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元公爵令嬢の大予言

作者: エイル

 この日、キーア地方をかつて治めていた公爵家の令嬢が、処刑台に立たされようとしていた。キーア公爵といえば、元王の末弟で聡明な心優しい領主として民から慕われていたのだが、先日国家反逆の罪により処刑された。そして今日、彼の娘がまた火炙りにされることが告知され、その事を知った王都在住のキーア出身者はいてもたってもいられず、処刑広場にかけつけた。彼らにとってもはやこの国の王子とその側近、そして新たに婚約者となった男爵令嬢が悪役そのものだった。


「リリヴィア、最後にもう一度、自分の罪を自白しその罪を悔い改める機会を慈悲として与える」


 民から怨差の念がこもった視線を向けられているとは露にも思わないだろう王子は、お気に入りの男爵令嬢を傍らに置き、皮肉気に口元を歪めてかつての婚約者に告げた。


「まあ、おかしな事を仰いますわね」


元公爵家の令嬢とは思えない質素な衣服を纏ったリリヴィアはくすりと笑った。どんなにみすぼらしい格好をしていようと、その高貴な雰囲気は少しも失われていない。


「あくまで己の罪を認めないつもりか」


そんな彼女を見て苛だたしそうに眉間の皺を寄せ、吐き捨てるように王子が言うと、リリヴィアの水色の瞳が僅かに苛立ちそうに細まる。


「ーー罪、ですか。お言葉ですが殿下、そのお言葉そっくりそのままお返し致しますわ。犯してもいない罪を捏造したあげく私を罪人に仕立て上げたばかりか、最後まで王家に忠義を貫ぬいた我が父までもを冤罪で処刑するという愚かな罪を犯した貴方、いえ貴方たちこそその罪を悔い改めるべきではなくて?」


 リリヴィアの体から怒りの感情に共鳴するかのように赤い魔力が立ち上った。魔封時の手錠をしているとはいえ国内屈指の魔力を持っている彼女に対して、蔑んだ目で見ていた上位貴族の子息たちは怖れからか一歩後ずさる。


「己の犯した罪を認めるどころか他者になすりつけるとは! 最後まで本当に救いようもない悪女だな! 慈悲の時間は終わりだ! 始めろっ」


唾を飛ばしながら王子が喚き散らすと、黒いローブを被った死刑執行人の魔術師が火の魔術を放つべくゆっくり片手を上げる。彼女を慕う平民たちは悲痛な表情を浮かべて見守っていた。神に祈るように両手を胸の前で握りしめながら。そんな彼らの願いが神に通じたのか、


「その処刑異議ありっ」


鋭い声が広場に響き渡り、綺麗な金髪を靡かせながら青年が処刑台に飛び込んできた。彼はリリヴィアを庇うように立つと、鋭い視線を王子に向ける。


「殿下っどうか真実を見誤らないで頂きたい! 明らかに冤罪である彼女をこの場で処刑するというその愚かな選択の意味をもう一度よくお考え下さい!」

「無礼なっ! 調査の結果、リリヴィアがグレーシア殺害を企だてたのははっきりしたのだ! それらに異議を唱えるなど言語道断! 」

「その調査こそ、物的証拠もない只の証言のみの杜撰な物だと何度も申し上げたはずです! 毒殺未遂はそこの阿婆擦れ女の自作自演! 言い逃れ出来ない程の物的証拠も揃えたにも関わらず、殿下はまだその女の虚言をお信じになる!どうか目をお覚まし下さい!」

「何をっ!目を覚ますのは貴様の方だ アルハイト・ヴェッカー! リリヴィアに誑かされ証拠を偽造した愚か者がっ! 」

「ひどいっ……」



びくり、とわざとらしく肩を震わせた自称被害者の男爵令嬢グレーシアは、弱々しく王子の腕にすりよる。そんな彼女に夢中な王子は溶けきった顔で肩を強く抱き寄せた。


「ああ分かっている。君は被害者だ。心卑しきものは裁かれなければならない。昔からリリヴィアが何を考えているのか分からない女だったが、まさかこんな愚かな者だったとは。気がつく事が出来なかった私をどうが許してくれ」


