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第5章06話

第5章06話


 美嶺の国への進行失敗で笹美の国の力は相当落ち込んでしまった。

 現在自国の立て直しに頑張っているようだが、財政難から上手く行って無いようだ。

 強味だった陰陽師集団も崩壊し、雇い続ける金も無い状況らしい。


 美嶺の国は老中一派が粛清され、領主の嘉納善政かのうぜんせいが水郷城に詫びを入れに来た。


「老中一派が善姫を返せと言って水神様に会いに来たようですが、全て老中である吉田開成が独断で行いまして」


「それで済ませようとは図々しくないか? 善姫は水郷境で領主河瀬哲司の妻であるぞ。いくら血縁とは言え失礼極まり無い。詫びを入れるなら河瀬哲司にするべきだろう」


 こういう時の水神様は強気だ。


「仰る通りなのですが……」


「河瀬の家は代々水郷境の領主であり水郷城の最高幹部だ。小国の領主と格が違う。もう少し勉強してから来るが良い。哲司殿が戦争したいなら何時でも受けると言っておったぞ。

 まあその時は水郷城も参戦するが、1万2万の軍勢なら河瀬家だけで終わってしまうしな」


 もの凄い脅しである。結局、何も言えずに帰ったようだ。


「馬鹿な男よな。哲司殿に謝る最大の機会を逃しおった」


「水神様に任せて顔を見せずにいたのは正解でした。詫びが入って無いので何でも出来ますから」


 水神様はご機嫌が良くなっている。


「そう言えば笹美城下の大店が2店程潰れたらしい。政商で有名な大店だから無くなって良かったがな」


「今の所、こっちの都合の良い方向に行ってますので、放置したおきましょう」


「そうだな。そろそろ年末と新年の行事を用意しないといかんしな」


 この前、戦利金の分け前をあげたので水神様も景気が良い。


「年末に水郷境は餅をついて神社で配る予定です」


「面白い考えだな」


「日本文化ですよ。昔からです。水神様も餅撒きにでも来ませんか?」


「良いのか?」


「めでたい事です。一緒にやりましょう」


 日時はタマ左右衛門と相談して決めて貰う事になった。古米の処理で餅米は既に確保してあるので好きにしてくれ。目立ち好きになっている水神様には恰好の機会だ。

 そろそろ生地を選ばないと年末に間に合わない。在庫品が揃ったら連絡が来る筈だ。また水神様の大騒ぎが始まる。


 善姫さんは少しずつ元気になっている。知世さんと宣姫さんに相談して、週に2~3回は母上探索の時間を貰えるようにして自由にして貰ってから元気が良い。

 やはり外で自由に動いた経験が無かったのが影響しているようだ。


「今日は善姫さんとあちらに行きますから」


 昨日は知世さんと水郷城を散策しているので、問題は無かった。


「旦那様、善姫さん、ご苦労様です」


 という訳で午前中からサピカ村に飛んだ。屋敷で着物を脱いで飛翔を使うと半分も妖力を使わないので喜んでいる。


「透明化しなよ。サンリン町に散歩に行こう」


 透明化して繁華街を歩くと調子が良いらしい。20年くらいの自由拘束のツケはなかなか治らない。


「あの屋台に行きましょうよ」


 善姫さんが欲しいのはトマトソースで野菜と肉の細切りを煮込んだ具を挟んだ白パンのサンドイッチだ。


「あれ、お気に入りだね」


 広場の屋台街が有る場所に向かって歩き出した。自分で工夫して結界を使っているのか、全く寒さは感じないようだ。


「以前は暖房も無く、殆ど外でしたから天国ですよ。座敷牢も凄く寒いのですよ」


 確かにヤマコ村では常に外だ。


「あれは村長の力を示しているのですよ。皆に若い女を提供すると人気が上がりますから目立つ場所ですることになるのです」


 余り気にしないで話してくれるようになって来ている。


「兄も部下の陰陽師に座敷牢の私を提供してましたから。危険なのと座敷牢で垂れ流し状態ですから臭くて不潔なので違った使い方に変わりましたけど。天狗さん式ですよ」


 まだ気軽に話して良い事と悪い事の区別が出来て無い。俺の前では何も隠さないようになってしまっている。

 俺に隠す必要は無いが羞恥心の面はなんとか教育し直さないと。貝になるか何でも開けっぴろげになるかの二択なのだ。


 広場でサンドイッチを4個買ってベンチで食べる。とても美味しい。


「昨日の知世さんとの散歩もこれだったそうですね」


「あれ。知ってるんだ」


 知世さんが凄く興奮していて、また連れて行く約束をさせられている。


「結構何でも話しているんですよ。宣姫さんが羨ましがってました」


「そうなんだ。知世さんが私もやってみたいと言うので」


「知世さんは若いし美人だし痩せているので羨ましいです」


