第1章07話
第1章07話
「知世さんは何歳なの?」
少しドキッとした顔をして答えた。
「この正月で19歳になりました……」
数え年か……俺と同い年。
「知世さん、俺と同い年だよ」
「本当ですか! もっと若いと思ってました」
知世さんが苦労で年寄り臭くなっているだけだと思う。
宿の部屋で3人で早めの夕食を食べている。天狗さんはビールを5杯くらい飲んで寝てしまい、知世さん達が帰って来た時起き上がって慌てて帰って行った。
「天狗さんに凄い皮袋貰ったよ。これ中は2間四方くらいあるんだよ。お金が全部まとまったよ」
実は槍も入っている。
「これは良い物を。旦那様がお使い下さい」
「銅貨は?」
「まだこれだけ有ります」
片手からはみ出るくらいの皮袋を見せる。
「やはり着物は高いですから。特に明るい色はとても高いです」
「でも宿代と2人の着物で、まだ有る銅貨って凄いね」
「まだ中銅貨が大分残ってますので」
ここの食事とビール代で、それなりに減らせると考えているらしい。
「食事が早かったから、おにぎりでも作って貰ったら?」
「嬉しいです。そうします」
一眼姫もニコニコと食事をしている。
「一眼姫の着物は良い色だね」
桜色に花びらが舞っている。確かに高そうだ。
一眼姫も誉められて嬉しそうだ。
「でも良かったのか? こんなに高価な物を」
「構わないよ。気にしないで」
日本も昔は衣類がとても高く、仕立てると時間も掛かるので中古衣料が流通の中心だったと聞いている。
「都の方が景気が悪く、侍や商人の家から衣類が売られているそうです。だからこんなに綺麗な着物が」
知世さんは青い生地に花びら模様。帯も2本買ったようだ。
「宿で洗濯をしてくれるかな?」
「旦那様の着物ですか?」
「そう、着替えが後1組しか無い」
「風呂から上がったら、私が洗います」
「練習着だから大変だよ。袴も有るし」
「大丈夫です。任せて下さい」
知世さんが洗ってくれる事になった。パンツが無いだろうから褌になるのかな。馴れているから良いけど。
「お風呂を焚いてもいいかな」
女中さんが聞いて来た。
「我々だけ?」
「今日の風呂はお客さんしかおらん」
「なら、お願いします」
朝から魔獸だの敗残兵だの面倒だったので、とにかく風呂に入りたかった。
「旦那様は朝から汚れ仕事ばかりでしたから」
俺は御飯も終わったので刀の手入れを始めたが、何もする事が無い。
今日あれほど人を切ったのに、刃に曇りすら無い。不思議な刀だ。
皮袋から槍を出して見る。試しに妖力を通してみると光り出した。青い光りに包まれ始めた。予想外に良い槍だった。
暫く一定の光を保って、一気に明るくなって消えた。
刃も杖も傷が無く綺麗になった。妖力を通すと良い事が多いようだ。
槍と肩掛けバッグを皮袋に入れた。肩掛けバッグは、この世界では目立ち過ぎる。靴も仕舞ってある。あれも目立ち過ぎだ。
道場で草履には馴れているので困らないとは思う。
残っているのは汗まみれの練習着上下と、洗い晒したもう一組。
「今着ているのと2組洗えば宜しいのですね」
知世さんが聞いて来た。
「お願いします」
廊下から声がした。
「暗くなって来ました」
女中さんがローソクを持って来た。
「要らないです」
「明かりは?」
「光りを」
宿の部屋が明るくなった。
「妖術ですか! 羨ましい」
女中さんがローソクを持って帰って行った。
「哲司は何の妖術を使えるのか知っているのか?」
一眼姫が聞いて来た。
「良く分からないな。火と水と治療くらいしか使った事が無いな」
「どれどれ。風と土も使えるな。浄化と結界も使えるぞ」
「本当に?」
「今日、哲司が切った中に使い手が居たのじゃろう。初歩的な再生も使えるな」
「練習しないと駄目ですね」
「修行するのですか」
知世さんが心配そうに聞いて来た。
「練習ですよ。修行みたいな事は日本に居た時にやらされました。俺は5歳くらいからしていて、妖術らしい物を使えたのは11歳くらいからですかね。妖怪にのみ効果が有りました。ここでは人間にも効果が有りますけど」
「哲司は5歳から修行していたのか」
一眼姫が感心している。
「護符とか使いませんよね」
知世さんは陰陽師みたいな人達を見た事が有るようだ。
「俺のは要らないの。護符のような発動体が無くても自分で発動出来るから。精霊とか妖怪と仲良くなって力を借りる人達も居るの。この場合、妖怪や精霊の力の範囲で使えるの」
「色々と有るのですね」
「知世さん、こっち来て」
知世さんの歯と歯茎を治療した。
「凄い! 虫歯まで治っている!」
「剣術の練習で怪我するので、真っ先に上達した妖術ですよ」
また廊下から声が聞こえる。
「膳を下げますだ。それと風呂が沸いたです。一階の廊下突き当たりだから。石鹸は帳場で3中銅貨で売っとるよ」
女中さんが部屋に入って来た。テキパキと膳をまとめて1人で全部持って行った。
「石鹸が有るんだ!」
「高いがな。迷い人が広めた。300年くらい前に伝わった」
「じゃ俺入ります」
知世さんが中銅貨を3枚渡してくれた。
「着替えを持って行きますので、旦那様は手縫いだけお願いします」
「儂が荷物の番をしてやろう」
一眼姫が荷物番になった。
階下に降りて帳場で石鹸を買う。
「大きい!」
「皆さんそう言って喜んでくれます」
番頭さんがニコニコしていた。この石鹸は固形洗濯石鹸くらいの大きさだ。
廊下の突き当たりに行くと風呂が有った。
「光りを」
脱衣場と風呂場を明るくする。練習着を脱いで風呂場に行くと、なかなか良い風呂だ。
風呂は2人くらい軽く入れる広さで石造り、洗い場もスノコを敷き詰めてある。
「旦那様、何を見ているのですか? さあ体を洗いましょう」
知世さんの声が背中で聞こえ、俺が固まっているのが自分で分かる。
知世さんは手桶で湯を汲み俺にかけてから、手縫いに石鹸をつけて俺の背中から洗い出した。
結局、知世さんに全身洗って貰った。湯船に入っていると知世さんがゴシゴシ自分を洗っている。背中を流してあげると気が付いた。知世さんが白くなって来ている。
汚れと日焼けで色黒だったんだ。
湯船に2人で浸かりキスして貰い大興奮の俺は知世さんに抱きつくと暴発してしまった。
風呂場でという訳にも行かず、知世さんに言われて先に部屋に帰った。
部屋に帰ると布団が敷かれていたので寝転がったら疲れでそのまま寝てしまった。
「駄目じゃのう。明日頑張れよ」
一眼姫の声が聞こえた気がした。