 すっかり二人の世界に入った彼らに周囲の白けた視線が向けられる中、アルハイトはリリヴィアの痛ましい姿に泣きそうに顔を歪めていた。


「助けに来るのが遅くなってすまない」

「アル……どうしてこんなことろに。貴方まで罪に問われるわ」

「来るに決まってるだろ! 僕がどれだけ心配したかと思ってるんだ」

「心配かけてごめんなさい」

「リリー!」

 

 これまでの毅然とした態度から一転、困ったように笑うリリヴィアを、アルハイトは衝動的にきつく抱き寄しめた。

 

「ああ可哀想にっ……!牢に入るばかりかこんな手錠をつけられて!」

「ああ、これ?」


 アルハイトに抱きしめられていたリリヴィアはもぞもぞと体を動かして拘束された両腕を掲げてみせる。


「こんなものいつだって外せるわ」

 

 ほら、と何でもない事のように言った彼女の腕輪が一瞬光ったかと思うと、呆気なく外れて地面に落ちた。


 次の瞬間、おおーっと地響きするような歓声が上がる。


「なっ……!」


 惚けていた王子は自由になった手首を軽く振る彼女の姿に驚愕し、目を見開いたたまま二の句が継げなくなる。


「ああ、堅苦しかったわ」

「大丈夫かい? ああこんなに手首を赤くして!」


 アルハイトは外れたことより、リリヴィアの赤く跡がついた手首の方が気になる様子で、手首を両手で包み込み労わるように撫でさすっていた。


「ーーっありえない!」


 これまで男爵令嬢の隣で皮肉気な笑みを浮かべて高みの見物を決め込んでいた少年は、信じられないといった面持ちで甲高く叫んだ。


「僕がっ僕がかけた魔術が破られる訳がない!!」

「この程度で? ここは笑う所かしら」


呆れたような視線を返された男は、かあっと顔を赤らめる。天才魔術師と呼ばれ歴代最年少宮廷魔術師として広く名を知られた男にとってこれ以上はない屈辱だろう。そして彼が夢中になっていた男爵令嬢といえば、穏やかで控えめな雰囲気は見る影もなく憤怒の表情を浮かべて、リリヴィアを睨みつけていた。


 彼女は早々に魔術師の少年に興味をなくした様子で、広場に集まった平民に優美な笑顔で向きあった。


「お騒がせして申し訳ございませんわ。改めましてご機嫌よう皆さま。わたくしがこの程度の魔封じを大人しく受け入れていたのは、すべて今日この舞台に上がるためですわ」


広場は一瞬にしてしずまり返る。庶民はとまどいの表情を浮かべながもリリヴィアから目が離せない。


「わたくしは思いました。せめてこの国の罪もない民の皆さまに一言申し上げなければ国を出るにも出れない、と。その思いがあればこそ、あの牢屋生活も耐えれました」

「なにを…...」


 戸惑いの声をあげた王子を遮るように、リリヴィアは芝居がかった口調で続ける。


「見てのとおり将来この国を担って行くはずの王太子殿下とその他有力貴族のご子息たちはここにいらっしゃる男爵ご令嬢に骨抜きにされ操り状態。王はそれを諌めるどころかか、自らも周りの私利私欲にまみれた貴族の甘言に乗せられ、良識ある貴族に冤罪をかけ軒並み粛清するという愚行を犯す始末。もはやこの国は法もろくに機能しておりませんわ。貴方がた善良な民の皆さんもいつ冤罪を被せられるか分かったものではございません。また国がより貧しくなればこの先、隣国にでも侵略戦争をしかけ、民の皆様に犠牲を強いる事でしょう。よって私はここに断言します。この国は既に滅亡への道を辿り始めています。早々にこの国を立ち去る事をお勧めしますわ。この国の貴族だった私から出来る最後の忠告です」



 きっぱりと言い切ったリリヴィアは晴れ晴れとした表情をしていた。固まっていた民は、風に煽られた木の看板がカタンッと音を立てた瞬間、我に返る。


 ーーえ、おい、いまの話し本当か?

