシ音たて捻れて歪む。
パリンと割れて、四方八方飛び散る。
文学少女と名探偵の未来。
――、青空に立ち昇る入道雲。
暇つぶしにぼんやり眺めている。
頭の中はあの日から古いブラウン管テレビの様に映像が、ザーザー音立てグレーの砂嵐。
「今ね、そっちに向かってるから待っててね」
待っていた。まっていた。いたけど。
君は来なかった。
来なかった。
来なかったんだ。
来たのは君の家からの電話。
事故が俺達を離れ離れにした。
数日間は何も覚えていない。
ボロアパートには君が読んでいた本が残っている。
俺はこれからどうすればいい?
読みかけのそれのページを開けば。
表紙に触れれば君を感じる。
紙に触れば君が頭に甦る。
覚えているよ。
君の声も顔も温もりも何もかも。
覚えているよ。
俺、君の代わりに読みかけのページに目をやっても……、
文字を追いかけようとしても……、
涙で霞んでうまく読めない。おかしいね。