 あなたも格好良い美人です。何回言っても理解しない。


「透明化が大胆にしているだけですよ」


「私は見られるのに慣れてますけど、普通は違いますものね」


 悪影響をこの辺で止めないと不味い気がして来た。話題を変えることにする。


 露天を見て歩くと老婆が出している雑貨屋に善姫さんが止まった。地味なワンピースが気になったようだ。


「美人のお姉さん、買わないかい。安くするよ」


「お婆さん見えるの」


「不味かったかい」


「私は気にしないです。こうしないと警備隊に捕まると言われて」


 善姫さんが俺を見て笑っている。


『あなた追放精霊?』


『ばれたみたいだね。どうして分かった?』


『すぐ分かるよ。何年前に追放された?』


『もう250年近く経っているよ。水の精霊さん』


『聞いたことがある。木の精霊だったのだろう?』


『まだ私の記憶が有るんだ』


『光の精霊に聞いたよ』


『あの女か。一番強行でね。移動系の妖術を全部奪って常に実体化にされて、この土地に飛ばされたよ』


『年も取るのか?』


『取らない。この姿は光の精霊にやられたのさ。妖力も減らされているので自分では解除出来ないのさ』


『何故そこまで……消滅すれば良いのに』


『永遠に苦しめとさ』


「お婆さん、この服は上から被るだけ?」


「そうだよ。お姉さんにぴったりさ。昔の迷い人が考えてね。すぐに脱げるし着れるので便利だよ。丸めると小さくなって持ち運びも楽なのさ」


 お婆さんがワンピースをクルクルと巻いて見せた。


「欲しいなら買いなよ。色は選べるの?」


 善姫さんが嬉しそうだ。


「選べる。5種類さ」


 後ろから在庫を出してくれる。


『狩りでも出来れば金になるのに』


『この身体では無理だね』


『光の精霊は監視に来るのか?』


『最初だけだった。今では存在も忘れているよ』


『それ臭いな』


「全種類下さい」


「有り難うよ、美人のお姉さん。裸用のポーチはどうだい。旦那さんが作れるか。相当強い妖術使いみたいだ」


「見せてよ。俺も気になる」


「私の手作りだ。中は二間四方だが、足らない時は旦那の皮袋に入れて使えば良いよ」


 皮袋の変わりに濃い黄色の生地を使っている。


「これ防水?」


「そうだよ。肌に擦れないように触れる部分には大蜘蛛糸を編んだ生地を使っているんだ。買っておくれよ」


 腰に巻いてぶら下げる形で使い勝手も良さそうだ。


「いくら?」


「一つ100金貨なら高いかい?」


 思ったより安かった。余程売れないのだろう。


「3個買うよ。服と合わせていくら?」


「300金貨と大銀貨1つだ」


 払ってあげると凄く喜んでいる。


「店始めて以来の売上だよ」


『宿暮らし?』


『精霊は服を着ないから宿しか無いのさ。宿と食事を稼いで精一杯だよ』


 水美が悲しそうな顔をしている。


『知り合いじゃないのだろう』


『聞いた話だけどな。良い精霊だったのだけど、光の精霊と仲良くなくてね。木の精霊が知らないうちに実体化させられてヤマコ村に3ヶ月くらい入れられていたんだそうだ。

 それで色気違いの精霊と言う事にされて追放だったらしい』


『仲が悪かった訳で無いさ。性格が違い過ぎたんだ。向こうが私を嫌っていただけさ』


『今の光の精霊?』


『そうだ。やたらキツイ。妾も余り話さない』


『今も同じかい』


 元精霊さんが笑っている。


『水美、俺と力を合わせれば普通の姿に戻せる?』


『可能性は高いな。光の精霊は今でさえ若い妾と変わらぬ力だ、250年前はもっと弱かったと思う』


『弱かったよ。何故精霊のまとめ役になれたのか皆の不思議だった』


「荷物まとめなよ。サピカ村に家が有る」


『水美の事は秘密だよ』


『当然分かっている』


 善姫さんが不思議そうな顔をしている。


「このお婆さんは元の精霊さんだよ。酷い扱いだから治してみる」


「さすが旦那様です!」


「サピカ村は初めて?」


「こんな老婆にされて、妖術も妖力も抑えられたら何処にも行けないよ。ここに追放されたから、ここで生きるだけさ」


 善姫さんがポーチを着けて荷物をしまっている。なかなか使いやすそうだ。


『光の精霊に見つかったら?』


『私は既に精霊界から追放されているので、基本的に何も出来んよ』


『じゃ、術解除で妖術の制限も取れると良いね』


『時間が経ち過ぎているのがな』


 水美が考え込んでいる。とにかく、店をたたんでサピカ村に飛んだ。



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