 ーーおい、この国やばくないか?

 ——確かにあの方達が将来国をってなると、不安しかないよな

 ——どっか移住するか? いやでもどこに


 瞬く間に騒がしくなる広場は、いっきに混乱の熱気に包まれた。


 一方同じく我に返った断罪者達は顔を真っ赤にさせ、屈辱からかぶるぶる体を震わせていた。


「貴様ぁっ! 虚言を吐いて民を扇動するなどなんと姑息な真似を! 皆のもの! 騙されるなっ この女は姑息な手段を使って何の罪もない心優しいグレーシアを陰湿に虐めるようなとんでもない悪女だっ!」


王子が怒りに任せて腰に挿していた剣を抜いてリリヴィアに突きつけると、すぐに反応したアルハイトが彼女を庇うように前に立ちはだかる。


「真顔で言ってる貴方がなんだか哀れになってきたわ。お似合いよ貴方たち。どうぞお二人だけの箱庭の中でお幸せになって」


リリヴィアはアルハイトの背後から呆れたように顔を覗かせた。

そんな時だ。


「……っははははっ!」


爆笑と言って良いような笑い声が広場に響きわたった。


住民たちの視線はいっきに声の発信源を探しあてる。そこにいたのは旅装束に身を包んだ男女一行だ。


「いやー楽しいものをお見せ頂きありがとう」


 ささっと彼らの前に剣でさっくり二つに切り裂いたような綺麗な道が出来る。


「何者だ貴様!」

「何、しがない旅の商人ですよ」


 先ほど笑い声をあげた青年を中心に、一行は遠慮なく歩いていく。商人というには先頭を歩く男は妙な存在感があり美麗すぎた。周囲の視線を惹きつけながら歩く姿は堂に入っている。いきなり現れた怪しい集団に王子達は警戒心を露わに睨みつけていた。


「旅商人ごときが、無礼だぞ!」

「それは失礼しました。ちょうどいま国々を回っている最中だったんですがね。何か広場で盛り上がってるなと思ってちょっと立ち寄らせて頂いたんです。いやぁ実に面白いものを見させてもらった。なあ?」


 快活な調子で話す青年は、すぐ後ろに立っていた水色がかった銀髪の少女に首を傾げて同意を求めた。


「全くだわ。このグレーシアさん? って人の記憶覗かせて貰ったけどあまりのビッチぶりにドン引きよ。卑猥過ぎて見なかった事にしたいわ」

「なっ記憶を覗いただと⁉︎」


魔力を持つ貴族たちの口から驚愕と畏怖の声があがる。記憶を覗く魔法というのは時空間魔法の一種で、既に失われた古代魔法の一つとされているからだ。


そんな彼らの動揺を気にした風もなく、青年はのんびりと尋ねる。


「なあ、びっちって何だ?」

「男好きで股が緩い女って意味だよ。いまそこに並んでる男全員と関係持ってるって、ある意味すごいね」


少女の代わりに答えたのは、彼女に寄り添うように立っていたこれまた珍しい緑銀の髪をした中性的な少年だ。


「そ、そうだグレーシア! どういう事だ!」


驚きから固まっていた男達は、その声にはっと我ったように動きだし男爵令嬢に詰め寄った。


「ねえ、これってやっぱり秘密なんじゃないの?」


 緑銀髪の少年は少女にくすりと笑いかける。


「……あ、やっぱり? ごめんごめんついうっかり」

「謝っているわりには、まったく悪びれた様子がないですが」


 えへ、と笑いながら両手を目の前で合わせるというこの辺りでは見慣れない仕草をする少女に、旅商人と名乗った男の背後を守るように立っていた男が呆れた視線を送っている。


「嘘よ! ちょっと貴方たち! 可笑しなこと言わないで!」

 

 男たちに囲まれたグレーシアは、顔を引きつらせながら、弱々しい雰囲気を一転させて商人一行を睨みつけるが、彼らは既に我関せずといった様子で、いつのまにか舞台に上がり、親し気にリリヴィア達に話しかけていた。


「なあ。お前らうちの国に来ないか? 俺が管理してる土地が人手不足で困ってるんだ」


 二人は突然現れた彼らを警戒しつつも、少し興味を惹かれた様子で彼らの話に耳を傾ける。


「皆様がたはいったいどちらからいらしたのですか?」

 アルハイトが人の好さそうにな笑みを浮かべながら続きを促すと、青年はにやりと笑った。


「ああ、ロストアだ」

「ロストアですって⁉︎」


 驚いたように反応を返したのはリリヴィアだった。信じられないといった顔で青年の顔を凝視する。


「それって確か別大陸にある、あの竜が守護していたと言われる幻の国のことですか?」

「幻でも何でもないけどね。まあけどよく知ってるな。その通りだ」

「嘘っ!? 本当ですの? わたくし文献で読みましたわ! まさか実在する国だったなんて!」

 リリヴィアは頬を上気させながら興奮していた。彼女が興奮するのも無理はない。世界はいくつかの大陸が存在しているが、この国の者にとって他大陸とは魔物が住む海を越えて行かなければならない往来不可能な場所だった。その中で僅かに生きて帰ってきた者達によって書物に伝記として残され現在まで伝わっていたが、もはやそこで語られる風土や国々は空想の産物に近いとされていたのだ。


中でも竜など、古代に滅亡したとされる伝説の生き物だ。リリヴィアが住む大陸では文献さえほとんど残されてない為、ロストアに赴けば古の記憶に触れられるのではないかと大興奮だ。


「是非お伺いしたいですわ!」

「じゃあ決まりな。お前は?」


 今にも駆け出しそうなリリヴィアの横に立つアルハイトに青年は目を向ける。


「リリーが行くなら行くに決まってます」

「でもアルはその、家族がいるし……いいの?」

「とっくに勘当されてるよ。それにもともとこの場からリリーを浚って国外脱出するつもりだったし身辺整理はして来たんだ」

「アル、なんでそこまで?」

「今更それを言わせるの?」

「はいはいはいご馳走さまっと」


二人が熱く見つめ合いながら桃色の雰囲気を漂わせる始めた為、青年はすぱっと割り込む。


「じゃあ一旦国に帰る?」

「ああ頼んだ」

「では、ちょっとばかり大陸跨いで転移するから酔ったらごめんね!」


広場に集う住人が、え? と戸惑いの表情を浮かべる中、商人一行を取り囲むように地面から光の柱が立ち上がる。


眩しさは一瞬だった。そこに居たはずの彼らは、最初からいなかったかのように光の柱と共に消え去っていた。





その数年後ーー。

元公爵令嬢の予言は的中した。国は急速に傾いて行く中、賢明なる貴族は国外亡命し、不満を抱いた国民は次々と国外に逃れていった。国民の流出はとまらずあっというまに瓦解、あっけなく隣国に吸収され滅亡した。皮肉にもこの国の王族達は、最期に自分たちが好んで行ってきた火あぶりの処刑で命を散らす事になった。


なお幻の国とされていたロストアから使節団が派遣され、失われた転移魔法が伝わった事で、この大陸の国々では空前の大航海時代がやってくる。キーア元公爵が密かに助け出され一家でロストアに亡命したという話は有名で、彼に続こうとする有力貴族、特に魔術に秀でた家系の者達の移住が後をたたなかったという。




FIN







本当に書きたかったのは怪しげな商人御一行の人達でした。出来心でつい流行り?にのってみました。


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